授業中保健室にいることの背徳感たるや。

「お姉さんに虐められている?」


 詩音ちゃんは声も出さずに頷いた。

 時刻は8時半。もう一時間目の授業が始まる頃合いだが、俺は詩音ちゃんを保健室に連れて話を聞いていた。

 用務員室で話してもよかったが、こんな時間にあの部屋で児童と二人というのは色々とまずい。


「お姉ちゃん……魔法少女がすごく嫌いで……」

「それで、魔法少女が好きな詩音ちゃんに当たってる……ってことかい?」

「わかんないけど……多分、そう……」


 魔法少女が割とどこにでもいる世界だ。すぐ近くに憧れの象徴のような存在がいるということは、その分嫉妬もされるということである。

 詩音ちゃんの姉もその例に触れているのかはまだわからないが。


「どうして、お姉さんは嫌ってるのかな?」

「わかんないよ、聞くのも怖いし。でもとにかく私に悪口とかいっぱい言ってくるの」

「それは、お父さんとお母さんには相談してるのか?」


 詩音ちゃんは顔を下げて首を横に振った。


「……言いにくいよな。お姉さん大学生なんだっけ? そりゃ、言っても信頼されないかもな。じゃあ先生には?」

「言えないよ。だってお姉ちゃん、他の人にはすごく優しくて明るい顔するんだよ? この学校卒業してるし、たまに先生がお姉ちゃんの話するもん。頭よかったーって」

「あー、なるほど」


 十年以上ここに勤務されている先生もいる。仮に姉について相談しても、ただの喧嘩として一蹴されてしまうだろう。


 ぐすぐすと泣く詩音ちゃんを見かねて保健室の先生がミルクココアを淹れてくれた。少女はマグカップの表面に触れてその温もりを確かめていた。


「それは、苦しいよな。家に帰るのも嫌になるだろ」


 なるべく寄り添うつもりで言うと詩音ちゃんは小さく頷いた。


「……うん。今日は友達の家に泊まったらどうだ? それですぐに解決できるわけじゃないけど、少しは気も紛れるはずだ」

「いいのかな……勝手に」

「突然すぎるかもしれないけど、全然許してくれるさ。お父さんとお母さんは、嫌いじゃないんだろ?」

「うん」


 詩音ちゃんはゆっくりとココアを飲む——そして十数分ほど保健室で休み、彼女は教室に戻って行った。


 その後ろ姿を見届け、俺も用務員室に戻る。


「ねーねーパープルー、何かする気ー?」

「そうだな、確かめたいことがある」

「いいのカナー、用務員のおじさんが、先生にも相談しないで勝手に動くなんてさー」

「いや……魔法少女としての仕事だよ」


 ピンクは一瞬固まり、「うえぇ!?」と目の前に飛び込んできた。


「今のはどういう意味!?」

「詩音ちゃんのお姉さんは帰省してきたんだろ。『外から戻ってきた』人間に該当する」

「まさかまさか、そうやって一人ずつ調べていくつもり!?」

「そんな上手くいくとは思ってない! でもできることはやらないと……」


 一生徒の悩みに向き合って解決まで導くのは俺の仕事ではないが、今町の平和を守れるのは、俺しかいないんだ。なら、やるしかないだろうが。


 ……そういう名目が、欲しかっただけかもしれないけれど。


—————————————————————————————————————


「ピュアっとパープル、以下略☆」

「うわあー、5話目にしてもう名乗りの省略し始めちゃったよー」


 残念がっている幽霊だがそう言ってもいられない。


「できるだけ出力は下げてくれ。別に戦うわけじゃないし」

「はいはーい。一時間くらいはもつよー」


 俺たち三日月の夜空を翔び、詩音ちゃんの家に向かって行った。

 一応全児童の住所が書かれた資料は俺にも共有されている。


 明かりのついている一軒家を見つけ、隣家の屋根に降り立つ。


「夕飯の時間だけど、詩音ちゃんは友達の家に行ってるかな……」

「心配ならお邪魔してみたらー?」

「アホか! ピュアっとパープルです☆とか言って質問でもするのか? そんなことできるのは太〇戦隊サン〇ルカンくらいだよ」

「……何それ?」


 俺は詩音ちゃん宅を監視することにした。その際魔法少女に姿を変えたわけだが、これはただ動きやすいのと、仮に見つかった時言い訳がしやすいという理由で決めたのだった。

 元の状態で監視したとしたら流石に不審者にしか見えないというのもある。


 その後静かに様子を見守る。

 30分くらい経ったとき、変化が起きた。


「……人が出てきた!」


 下を覗き込むと、玄関から女性が一人外出しようとしているのを見つけられた。

 だいぶラフな格好だから、お客さんというわけではなさそうだ。


「ピュアっとパープルは目もいいんだよー。この距離でも顔の皺とか見えちゃうでしょ? ほうれい線とか」

「生々しいんだよ……でもお母さんって感じもしない。多分あの人がお姉さんだ。追うぞ」


 屋根から屋根へと飛び移り、その後ろを追っていく。

 しかし奇妙だった。彼女はどこに向かおうとしているのか。自販機でもコンビニに向かっているわけでもない。散歩にしては、随分と人気のない道を行く。


「お巡りさんが来たら普通に声かけられるぞ……?」


 彼女の行く先がわからない。一体、どこに向かうつもりで……?


「パープル後ろ!」


 ピンクの声に振り向くと巨大な影が星空を隠した。


「やばっ!」


 瞬時に察した。こいつは、働きバチ……!


 突然の針攻撃を回避すると、立っていた家の瓦が抉れて土煙が舞う。


「ピンク出力上げて!」

「上げたら転身解けちゃうよ!」

「はあ!? なんでだよ!」

「低出力でも転身切れちゃいそうなんだよー!」


 まずい。


 ステッキを突き出し何発か光弾を撃ちだすもびくともしなかった。

 動き出す働きバチ。

 攻撃が来るとバリアを張ろうとしたが……奴は、俺に見向きもせず、霧のように消えていった。


「は……? うわやば落ちる!」


 空中を浮きながら呆気に取られていると転身が解かれた。

 地面に叩きつかれる直前にピンクに抱えられ、ゆっくりと降ろされる。


「こんな時間に出てくるなんて珍しいこともあるねー?」


 平然と言うピンクに呆れつつ、俺は身体に鞭打って立ち上がった。


「お姉さんは!?」


 どこにも見えない。

 俺は走って見つけようとしたが……詩音ちゃんの姉は、その場からいなくなっていた。


「……流石に、逃げたのか?」


 今日はもうこれ以上転身はできない。

 仕方なく、家に戻ることにした。


—————————————————————————————————————


 深夜24時。

 廃ビル内にて。


「言われた通りに配下をぶつけたわよ。本当にあの魔法少女は倒さなくてもよかったのね?」


 20代ほどの女性が、柱の影に話しかけている。そこから、幾度も聞いた愛くるしい声が返ってきた。


「うん。まだ倒しちゃダメ。もう少し遊ばせておかなくちゃ」

「はっ……久々に帰ってきたと思えば、未だに貴様が残っているとは思わなんだ。この世に未練でも残っているのか」

「そうだねー……未練だらけだよ。わたしには、やり残したことがたくさんある」


 黒い線の伸びるコンクリート。そこから星の光に照らされ、桃色の少女が姿を見せる。


「あなたもわたしも……それじゃ死にきれないでしょ?」





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やび……シリアスなってきた……


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