第2話
ちょうど料理が作り終わったところで、妻が帰ってきた。
「おかえり、グッドタイミングだね」
私は妻にそう言って料理をダイニングテーブルへと運んだ。
まかないロールキャベツは、コンソメの素とケチャップで味付けをしたもので、そこに粒マスタードをつけて食べるのが美味しかった。
食事を終えて、片づけをしている時、妻が声を掛けて来た。
「この荷物、わたし宛じゃないと思うんだけど」
「え?」
「こんなお店で、買い物した覚えないし」
箱に貼り付けられている伝票の住所はあっていて、ローマ字でsatoと私たちの苗字が書かれていた。
考えてみたらローマ字で自分の名前を入力して買い物はしたことがなかった。基本は漢字で佐藤としているはずだ。
「開けてみようか?」
「そうだね」
私たちはふたりでその段ボール箱を開けようとした。
すると、ちょうど箱を開けようとしたタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
思わず私と妻はビクッとしてしまう。あまりにもタイミングが良すぎたのだ。
「あ、出るよ」
私はそう妻に告げると、インターホンに出た。
我が家のインターホンはカメラ付きのもので外の様子が見ることができるものだった。
「はい?」
「あ、あの隣の部屋の……」
インターホンの画面には、パーカーにジーンズという姿の隣の部屋に住む青年が映し出されていた。
「ああ、どうかしましたか?」
「あの、ちょっとお聞きしたいんですけれど」
「なんでしょうか」
「変なことを聞くかもしれませんけれど、もしかしてうちの荷物がそちらに届いてしまっていないかと」
「え?」
私は慌てて段ボールを開けようとしている妻の方を振り返った。
しかし、そこには妻の姿はなく、段ボール箱が置かれているだけだった。
「あ、やっぱりか……ごめん、うちのかと思ってた。今持っていくね」
私は段ボール箱を手に取ると、玄関へと持っていった。
いま更ながら、彼の苗字も佐藤であるということを私は思い出していた。
隣同士で佐藤というのも、ちょっとややこしいな。
私はそんなことを思いながら、玄関のドアを開ける。
「ごめんね」
そういって、青年に段ボール箱を手渡す。
「いえいえ、宅配業者が間違えたんですよ。あれほど、置配はしないでくれって言っておいたのに、置いて行っちゃうんですから。さっき宅配業者に連絡したら、置配していったはずだっていうんで、もしかしたらこちらに届いちゃったんじゃないかって思いまして」
「そうだったんだね。あ、段ボール箱を止めていたガムテープなんだけど、間違って剥がしちゃったんだ」
「え?」
青年は驚いた顔をする。
「本当に、ゴメン。宛先がsatoって書いてあったから、うちに来たものだと思っちゃって」
「……大丈夫ですか?」
「え? なにが?」
「いえ、何とも無ければいいんです」
青年はそう言い、段ボール箱を両手にしっかりと抱えて、頭を下げた。
私は青年が隣の部屋に帰っていくのを見送ると、部屋に戻って妻にあれは青年の荷物だったという話をしようとした。
しかし、妻の姿はどこにもなかった。
え? どこへ行ったんだ?
そして、妻は翌日になっても帰っては来なかった。
財布も、携帯電話も、服も、すべて家に置きっぱなしである。
それに私が妻から目を離したのは、インターホンに出た時だけだったはずだ。
※ ※ ※
あれから3年の月日が流れた。
あの日から一度も、妻の姿は見ていない。
もちろん、警察に捜索願も出した。妻の両親や親戚は私を疑っていた時期もあった。私が殺して妻をどこかに埋めたのではないかと。そんなことをするわけがなかった。私は妻を愛している。だからこそ、いまでも待ち続けているのだ。
引っ越しはしていない。もしかしたら、ふらりと妻がどこからか帰ってくるかもしれないからだ。
あの日、私が最後に見たのは、隣の青年に届いた段ボールを間違って開けようとしていた妻の姿だった。
間違って届けられた段ボール箱。あれの中身が何だったのかは、いまとなってはわからない。
なぜなら、あの青年も3年前のある日に忽然と姿を消してしまったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます