義理ィ! ギリギリの義理ィ!

 詩音ちゃんは病院へ搬送された。


 転身を解いた俺はずっと声をかけ続けたが、彼女は、


「ごめんなさい、ごめんなさい」


と繰り返すばかりだった。


 被害は大きく、グラウンドは抉れ、学校自体もところどころ崩壊している。当然休校の措置を取られ、児童たちは登校して早々帰されることになったのだった。


 俺は、用務員室に一人座り、目の前の幽霊を睨みつける。

 彼女もまた、一度も見せたことのない苦悶の顔で返してくる。


「説明しろ。ピンク」

「……何を?」

「しらばっくれるな」


 いつもより強気に言うもピンクは顔を崩さない。


「お前、あの女王鉢について何か知っていたな。それどころか会話もしていた。知ってること全部言え」

「嫌と言ったら?」

「どうしてそうなるんだ」


 しかし彼女の言葉は冗談ではない。幽霊は、本当に真剣な素振りのままそう返したのだ。


「今更チュートリアルとか言っても聞かないぞ。実際に被害が出たんだ。うちの生徒が、怪我をしたんだ。その辺どうなんだよ初代」

「はっ……そんなこと」

「……お前!」


 どう見ても、そんなことは気にすることではないと言いたげな態度。

 俺はとうとう立ち上がってしまう。


「何考えてるんだ……! それでも魔法少女か!?」

「……きみに言われたくないよ」


 同じようにピンクが立った。


「元はと言えば、きみがパープルであることを受け入れないのが悪い」


 そう語る少女は大きく目を見開いた。歯を軋ませ、怒りを抑えてもいる。


「……俺がだと?」

「そうだよ。あーわかった。全部言うよもう。パープルの言う通り……わたしと鉢蜂罰は交流があった」


 ……信じられない。

 追ってきた敵と、関わっていた? なぜだ?


「彼女にこの町に戻ってくるよう言い渡したのは、わたし」

「どういうことだ」

「全部きみのため」


 わけがわからない。


「なんだ? この事態は俺が引き起こしたって言うのかよ」

「そう、わたしは舞台を用意したの」

「ふざけたことしやがって……! 仮にも魔法少女だろ!? なんで自分から敵に回るような真似を!」

「それこれも全部きみが悪いって言ってるの!」


 その気迫に、唖然とした。

 初めて見る彼女の激昂だった。幽霊は息を切らすように続ける。


「きみを魔法少女に仕立てるためにわたしは全部準備した。それがきみの願いのためになると思って!」

「……俺の願い?」

「そう……きみが魔法少女になるのにわたしと交わした契約」

「なんだそれ、そんなもの俺は知らない!」


 身に覚えがない。俺は確か、突然こいつと出逢って、強制的に魔法少女にさせられて……


「当然でしょ? きみは魔法少女になって確かにその願いを叶えた。その代償に、願ったもの自体を忘れてしまった!」

「……待てよ。それじゃまるで」


 俺が自分から、魔法少女になることを懇願したみたいじゃないか。


「だのにきみは、魔法少女はやりたくないだのばかり抜かして……! だからわたしは敵を用意した! きみが、魔法少女になることを受け入れられるように全部用意した!」


 何かの冗談だ。

 そこまでさせるような願いとは……一体なんだ?


「でも蜂は……わたしの思い通りには動かなかった。いずれ倒されるとわかったんだろうね。計画よりも早く動いて、こんな結果に……」

「……下衆野郎」


 ピンクの言葉に、俺は自分を抑えていられない。


「なにが……なにが魔法少女だ!」

「……っ!」


 気づけば彼女に掴みかかっていた。


「魔法少女は憧れの象徴だろ!? それをやらせみたいに……ふざけるな。初代ともあろう奴がなに馬鹿みたいなこと抜かしてんだ!」

「離してよ……きみに何言われても、わたしには全然響いてこない」

「詩音ちゃんはな! 嘘も何もないお前らをずっと見てきたんだ! それを裏切るような真似続けるなら俺は!……魔法少女として、お前をぶっ倒す」


 するとピンクははっとした顔をし、俺の手をすり抜けた。


「言ったね、パープル」

「ああ、言ってやったよピンク」

「じゃあ誓って」


 ピンクは鬼気迫った顔を突き合わせた。


「今後一切、魔法少女を辞めたいなんて口をしないで。これは、きみが心から願ったものの結果なんだから、例え覚えていなくても受け入れて。逆らったらわたしはまた、厄災を引っ張ってくる」


 相棒とは思えない言葉。魔法少女とは思えない言葉。

 だが、俺も押されている場合じゃない。


「そっちこそ誓え。自分の都合で、何の関係もない人を巻き込むな。もし次に同じことをしたら……お前を消す」


 互いに銃口を向けているようだった。

 俺たちは……互いに互いを憎しみ合う、歪な関係を作った。


—————————————————————————————————————


 目が開けると病室だった。

 私の身に何が起きたのかはなんとなく覚えている。

 怪人になった。その上で、たくさんの人を怖がらせた。

 今はなんともないけど……身体が作り替えられていく痛みが鮮明に思い出せてしまう。

 今もまだ、そうなんじゃないか? この身体はもう人間じゃなく、実は怪人であることを受け入れた後で……。

 そんなことを想っていると、病室の扉が開いた。


 夜。窓から入るのは電柱の明かりだけ。

 無機質な光に照らされ、その人は入ってきた。


「っ、お姉ちゃん……」

「大丈夫? 詩音」


 まるで、本当に心配しているかの素振りで近づいてくる。


「やだ、来ないで?」

「あら……怖い夢でも見たのね」


 違う夢じゃない。これは全部現実だ。


 あのとき、私をあんな身体にしたのは、この人が……!


 その人は、怖い顔になった。


「まだあなたの器は馴染めない。でも大丈夫。時間をかけてゆっくりと……ワタシの新しい苗床にするから」


 顔が、歪んで、蜂のカタチになる。


 声も出せない。怖くて、嫌で、気持ち悪くて、全部が止まる。


 ああ、死んじゃう。殺されちゃう。めちゃくちゃにされちゃう。


 すぐ間近に迫った死の宣告が、ずっと私を見下ろし続けていた。


「サヨナラ詩音。ワタシ、あなたが死んでくれて凄くウレシイ」


 姉は剣を取り出した。そして高く高く振り上げ、深く深く、わたしの心臓を突き刺して————


「待て!」


 そうなる前に、窓の外から声が聞こえた。


 顔を向けると、そこには。


 電柱の上に、憧れのシルエットが見えたのだった。


 彼女は降り、窓を突き破った。

 その破片を避けるように蜂が後退した。


 がちゃがちゃと煌びやかな破裂音と共に、魔法少女が現れる。

 無機質な光が月光に思える程、その姿は凛々しく思えた。


「貴様は!」


 蜂の叫びに、女の子は口を開く。


「ピュアっと……いや」


 でもどこか、いつもとは違い、とても力強い口調と目力で、その先に居る怪人に返してみせた。


「お前に、わざわざ名乗ってやる義理もない」






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変な関係性が好きなんだよね

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