第5話『デートしてみました①』
鏡の前に立って、ハネて変な方向を向いている髪の毛を手ぐしで直す。
しかし、ほんの数秒で元通りに戻ってしまった。
「まあ……これでいっか」
あんまりバッチリとキメてもしょうがない。
こんな感じなのも僕らしい……ということにしておこう。
「さてと……じゃあ、行ってきます」
僕は自宅マンションから出ると、普段通学で利用している駅の構内に入る。
この駅の改札を抜けた先が、椛木乃が指定した待ち合わせ場所なのだ。
僕は定期をかざして改札を抜ける。
周りを見回してみるが、椛木乃らしき人物の姿はない。
どうやら、まだ到着していないようだ。
僕はポケットからスマホを取り出すと、メッセージアプリを開いて椛木乃にメッセージを送る。
<大丈夫か?迷ったりしてないか?>
メッセージに既読が付いてから、ものの数秒で椛木乃からメッセージが返ってくる。
<椛木乃:二駅だし、全然大丈夫だよ>
<それならいいんだけどさ。まだ来てないみたいだから、ちょっと心配で>
<え?先輩もう着いてるの?早くない?私、まだ駅にも着いてないんだけど>
椛木乃に指摘されて、僕はスマホの時計を確認する。
映し出されていた時刻は十二時五十二分。
待ち合わせの時間は十三時なので、僕は八分ほど早く着いていたようだ。
<椛木乃:せっかく私の方がちょっと早く着いて先輩にいろいろ言ってやろうかなって思ってたのに>
<それは悪かったな>
<椛木乃:まあ、遅れられるよりかは全然いいんだけどね。電車来たし、もうちょっとで着くと思うから、そこで待っててね>
<分かった>
僕はポケットにスマホをしまうとぼんやりと辺りを眺める。
休日の午後ということもあってか、どこか穏やかな雰囲気が駅全体に流れていた。
そんなゆったりとした空気を全身に感じながら、数分間ぼーっとしていると、後ろから騒がしい足音が近付いてきた。
「はあ……はあ……せ、先輩……お待たせ……」
足音の方を振り返ると、そこには顔を真っ赤にして、息を荒げた椛木乃が立っていた。
「椛木乃、遅刻するなよ」
「ち、違うよぉ……!先輩が早すぎるだけだよぉ……!」
僕は、呼吸を整えつつ抗議の声を上げる椛木乃の全身を見る。
お洒落で可愛らしいが、派手過ぎないような、椛木乃にとてもよく似合っている服装だ。
そして、椛木乃はショートパンツを履いている。
すなわち、生足が出ているのだ。
そう。生足だ。
現役女子高生の生足が出ているのだ。
「ふーんふんふんふんふん……まあまあまあまあまあ……」
「ちょ、ちょっと先輩!?ど、どこ見てんの!?」
「え?どこって……そりゃ、椛木乃のおみ足様ですけど?」
「は、はあ!?先輩きっっっっっしょ!えっち!!変態!!!」
公共の場で、あんまり大きな声でそういうことを言わないでもらいたい。
周りの人の視線が、めちゃくちゃ突き刺さっているのが分かる。
「いやいやいやいや……そんなに拝みたくなるような格好してる椛木乃が悪いだろ」
「うーわ……先輩……、痴漢する人とおんなじこと言ってるよ……。ヤバいよ、マジで」
「僕がヤバいのはいつものことだろ」
侮蔑の眼差しをコチラへ向けてくる椛木乃のことを置いて、僕はホームへと続くエスカレーターへと進む。
「あ、先輩!待ってよ~!」
慌てた様子で椛木乃も付いてきた。
◆◇◆◇◆
発車を告げるベルがホームに鳴り響き、僕たちを乗せた電車がゆっくりと走り出した。
あれだけ騒がしかった椛木乃も、電車の中では流石におとなしくしていた。
チラッと横を見ると、椛木乃は身体をゆらゆらと揺らしながら、睡魔と格闘していた。
先日、僕が椛木乃にしてやった説教が効いたのかと思ったのだが、違ったみたいだ。
僕は今にも死んでしまいそうな顔の椛木乃に声をかける。
「椛木乃、もしかして寝てないのか?」
「うぅん……寝てないってワケじゃないんだけどぉ……あんまり寝れなかったのぉ……」
「デートが楽しみ過ぎて?」
「そういうのじゃなくて。昨日、美憂ちゃんたちと通話しながら、遅くまで映画観ちゃったの。あと、デートの予習をちょっとだけ……」
「遅くまでって、何時くらい?」
「えーっと……最後に時計を見たときは五時過ぎてたのは覚えてるんだけど……具体的な時間は分かんないや」
五時はもう”今日”だ。
「お前さ……一応デートの前日なんだから断ってちゃんと寝とけよ」
「そんなの絶対にダメだよ!」
「なんでだよ?」
「だって、皆参加してたんだよ!?それなのに私だけ参加しないとか……ダメだよ!」
「ダメってことはないだろ。適当に『アタシ、明日デートなのぉ~』とか言って断ればいいだけの話だろ?」
「それはそうかもしれないけど……とにかく!ダメなものはダメなの!」
そこまで必死に言うのだったら、きっとダメなんだろう。
女子高生の人間関係が、表面上では分からないくらいに難しいものだってことくらい、僕でも知っている。
そして、それはカーストが上がれば上がるほどに複雑化していくことも知っている。
「分かった分かった。そういうことにしといてやるから、とりあえず寝とけ。着いたら起こしてやるから」
「うん……ありがと、先輩」
椛木乃が僕の肩にもたれかかってくる。
そして、数秒経たないうちに寝息を立て始めた。
驚くべき早さだ。
きっと、相当疲れていたのだろう。
椛木乃は終始、口を半開きにしたまま幸せそうな顔で眠っていたが、目的地の最寄り駅に着いてしまったので起こすことにする。
「椛木乃~、お~い椛木乃~」
「ふぇぇ……?」
椛木乃は寝ぼけているのか、情けない声で返事をしてくる。
「大丈夫か?よく寝れたか?」
「う、うぅん……」
「そうか。そりゃ、良かったよ。ほら、もう着いたから降りるぞ」
まだ、ふわふわと夢の世界にいる椛木乃の腕を無理やり引っ張って、僕は電車から降りた。
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