第11話『お勉強はじめますか……?』

「リンさん……ねぇ……」


 夢から戻ってきても、リンさんの名前は僕の記憶にしっかりと刻まれていた。

 リンさんは自分の名前がヒントになっていると言ってたが、一体何がどうヒントになっているというのだろうか。

 少なくとも、僕の知り合いの中に”リン”という人物は存在しない。


「何か分かる日は来るのかねぇ……」


 まるで何も進んでいる気がしないが……。

 名前を知れただけでも、ちょっとは進んだということにしておこう。


 分からないことは考えるだけ無駄なので、僕は僕を全うすることにしよう。



◆◇◆◇◆



 気だるげな月曜日の学校は、驚くほど平凡に終わった。

 いや……平凡なのが普通で、最近のいろいろな出来事が異質なだけなのだが。


 そんなことを考えつつ昇降口まで行くと、ちょうど椛木乃と美憂と一緒になった。

 既に僕と椛木乃の関係はかなりの生徒たちに知れ渡っているので、ここで無視して一人で帰るのは違うだろう。

 ということで、椛木乃に声をかけることにする。


「よ、椛木乃。一緒に帰るか」

「うん」


 椛木乃が小さく頷く。


「ちょっとちょっとせんぱぁい!私もいるんですけどぉ?」


 美憂がふてくされたように声をあげる。


「えーっと……大変申し訳ないんですけど……アナタ、誰でしたっけ……?」

「え……?私にしたのにぃ……忘れたって言うんですかぁ……?せんぱぁい……ヒドいですよぉ……」

「何か、だいぶ抽象的な物言いだな」

「先輩?美憂ちゃんとどんな関係になったの……?」

「まあ……良い関係にはなったよ」


 『ウザかわメンド女』と呼べるくらいまでの関係値になったのだから、それは”良い関係になった”と言っても過言ではないだろう。

 ……多分。


「ふーん……そうなんだ」

「もしかして……千景、嫉妬してるのぉ?かわいい~」

「別にそんなんじゃないし!」

「あれ?確か君、僕と椛木乃が付き――……」

「あ、私ちょっと用事思い出しちゃったかもぉ~。じゃあ、ばいばぁ~い」


 何かを察した美憂が僕の言葉を遮りまくし立てる。


「え?ちょ、ちょっと美憂ちゃん!?」


 椛木乃の制止もむなしく、美憂はそそくさとその場から去っていった。

 やはり、美憂は『ウザかわメンド女』が似合う女だ。


「二人っきりだね」


 椛木乃はコチラへ無言で蔑みの目を向けてきやがる。

 とても心外だ。


「そういや、あの身長の大きい子は今日はいないのか?」

愛美まなみちゃんのこと?今日はお休みだけど……」

「そうなのか」

「先輩……ダメだからね?」

「なにがだよ?」

「美憂ちゃんだけには飽き足らず、愛美ちゃんにまでも手を出すことは許さないからね」


 どうやら椛木乃は何か盛大な勘違いをしているようだ。


「二つ訂正させてもらうぞ。まず、美憂さんに手は出してない。もう一つ、僕は椛木乃にしか手を出すつもりはないから安心してくれ」

「ちょ、ちょっと!私にも手は出さないでよ!?」

「まあ……頑張って善処してみるわ」

「先輩……」

「んじゃ……帰るか」


 これ以上話していると皆の前で罵倒されそうだったので、椛木乃のことを置いたまま出入り口まで行く。


「あ、ちょっと待ってよ~」

「靴はちゃんと履き替えろよ」


 慌てて付いて来ようとする椛木乃に一応指摘しておく。


「え?……あ」


 『あ』じゃねぇよ……。


「先輩、その辺でちょっと待っててよ~」

「はいはい。分かってるよ」



◆◇◆◇◆



「ねえ、先輩。お願いがあるんだけど……」


 ゆっくりと口を開く椛木乃は、かなり深刻そうな表情をしていた。


「何だ?」

「先輩って……頭いい?」

「まあ、椛木乃より――……って、いだだだだ」


 僕が言い切る前に椛木乃が僕の腕をつねってきた。

 やっぱり、女子高生っていうのは察しが良い。


「まだ何も言ってないだろ?」

「もう『椛木乃』って言ってる時点で何言うかわかったよ!」


 椛木乃はかなり激おこな様子だ。


「まあ、そんなことは置いておいて……椛木乃のお願いは結局何だったんだ?」

「え、えっと……勉強教えてほしくって……」

「高一の内容か……いけっかな……」

「え?先輩、いいの?」

「別にそんな難しいお願いじゃないからな」

「あー……それはどうかなぁ……」


 椛木乃がゆっくりと僕から目を逸らす。


「何だ?マジな話、僕は高一の内容だったらまあまあいけるぞ」

「先輩の問題じゃなくて……。私の問題なんだけどぉ……」

「どういう問題があるんだ?」

「あの……苦手教科がちょっと……多くて……」


 おっと……。

 何だか嫌な予感がするぞ……。


「ちなみに聞くけど、何が苦手なんだ?」

「えーっと……とりあえず、理系科目と英語が苦手。あと、古典文法的なのも苦手」

「なるほどな……」


 これは中々に骨が折れそうだ……。


「とりあえず、どうする?ファミレスでも行くか?」

「なんか……ちょっと恥ずかしいかも……」

「何でだよ。放課後にファミレスで勉強とか青春っぽくていいだろ?」

「そうかもしれないけど……」


 やっぱり椛木乃はらしい。


「じゃあ、僕の家でも来るか?」

「……えっち!」

「なんでだよ」


 ワケが分からん。

 これに関してはマジで分からん。


「だって……先輩、変態だし……変態だし……変態だから……。何か、えっちなことされそう」

「……なるほどな」


 とりあえず、椛木乃が僕のことをどういう人間として見ているのかがよく分かった。

 これは後で制裁が必要みたいだ。


「じゃあどうするんだよ?今から学校戻るか?」


 まだ駅前なので、今から急いで戻れば二時間くらい勉強できそうだが……。


「ううん……。私が先輩の家に行くんじゃなくて……先輩が私の家に来て」

「え?」


 それはそれで……えっちな展開になりそうな気がしなくもないが……。


 まあ、椛木乃が良いならそれでいっか。

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