第6話『デートしてみました②』
駅から出た僕と椛木乃は、案内用の看板に従って道を歩いていく。
進めば進むほど、人が増えていく。
やがて、本日のデートスポットである都内最大規模の遊園地の入り口にたどり着く。
まあ、初めてのデートとしては無難な場所だろう。
ささっと二人分のチケットを買って、遊園地の中へと入っていく。
「人……多いね……」
「ああ、そうだな」
椛木乃の言う通り、遊園地内にはたくさんの人がいた。
特に……
「カップルが多いな……」
流石は、『無難なデートスポット』といったところだろう。
「もしかして……私たちもカップルに見えたり……しちゃってるのかなぁ?」
「うーん……多分、ギリ見られてないと思うな」
「えぇ!?何でぇ!?」
「まあ……何でかって言ったらなぁ……」
僕は、お留守な左手を椛木乃の前に差し出し、右手でイチャイチャしている一組のカップルの手元を指さす。
椛木乃は、僕の右手と左手を交互に何度も見る。
そして、何かを察したようで、顔を赤くする。
「いや……童貞か」
「処女だよぉ!」
「え?」
適当にツッコんだだけだというのに、動揺のせいか、まさかのカミングアウトが飛び出してきた。
「あ……えと……そのぉ……」
椛木乃はぷるぷるとしながら、羞恥心に身を染めていた。
「別に無理なんかしなくていいからな」
「別に……!無理なんかしてないしっ!」
椛木乃は、未だ真っ赤な顔のまま、威勢よく僕の真隣まで距離を詰めてくる。
そして、僕の小指を力なく掴んできた。
「僕は赤子かなにかなのか?」
幼稚園生の頃に母親と一緒に買い物に行った記憶が蘇ってきた。
「うぅ……だってぇ……恥ずかしいんだもん……」
椛木乃はうるうるとした瞳でコチラを見てくる。
なんとなく、僕の心の奥底に眠っている”嗜虐心”のような感情が顔を覗かせてきた。
僕はそれを押し殺す。
流石に、後輩にそういう類の感情を抱くのはアウトだ。
「いや、本当に無理しなくて大丈夫だぞ。別に、この辺だったら同じ学校のヤツに会うこともそうそうないだろうし」
世界は狭いようで、意外と広いのだ。
「そ、そうかな……」
「ああ」
椛木乃は安心したような顔で、ゆっくりと手を離す。
「あっ、ねえねえ先輩。これ乗ろうよ」
ニヤニヤとした顔で椛木乃が指さしているのは、この遊園地で一番怖いと評判のジェットコースターだ。
「一つ言っておくが、僕はこんなんじゃビビらない自信があるぞ」
「ふん。どうだか」
「そういう椛木乃は、こういう絶叫系いけるのか?」
「……べ、別に、ぜんっぜんヨユーだし!」
そう豪語する椛木乃からは、どことなく”小物感”のようなものがにじみ出していた。
この子は本当に分かりやすい。
「ふーん……ま、それならいいんだけどさ。じゃあ、行くか」
「う、うん……」
椛木乃の顔が一瞬だけこわばったのを、僕は見逃さなかった。
さあ……運命の勝敗は如何に……。
◆◇◆◇◆
「おーい、椛木乃~?大丈夫か~?」
ベンチでうなだれている椛木乃の顔色は、ものすごく悪い。
『椛木乃 VS 園内一のジェットコースター』というドリームマッチ(?)は、ジェットコースターの圧勝という結果で終わった。
「ううぅ……怖かったよぉ……先輩、全然怖がらないしさぁ……」
「だから言っただろ?僕はこういう系じゃビビらないって」
「ううぅ……気持ち悪いよぉ……」
「虚勢なんて張らずに、おとなしくやめておきゃ良かったものを……」
「うっぷ」
おっと?
これはかなりマズそうだ。
「はあ……ちょっとそこで待っとけ。飲み物買ってきてやるから」
「う、うん……ありがとう……」
乙女の清純が吐瀉物まみれになってしまう前に。
僕はベンチの近くにあった自動販売機で、飲み物を二つ買ってから椛木乃のもとまで戻る。
そこで……僕は迂闊だったことに気付く。
そう。
椛木乃は可愛いのだ。
陽キャにしつこくナンパされるくらいには。
椛木乃はちょっと目を離したスキに、チャラ男二人組にまた絡まれていたのだ。
……やっぱり、手を繋いでおいた方が良かったのかもしれない。
「あのー……すみませんけど……その子、僕の彼女なので」
そう言って、未だダウン状態の椛木乃の肩を抱く。
「ちぇ、彼氏いたのかよ」
「コイツ、典型的な陰キャ男じゃん」
「男の趣味わりー」
チャラ男二人は、かなり失礼な発言をぶつぶつと吐きながら、その場から去っていった。
少なくとも、二対一で明らかに弱っているであろう少女に迫るような男たちにそんなことは言われたくない。
「ご、ごめん先輩……。上手く断りきれなかった」
「いや、これは僕が悪い。椛木乃が可愛いこと、すっかり忘れてた」
「忘れないでよ――……じゃなくて!別に、私は可愛くないから!」
「前にも言っただろ?可愛くなかったらナンパなんかされてないって」
「それ、もう何十回も聞かされてるよ!」
椛木乃はかなりご立腹な様子で、勢いよくベンチから立ち上がる。
だが、すぐにフラフラとして、体勢を崩してしまいそうになる。
「無理すんなよ。ほら、水飲め」
椛木乃の身体を支えて、買ってきた水を手渡す。
「ん……ありがと、先輩」
椛木乃は五百mLのペットボトルの水を一気に半分まで飲む。
僕も一口だけ飲んでおく。
その様子を、椛木乃は何故か不服そうな眼差しでジッと見てくる。
「……なんだよ?そんなに見るなよ」
「なんか……私がみっともない人みたいじゃん!」
「何をどうしたらその考えに至ったのか、詳しく聞かせてもらっていいか?」
「だって……先輩は一口しか飲んでないのに、私はこんなに飲んでるじゃん!」
椛木乃は持っていたペットボトルを指さす。
「そんなところまで誰も見てないから、あんまり気にしすぎんな」
椛木乃がそういうところがあるから心配になってしまう。
「そ、そうかな……?」
「ああ、そうだぞ。だから、好きなだけ飲んどけ」
「うん、分かった」
椛木乃は残っていた半分も一気に飲み干してしまった。
別に悪いことではないんだが……。
それはちょっと……流石に飲みすぎな気がしなくもないが……。
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