例えば、貴方が、その箱を開けたとして

ちゃたろー

第1話 例えば、貴方が、その箱を開けたとして

 それが全ての終わりだとして–−–


 、騒々しいに私はいた。

 昔から、何もかも、私と世間のあらゆる物は、何か薄壁のような物で隔てられてると感じていた。

上下左右全ての方向を、塞がれているのではないかと、真剣に悩んだものだった。



 

 学生の頃、とても美しい人に会った。

 学食で、スクランブルエッグをフォークの先で何度もつついて、手持ち無沙汰にしていた。

 ふと、君と目が合った。

 それだけだったのに、私は心を惹かれる。

 

 妙にスラスラと、言葉が出ていた事を覚えている。

 

「卵、嫌いなの?」

「え?」

 君は、少しだけ辺りを見回した。

「ずいぶん恨みがあるみたいだね」

「……どういう意味かな?」

 君の瞳が私を見た。

 剥いた鬼灯のような、赤い瞳。

 綺麗よりも先に、少しだけ怖いと思った。

「だって、何度もそんな尖ったもので、いじめているように見えるから」

「……食欲がない」

「学食に来たのに?」

「そういう日もある」

「じゃあそんな日に君に会えたのは、運が良かった」

「?」

 ほんの数秒、2人で見つめ合う。

「実は私も、食欲がない」

 2人で少しだけ笑い、向かい合わせに座った。

 それが私達の出会いだった。


 ある日の帰り道、君は本屋に寄った。服や流行りの髪型の本ばかり見ていた。

 私は料理の本が見たかったけど、なかなか君が同じコーナーから動かないから、少しだけイラついて、思わず小さな溜息をついてしまう。

 でも、楽しそうに本を見る君の横顔を見るだけで、とても満たされた気持ちになった。

 その時はまだ何となくしか自覚していなかったけど、きっともう、君がいないとダメな自分になっていたんだと思う。


 君の家に行った時、立派なマンションだったから驚いた。エントランスで部屋番号を押すなんて、初めてで戸惑ってしまった。

 フッと扉が開いた時は、思わず感動したのを覚えている。

 最近はこれが当たり前なんだろうけど、ウチの安いアパートではいつまで経ってもこんな設備は付かないだろうな、と思いながら扉をすり抜けて、君の部屋に向かった。


 インターフォンを押すと、君はすぐに出て来たね。

 鬼灯のような目を大きく開けて、迎えてくれた。

 私は、多分精一杯の笑顔を浮かべていたと思う。

「誕生日、おめでとう」

 あの時ほど、君が驚いた事は無かった。

 あの時ほど、君を驚かせられた事は無かった。

 それが、残念でならない。


 ――残念でしか、ないんですよ。



 

【速報:大学生ストーカー殺人事件、女性犯人を逮捕  警察は本日、市内のマンションで発生した殺人事件に関連して、女性の容疑者を逮捕しました。被害者は同じ大学に通う男性学生でした。詳細は後ほど報告されます――――――】



 私は、目の前で叫ぶように詰問してくる刑事に、私と彼との話を聞かせた。

 箱のように四角い、無機質な部屋は仄暗いのに、私を照らすライトだけが嫌になる程明るい。

 

 ――なんで、こんな事をしたって?


 だって、彼が私に、


 私のを先に開けたのは、彼。

 

 その時からもう、こうなる事は決まってたんだろうね――

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例えば、貴方が、その箱を開けたとして ちゃたろー @nao5389

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