第9話『ウザかわメンド女』

 そこから約三十分の間、しっかりとバイトに勤しんだ。

 幸いなことに、いい具合に昼食時から外れていたこともあってか、キッチリ十五時ジャストにバイトを終えることが出来た。


「店長、お疲れ様です」

「あ、お疲れ様ー。またよろしくねー」


 僕は店長に一言挨拶を済ませてレストランを後にする。


 店の外に出て辺りを見回してみるが、美憂の姿は見当たらない。

 先に帰った……というのは考えられない――……というよりかは、僕が考えたくなかったので、まだ来ていないと結論付けて少し待つことにする。


「ん……?あれって……」


 僕の視界の先に、とある人物の姿が映る。

 僕が椛木乃の恋人のフリをしなくてはいけなくなった原因。

 如月陽斗だ。

 アイツが椛木乃のことをしつこくナンパさえしなければ、ここまでのゴタゴタに発展することはなかったハズだ。


「せんぱぁい、せんぱぁい!」


 かなり大きめな声で呼ばれて、僕の意識が如月陽斗から声の方へ移る。


「せんぱぁい、お待たせしましたぁ」

「遅かったな。もうちょっとで帰るところだったぞ」

「せんぱぁい……そこは『僕も今来たところだから大丈夫だよ』って、紳士的に言うところですよぉ?」

「ごめんな。でも、後輩にウソはつけないからさ」

「ふぅん……まあ、別にいいんですけどぉ」


 美憂は意味深な上目遣いでコチラを見てくる。

 何か……ちょっと怖い。


「で……話したいことって何だ?」

「まあまあ先輩、ゆっくり歩きながら話でもしましょうよぉ」


 そういう美憂は既に僕を置き去りにして歩き出していた。


「歩くってどこまでだ?」


 美憂の後に付いていきつつ、問いかける。

 特に予定などないのだが、あまり遠いところには行きたくないというのが本音だ。


「学校ですぅ」

「何だ?部活か?」

「はい!」

「何の部活入ってるんだ?」

「バスケ部でぇ~す」

「何か……意外だな」


 とても失礼な話だとは思うし、ただの僕の偏見でしかないのだが、美憂のような女子は激しく動く系のスポーツを嫌うイメージがある。


「そうですかぁ?私ぃ、結構運動神経良い方なんですよぉ」

「そうなのか」

「先輩は……なんか運動苦手そうですねぇ」

「あれ?何で僕は急に刺されたんだ……?」


 まったく、失礼な後輩だ。


「実際のところぉ、どうなんですかぁ?」

「そんなことない……とは言い切れないな」

「ですよねぇ……何か先輩、弱そうですもん」


 美憂が振り返り、またも上目遣いで僕のことを見てきた。


「そんな弱い先輩を、私だったら守ることもできちゃいますけどぉ……どうですかぁ?」


 今度は、先程のような恐怖心を煽ってくるような鋭いモノではなく、やりすぎなほどに可愛い子ぶっていた。


「とてもありがたい話ではあるけど、僕には椛木乃がいるからさ。お断りさせていただきます」

「む~……フラれちゃったぁ……」


 美憂がわざとらしく不貞腐れた表情になる。


「でもぉ……先輩、本当は千景と付き合ってないでしょ?」

「……いや、付き合ってるぞ」


 とりあえず誤魔化しておく。


「あれぇ?先輩、さっき『後輩にウソはつけない』って言ってませんでしたっけぇ?」

「……何でそう思ったのか聞いても良いか?」

「先輩が千景のことを如月先輩から助けたって聞いてぇ……それで、なんとなく察しましたぁ」


 マジか。

 流石は女子高生って感じだ。


「……そうだな。僕と椛木乃は付き合ってない。あれは偽りの関係だ」


 僕は素直に白状する。

 もうバレているなら、無駄に繕うだけ不毛だ。


「何でしてるんですかぁ?」


 美憂が核心を突くような質問をしてくる。


「まあ……僕の中でちょっといろいろあったんだよ」


 濁した答え方をする僕の目を、美憂がジッと見てくる。


「先輩は……優しくなれてますね」

「優しく…………?」


 美憂の物言いがどこか引っかかってしまう。


「だからぁ……そんな優しい先輩にお願いがあるんですよぉ」

「場合によっちゃ断るぞ」


 突拍子もないお願いをしてきそうで怖かったので、先に釘を刺しておく。


「そんなに構えないでくださいよぉ。別に変なお願いをするつもりはありませんよぉ」

「何だ?」

「ただ、先輩に千景のことを守ってほしいんですよぉ」

「……分かってるよ、そんなことくらい」

「それは頼もしいですぅ。じゃあ、お願いしますよぉ」


 そんなこんな話をしていると、あっという間に学校まで着く。


「先輩もバスケ部来ますかぁ?」

「いや……遠慮しておくよ」

「えぇ……せんぱぁい……それってぇ……私と一緒にいるのが嫌ってことですかぁ……?ヒドイですよぉ……」


 美憂が泣いているような仕草をするが、すぐにやめる。


「はあ……面倒くせぇなコイツ」

「あ、じゃあ『メンド女』認定記念として、ID交換でもしませんかぁ?」

「それは別に構わないんだけど……それは記念すべきことなのか?」

「まあまあ細かいことは置いといて……早くスマホ出してくださぁい」

「はいはい」


 僕はスマホを出して、美憂の画面に映ったQRコードを読み取る。


「あ、名前のところは『ウザかわ後輩』にしておいてくださぁい」

「分かった。じゃあ『ウザかわメンド女』にしとくわ」

「えぇ……先輩ヒドイ~……」


 ”ウザかわ”の部分までは譲歩してあげたんだから感謝してほしいものなのだが。


「じゃ、せんぱぁい。また会いましょうねぇ~」


 美憂は手を振って学校の中へと消えていった。


「『守る』ねぇ……」


 美憂の言葉がやけに僕の脳裏に残っていた。

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