第5話
「会ってみて、佐藤のことをどう思った?」
佐藤の家からの帰りの車の中、ハンドルを握りながら磯村は福原あやねに問いかけた。
福原あやねは、助手席でスマートフォンをいじりながら答える。
「うーん、そうですね。被害者なんだろうけれども、なんか被害者を演じているようにも見えなくなかったかなーって感じもします」
「被害者を演じるか。上手いことを言うな。それで福原は、どっちだと思う」
「え? なにがですか?」
「佐藤まさきは、奥さんを殺したのか?」
「いや、無理だと思いますよ。あの人には人殺しはできない。そんな感じに見えました」
「じゃあ、奥さんはどこへ消えたんだ?」
「え?」
なに言ってんだ、磯村。福原あやねはそんな顔をして、ハンドルを握る磯村の横顔をじっと見つめた。
「ミミックに食べられたんじゃないんですか?」
「まさか、そんな都市伝説を信じろというのか」
磯村はそう言って大声で笑った。
「だって、これは『ミミック』の都市伝説を検証する取材でしょ?」
「まあ、そうだけどさ。まさか、本気で信じているのか都市伝説を」
「いやいやいやいや。信じてないの、磯村さんは」
「馬鹿なこと言うなよ。俺が信じているわけないだろ。俺が知りたいのは、都市伝説の真相じゃなくて、佐藤の妻はどうして消えてしまったのかという事実の方だよ」
「なにそれ、つまんなーい」
福原あやねは棒読みで台詞を読み上げるように言った。
「まさか、お前が信じてるとは思わなかったよ」
磯村はもう一度笑い声をあげた。
※ ※ ※ ※
編集部に戻ると、磯村は福原あやねにさっき撮影した動画から記事を書き起こしておくように指示して、自分は編集長と話しながらどこかへと行ってしまった。
「なんだよ、馬鹿にしちゃってさ」
あやねは独り言をつぶやきながら、先ほど撮影していた動画を再生する。
動画には、佐藤と磯村が映っており、会話のやり取りを聞きながら、あやねはそれをパソコンにテキスト入力をした。
あやねはキーボードを打つのが遅いため、動画は何度も繰り返し再生する必要があった。まずはふたりの会話を一言一句聞き逃さないようにして、テキストに起こす。
そんな作業を繰り返していると、あやねは動画の中でなにか違和感を覚えた。
この違和感は何なのだろうか。
もう一度、最初から再生をする。しかし、その違和感がどこから来ているのかはわからない。
もう一度、繰り返して見る。
「え……」
その違和感がどこから来ているのか気づいたあやねは、慌てて動画を一時停止させた。
それは、ちょうどインターホンのところで佐藤が当時の再現をしているシーンだった。
そこをスロー再生していく。一瞬であったが、画面付きのインターフォンの画面に何かが映っているのが見える。
もう一度戻して、今度はコマ送りで再生してみる。
見つけた。
インターホンの画面が一瞬明るくなり、そこに外の様子が映っているのだ。そして、そこにはパーカーにジーンズという姿の若い男の姿がはっきりと映っていた。
「おい」
急に背後から声を掛けられたあやねは飛び上がるほど驚いた。
「な、なんだよ。そんなにビックリしなくてもいいじゃないか」
振り返るとそこにいたのは、磯村だった。
「あ、あの磯村さん、これ、これを見てください」
あやねは慌ててパソコンの画面を磯村に見せようと、ノートパソコンを物理的に動かそうとする。
その時、無理にパソコンを動かしてしまったのか、バチッという音がして急にパソコンの画面が真っ暗になってしまった。
「あ……」
あやねは、パソコンのことは詳しくないのでよくわからなかったが、パソコンの画面はまっくらになったまま、電源を入れ直しても起動しなくなってしまっていた。
「おいおい、壊しちゃったのか」
磯村は必死にパソコンの操作をしようとしているあやねに言う。
「あ、あの磯村さん、さっき撮った動画、動画を見てほしいんです」
そう言いながら、あやねはパソコンの電源ボタンを押し続けたが、パソコンはまったく起動する様子はなかった。
「落ち着けよ、福原。データはスマホに入っているんだろ。そっちのやつを送ってくれ。あとで見ておくからよ」
意外と冷静な磯村にそう言われて、あやねも冷静になることができた。
そうだ、スマホにデータはあるんだ。大丈夫だ。
あやねはスマートフォンのメッセージアプリを使って磯村に動画データを送ると、インターフォンのシーンをチェックしてくださいとメッセージを添えた。
それにしても、あれは何だったんだろう。
あやねは起動しなくなったパソコンをシステム部に持っていき、色々な事務手続きを済ませて戻ってきた。
その頃にはすでに磯村の姿はなく、他の編集部員によれば、磯村は編集長と一緒にどこかへ出掛けたとのことだった。
そして、その日はあやねの送ったメッセージに既読がつくことは無かった。
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