第7話『デートしてみました③』

「なあ、椛木乃」


 僕は俯いて小さくなっている椛木乃に声をかける。


「な、なに……?」

「顔上げて横見てみ」


 椛木乃はゆっくりと顔を上げると、チラッと横を見る。


「うぅ……」


 一瞬で椛木乃は俯いてしまう。


「なあ、椛木乃。お前、もしかしなくても高いところも苦手なのか?」

「……う、うん」

「はあ……」


 思わず呆れのため息がこぼれてしまう。


 僕と椛木乃は今、全長八十メートルほどの大きさの観覧車に乗っており、ちょうど頂上に着く頃合いだった。


「お前……さっきも言っただろ。無駄な虚勢を張るなって」

「だって……せっかく遊園地に来たんだったら、遊園地っぽいところで写真撮りたいじゃん!」

「その考えは理解できるよ。でも、別に怖い思いをする必要はなかっただろ」


 遊園地っぽいところは、別に観覧車以外にもたくさんある。

 わざわざ苦手なところに突っ込む理由はない。


「観覧車しか思いつかなかったんだもん!というか、そう思ってるんだったら何か言ってくれればよかったじゃん!」

「言ったよ、二回。でも、大丈夫だって言って聞かなかったのは椛木乃だろ?」

「う……うるさいな!」

「はいはい、分かったから。とりあえずテッペンだし、さっさと写真撮っとこうな」

「……分かった」


 椛木乃は僕に自身のスマホを渡してくる。

 それを受け取ると、ふてくされた表情の椛木乃をフレームに収める。


「それだと、先輩と一緒に来てるってことが分かんないじゃん」

「あ、そっか」

「もしかして先輩って、実はバカ?」

「おっちょこちょいって言ってくれ」


 僕はカメラを内カメにすると、椛木乃の隣に座って肩を寄せる。

 わずかに触れると、椛木乃がビクッと反応する。


「じゃあ、撮るぞー」

「う、うん……」

「顔が固いぞー」

「しょ、しょうがないじゃん」

「はあ……」


 ここは僕が一肌脱ぐしかなさそうだ。


「……アゴの下でぇピース!三、二、一……」

「ぶふっ」


 僕の掛け声に椛木乃が吹き出す。

 その瞬間に僕はパシャリとシャッターを切る。


「ちょ、ちょっと先輩!それプリクラのヤツじゃん!何で先輩が知ってるの?」


 高所への恐怖心が吹っ飛んだのか、椛木乃は楽しそうに笑っている。


「中学ん時に友達と撮ったことあるからだよ。それより、写真見てみ」


 僕はスマホの画面を椛木乃の方へ向ける。


「あ、先輩。目が死んでるね」

「そういう椛木乃は楽しそうな顔してるな」

「先輩が変なこと言うからだよ」

「もう二個くらいレパートリーあるけど、やっとくか?」

「ちょっと……聞きたいかもしれない」

「おっけ、分かった」


 僕はもう一度、椛木乃に肩を寄せると、その姿をフレームに収める。


「よし、いくぞー」

「う、うん……」


 椛木乃が身構える。


「わぁ!美味しそうなケーキ!三、二、一……」

「ぶふっ」



◆◇◆◇◆



 発車を告げるベルが鳴り、電車がゆっくりと走り出す。

 日はすっかり西側へと傾いており、電車内を茜色に染め上げていた。


「先輩、今日はありがとう」

「どういたしまして。遊園地はどうだった?楽しかったか?」

「うん。めちゃくちゃ楽しかったよ。……先輩は?」


 椛木乃が恐る恐るといった様子で僕に聞いてきた。


「まあまあだったな」


 僕の返答に椛木乃が不服そうな顔をする。


「……そこそこに楽しかったよ」

「本音は?」

「まあ、楽しかったよ」

「ふふん……最初っから素直にそう言えばいいのにぃ~」


 今度は満足げな表情に変わる。

 ちょっとウザいなと思ったが、今回は許してやろう。

 実際のところ『楽しかった』っていうのはウソではない。


 そんなこんな他愛のない会話をしつつ、僕たちはゆったりと揺られていた。


「さっきさ……先輩、ナンパから助けてくれたじゃん?」

「ん?ああ、そうだな」

「あの時の先輩……ちょっとだけカッコよかったよ」

「”めちゃくちゃカッコよかった”の間違いだろ?」

「前言撤回!やっぱり全然カッコよくない!」

「えぇ……悲しいなぁ……」


 余計なこと言わなきゃよかった。


「ま、体裁としては一応、椛木乃の”彼氏”だからな。ナンパくらいだったら撃退してやるよ」

「先輩……ありがとう」

「はいはい。どういたしまして」


 その後、椛木乃と別れた僕も帰路についた。


「まあ……『楽しかった』って言ってくれたし、よかったかな」

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