大隅 スミヲ

第1話

 家に帰ると玄関の前に段ボール箱が置かれていた。

 きっと妻がインターネットショッピングで置き配注文にしておいたのだろう。


 私はその箱を手に取ると玄関のドアを開けて、家の中に入った。

 段ボール箱は片手で抱えられるほどの大きさで、重さもそれほどではなかった。

 リビングルームに段ボール箱を置くと、私はうがい手洗いをするために洗面所へと向かった。コロナ禍以降、外から帰ったらうがい手洗いをするのは当たり前の習慣となっている。そのお陰なのか、この冬は大した風邪も引くことは無く健康に過ごせた気がする。


 結婚して三年目。共働きの夫婦である我が家では、先に帰った方が夕飯の支度をする。それが結婚した時にふたりで決めたルールだった。

 料理なんて結婚するまではしたことが無かった。それどころか、包丁すらも握ったことがなかったのだ。そんな私でも今では動画サイトに投稿されているおいしそうな料理を真似して作れるレベルまでは到達している。ようは調味料の分量さえ間違えなければ、料理などはなんとかなるのだ。


 きょうは何を作ろうか。そう考えながら冷蔵庫の中を覗き込む。冷蔵庫の中には先日スーパーで特売だった牛豚合挽肉があり、野菜室にはキャベツが丸々ひと玉入っていた。ロールキャベツなんかどうかな。そう思い立ち、さっそくスマートフォンを使ってレシピの検索をはじめる。

 色々と調べていると、ひとつ目に留まるサイトがあった。

『まかないロールキャベツ』

 そうタイトルが付けられていた。というのは、どちらのことだろうかという疑問がまず頭に浮かんだ。

 ロールキャベツなのにのか、それとも料理人がとして食べるという意味でなのか……。

 巻かないだよな、きっと。

 これで開いたら、小太りで髭面の洋食店のシェフが出てきて「本日は、まかないで食べているロールキャベツを作ります」とか言い出したらどうしようか。

 そんなくだらない想像をしながら、出てきたサイトのリンクをクリックする。

 出てきたのはキャベツの真ん中を繰り抜いて、そこにひき肉を詰めて煮るというロールキャベツのレシピだった。

 良かった、巻かない方で。でも、巻かないロールキャベツというのも斬新だな。もはや、それはロールキャベツでは無いはずだ。これを出したら、妻もびっくりするだろう。そんな想像をしながら、私は料理の支度をはじめた。


 巻かないロールキャベツを作る間に、ごはんも炊いておく。炊きあがるまで四十五分。ちょうど巻かないロールキャベツが出来る頃には、ごはんも炊きあがるという計算だ。

 炊飯器のスイッチを入れてキャベツの支度に取り掛かろうとしたところで、妻からメッセージが届いた。


『これから帰るよー』


 妻の会社から家までは、だいたい四十五分。これまでドンピシャだった。

 すでにこちらからのメッセージは送ってあり、妻は私が帰宅していることはわかっていた。だから、ご飯を作っているということもわかっているはずだ。


『荷物届いていたよ』

『え? なんだろう。何か買ったっけ?』

『わかんないけれど、少し大きめの段ボール箱が届いていた』

『帰ったら確認するね』


 そんなやりとりをしてから、私はキャベツに包丁を入れはじめた。


 料理に集中していると、壁越しに隣の部屋から声が聞こえてきた。

 普段、隣の声が聞こえてくることはないので、かなり大きな声で隣の住人が話しているのだろう。たまに顔を合わせる隣の住人は小柄で人のよさそうな青年だった気がする。


「――ないだろうっ! わかってんのかよ!」


 聞こえてきたのは、まさに怒鳴り声だった。

 誰かと喧嘩しているのか?

 思わず私は聞き耳を立ててしまったが、そのあとはまた静まり返ったのでどうなったのかはわからなかった。

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