第4話

 佐藤まさきは想像していたよりも、だいぶ老けて見えた。たしか年齢は三〇代前半のはずであるが、いま磯村の目の前にいるのは白髪頭で顔が皺だらけになった初老と言ってもおかしくはない男だった。


「ぼくの容姿を見て驚いているんでしょう。みんな、最初はそうですよ」

 佐藤によれば、あの時の事件をきっかけに一気に老け込んでしまったのだという。


「届いた箱について、うかがいたいのですが」

 佐藤と話をする役は磯村が務めており、その隣で福原あやねはスマートフォンの動画を撮影している。


「ごく普通の宅配便の箱でしたよ。段ボールの」

「宛名は何と書かれていたのですか」

「さとう……あ、ローマ字でsatoって書いてありました。住所は一緒で部屋番号までは書いていなかったと思います」

「佐藤さんは、その段ボールをどちらで受け取ったのですか」

「いや、受け取ってはいません。置き配でした。うちの玄関の前に段ボール箱が置かれていたので、ぼくが回収しました」

「その時は、お一人でしたか?」

「ええ、ぼくが妻よりも先に帰ってきたので」


 佐藤はまるでその出来事が昨日であったかのうように話した。しかし、これは3年前の出来事なのだ。


「よく覚えていますね」

 それは挑発のようにも聞こえただろう。磯村はわざとそのように発言したのだ。もし、嘘や偽りがあれば、怒りと共に綻びが出る。それは記者として働くようになってから身に着けたスキルだった。


「当たり前じゃないですか。あの日、妻が消えたあの日から、ぼくの時間は止まってしまっているんです。あの日のことを忘れないように何度も何度も頭の中で再生を繰り返しているんですよ」

「再生を繰り返していると、どこかで自分の都合の良い記憶に変わってしまうということは……」

「そんなことはありません」


 佐藤は磯村の発言に被せるようにして言った。


「ぼくはあの日のことはすべて覚えています。あの日は夕食に、まかないロールキャベツを作っていたんです。それを妻とふたりで食しました」

「まかない?」


 その言葉に反応したのは、磯村ではなく福原あやねだった。


「ええ。ちょうど見たレシピサイトに載っていたんです。ぼくはそれを見て作りました」

「まかないのにロールって矛盾してますね」

 何が面白いのかわからないが、福原あやねはクスクスと笑っていた。


「話を戻しますが、佐藤さんがインターホンで出ている間に奥さんは姿を消してしまったということですが」

「はい。隣の部屋に住んでいた青年が訪ねてきて、ぼくが対応している間に……」

「その時、どんな感じだったか再現できますか?」

「いいですよ」

 佐藤はそう言って立ち上がると、インターホンの前に立った。


「妻はあの時、そのあたりに座っていました」

 佐藤が指さしたのは、ちょうど福原あやねがスマートフォンを構えて動画を撮っている場所だった。


「え……」

 そう言われて福原あやねはキョロキョロと辺りを見回す。

 しかし、そこには何もなかった。


 佐藤の言う通りであれば、佐藤と奥さんの距離は三メートルも離れてはいなかった。

 もし、佐藤が背を向けていたとしても、奥さんが立ち上がったり、動いたりすればその気配は伝わってくるはずだ。


「ここで青年と会話をして振り返ったら、妻の姿はありませんでした」


 忽然と姿を消してしまった佐藤の妻。

 まったくもって理解のできない話だった。どう考えても、その状態で佐藤の妻が姿を消すのは無理なのである。もし、ベランダに通じる掃き出し窓が開いていたとしても、その位置から移動すれば絶対に佐藤は気づくはずである。


 人が消える。それはあり得ない話だ。しかし、この国では年間約8万人の行方不明者の届け出が警察にあるという。年間で8万人もの人間が何らかの理由で姿を消しているのだ。佐藤の妻もその中のひとりと考えればいいのか、それは磯村にもよくわからないことだった。

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