第2話『彼女……?』

 やわらかな風に鼻先をくすぐられて、僕は目を覚ました。


「ん……?あれ……ここって……」


 木々の隙間から日の差す、暖かくて心地の良いこの場所に、僕は確かに見覚えがあった。

 つい最近も、この場所に来た覚えがある。

 もし、の記憶と一緒なのであれば、もうすぐとある人物が僕に声をかけてくるハズだ。


「おはようございます、○○くん。よく眠れましたか?」


 これまた聞き覚えのある若干ノイズのかかった声に反応して、僕は振り返る。

 そこには、がいた。

 前の夢でも出会った、顔も名前も知らないあの彼女が。


「どうしたんですか?そんな顔をして。まだ、寝ぼけちゃってるんですか?それとも……私のこと忘れ――……」

「いや、しっかりと覚えていますよ。まあ……顔とか名前とかは分からないんですけど」

「驚きました……。もしかして、この夢は二回目ですか?それとも、三回目ですか?」

「僕の記憶では二回目ですね」

「ということは……これから私が○○くんに伝えようとしていることも、○○くんは知ってるってことですか?」

「はい、知ってます。なので、今度は僕から先に伝えようかなと思って」


 前の夢の時は、結局伝えられず仕舞いでモヤモヤとしてしまった。


「それはダメです」


 彼女が制止してくる。


「何でですか?」

「今ここで私にそのことを言ってしまったら、○○くんが幸せになってしまうからです」

「僕が幸せになるのは、いけないことなんですか?」

「いいえ。いけないことではありません。ですが、幸せが心地よくなって、甘えてしまうようになるんです。それが、いけないことなんです」

「なるほど……」


 なんとなく分かる気がする。

 確かに『幸せ』か『普通今まで通り』の二択だったら、間違いなく『幸せ』を選ぶハズだ。

 少なくとも、僕なら『幸せ』な方を選ぶ。

 断然、そっちの方が良いに決まってる。


「ということなので、○○くんはそろそろ夢から覚めてください。まだ、やらなきゃいけないことも残ってますし」

「ちょ……ちょっと待ってください!まだ聞きたいことが……」

「だーめです。……大丈夫ですよ。きっとまた、会えますから」



◆◇◆◇◆



「はあ……」


 嫌にモヤモヤとするところで夢から覚めてしまった。

 目覚めが最悪だ。


「やること……ねぇ……」


 まあ、夢のことばかり考えていても仕方がないので、さっさと現実に戻ることにする。

 適当に朝食を食べて、適当に身支度を整える。


「よいしょっと……じゃあ、いってきます」


 空っぽな家の中に一言だけ声をかけてから、僕は家から出た。

 エレベーターに乗って僕の部屋がある三階から一階まで降りる。

 自宅マンションをあとにすると、見慣れた道を歩いて駅まで向かった。

 商店街の中に入り、バス停を超えた先にある駅の構内に入る。

 改札に定期をかざして先に進み、ホームに降りる。

 そこで、ちょうど電車がやってきた。

 この時間感覚は約一年半もの間、この駅を利用してきた賜物だ。

 僕は、黄色の八両編成の電車に乗り込む。


 大体、五分ほど揺られたところで、僕と同じ高校の制服を着た男子生徒が僕と同じ車両に乗ってくる。

 先週の金曜日に、椛木乃のことを執拗にナンパしていた『如月陽斗』と同じバスケ部で、数少ない僕の知り合いの一人である響谷ひびや じんだ。

 響谷はスポーツ万能なイケメン野郎なうえに、僕のような卑屈な陰キャに対しても、優しく平等に接してくれる聖人のような男なのだ。

 まさに、『真の陽キャ』という言葉が最高に似合うような男だ。


 響谷は僕の姿に気が付くと、声をかけてきた。


「うぃーっす、おはようさん……って、今にも死にそうな顔してんなぁ……。寝不足か?」


 響谷は僕の顔を見るなり爆笑しやがる。


「まあ……ちょっとな。そういう響谷は、今日もイケメンで絶叫調だな」

「ああ、すこぶる絶叫調だぜ」

「そりゃ良いことだよ」

「あ、そういえば……」


 中身のない会話をしていると突然、響谷が何かを思い出したようにズボンのポケットを漁り出した。


「ほい」

「ん?」


 響谷は、コンビニで一個二十円ちょっとで買える小さなチョコレートを手渡してきた。


「……なんだよ?」


 一応、受け取ったはいいものの……。

 響谷の意図が全く掴めない。


「おめでとうな」

「は?」


 知り合いからの突然の祝福に、僕は思わず間抜けな声が出てしまった。

 何故なら、僕は祝われるような覚えは何もなかったからだ。


「いや……『おめでとう』って何のことだよ?」

「おいおいおいおい~、このこのこのこの~」


 いつにも増してウザい絡み方をしてくる。

 本当に何なんだ、コイツは。


「誤魔化さなくても俺は知ってんだからな~。お前に彼女が出来たことくらい」

「……え?……え?……は!?」


 響谷の口から出てきたその単語によって、僕の困惑がより一層深くなってしまった。

 今、響谷は『お前に彼女が出来た』と言ったのだ。

 せっかく祝福してくれたところ悪いのだが、僕に彼女など出来ていない。


「まさかなぁ……他人に興味なさそうなお前に先を越されるとは思わなかったなぁ……。くっそ……悔しいぜぇ……」


 そんな風に思われてたのか。


「なあ、響谷。その話って、誰に聞いたのか教えてもらっていいか?」


 一人で勝手に悔しがっている響谷のことは無視しておいて、僕は聞いてみる。

 まあ……大体見当は付いているのだが。


「え?ああ、同じ部活の”如月”ってヤツからだけど……」

「あー……」


 やっぱりか。

 だと思ったよ。

 あらぬ話を吹聴しやがって。


「なんだよ?お前とアイツって接点あったっけ?」

「いや、ないな」

「じゃあ、何かマズイことでもあるのか?」

「別にそういうワケじゃない。なんとなく気になっただけだから、気にしないでくれ」

「おう、分かったよ」


 響谷はあっさりと引いてくれる。

 こういうところも、響谷の良いところだ。


 まあ……兎にも角にも、面倒くさいことにならないといいんだけど……。

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