俺はちゃんと二十歳になってからお酒を飲んだけどお前らは?
「か……帰ってきたんだお姉ちゃん。おかえりなさい」
カメラを胸に抱えて逃げるように部屋を出ようとしたけど、首根っこを掴まれた。
「魔法少女なんていつまでも夢中になるもんじゃないよ。ムカつくから、もうやめなよ」
「……で、でも、魔法少女は、私の」
「あんたの何だって?」
お姉ちゃんは耳元で囁いた。
「次にその名前言ってみなよ。容赦しねえから」
「二人とも―、ごはんできたわよー」
「はいお母さん! 今行きまーす」
声を変えてその人は下へ降りていった。
……ああ、どうして。
一番肝心な時に限って、一番嫌いな人が戻ってくるなんて。
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俺は家に帰って早々冷蔵庫を開き、缶ビールを一つ取り出した。
「どっこいしょっと……テレビテレビ」
つけてみると案の定、今日の俺の戦いが報道されていた。
『意外とパワー系!? 最近話題の魔法少女!』
チャンネルを変えようにもピンクがリモコンを奪い取ってしまった。
「やっぱりまだ可愛くないねえ……もうちょっとこう、きゃぴきゃぴのキャピシーさが足りないというか?」
「何言ってんのか全然わからん。俺に女の子のモノマネは無理だ」
缶をカシュッと鳴らして口に持っていく。こんな破廉恥極まりないことをした日は大抵酒を煽って忘れることにしている。
しかし今日はそのビールをピンクはじっと見ていた。
「……」
「やらねえよ」
「強制転身!(勝手にマジカル☆ブレスのスイッチを押すピンク)」
「……ハ!?」
身体が、あっという間にピュアっとパープルの姿に……!?
「ピュアっとパープル、見参☆……」
想像してほしい。
オンボロアパートの一室、捨てられてないゴミ袋がいくつも残っている部屋で、可憐な衣装を来た少女が片手でピース、そして片手にビールを持って今にも喉に流し込もうとしているのだ。
「っぶねえ!?」
華奢な身体からキャシャな声が飛び出す。体内に入りかけた麦しゅわ缶を突き放すと中身が飛び出て衣装についてしまった。
「うわあ何してんのー!? シミになっちゃうじゃん! クリーニングに出さなきゃ!」
「えこれ洗濯できるもんなの? いやそれ以前に何考えてんだお前!」
「え? いや、いつも気持ちよさそうにお酒飲むからー、その恰好だとどれくらい可愛いのかなあって」
「馬鹿じゃねえの!? どう見ても未成年! こんな体にアルコールなんて入れられるわけねえだろがい!」
これでも健康には気を遣いたいんだ俺は!
「えー? おじさんのクセに?」
「いや! こんなナリでビールなんて飲んだら、成長に影響があるかもしれないだろ!」
「別に成長も何もなくない? 知らんけど」
「責任逃れすんな! 酔ってんのか!? あーあー、これどうすんだよアルコールの匂いついちゃってるぞこれ」
「多分それ、ちゃんと洗わないと次変身したとき残るよ?」
「マジで……? 転身解いたら浄化とかないの?」
「わたしはいつも手洗いしてたよ?」
ピンクがおつまみの柿ピーをもしゃもしゃ食べながら言いやがった。
「だぁーもう世話の焼ける身体だなおい!」
ドレスを脱いでドロワーズ一枚になる。別に見られても問題ない奴だ。これでもなお興奮する奴は普通に死ねばいいと思う。
桶に溜めた水に浸からせて全力でドレスをごしごしと洗うのだった。
「破けるでしょバカバカ! もっと丁寧に!」
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翌日。子供たちが次々に登校してくる朝の時間だが、いつも通り俺は作業をしていた。すれ違う子供たちの挨拶に返しつつ、彼らの話を盗み聞く。
「昨日の蜂さー……」
「マジでー……?」
「ピュアっとパープルの膝小僧が好きンゴねえ……」
「超☆エキサイティン……」
流石に昨日の出来事にまつわるものが多かった。
その内容を確かに記憶しつつ用務員室に戻る。
「叩けるなら今日の内に叩いちまいたいが、女王の居場所はまだわからない、か」
「人間の姿だからねー」
欠伸をしている幽霊。
「おいピンク。お前、蜂に関する情報をわざと隠してたよな。まだ秘密にしてることがあるんじゃないか」
「……言ってみて?」
「女王が、どんな姿をしているか」
「きゅふふ」
やっぱり。こいつは知らないフリもする気が無いようだった。
「怪異が人間の姿を真似してるのか、それとも……」
「そうだねえ、大体二つしか考えられないもんねー。それで、パープルの疑問に答えると、正解は後者だよ」
「……っ!」
「女王は、人間に憑依する怪異」
最悪のパターンだ。それじゃいくら探しても発見できない。
「鉢合わせるとバチが当たる、とはそういうこと。彼女は人間一人の身体を、精力がつきるまで使いつぶし、次々に器を入れ替えていく。そこに基準なんてものはないし、ただの気まぐれ。パープルが戦うようになる前はしばらく働きバチは出てきてなかったんだけど、ここ最近で頻発し出したってことは、女王が外から帰ってきたってこと」
「外から? ずっとこの町にいたわけじゃないのか」
「女王様は人間のフリをしている。もし町の外にしばらく出ないといけないような人間に憑依したとしても、彼女は一旦、その人間の行動をなぞることを選ぶよ。だって、『人が変わった』らバレちゃうからね」
……それじゃどうやって探し出す? この町の人間全員を調べたとしても、特定できるわけではない。
「だからこそわたしも、最初に出会った時も逃してしまった。ある意味、因縁の相手だよ。鉢蜂罰は」
珍しくまじめな表情をするピンクだったが、俺は一つ思いつく。
「つまり、最近町の外からやってきた人を絞り込めば……」
「それも何人いると思うのー? 町の外から来るバスの運転手さんとかも入っちゃうし」
確かにそうだ。だが絞り込めるならそれに越したことはない。
今はこの情報を頼りにするしか無さそうだ。
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部屋の外に出ると、すぐ目の前で詩音ちゃんが立っていた。
「あれ、どうした詩音ちゃん。朝の会始まっちゃうよ?」
そう聞くも詩音ちゃんはしばらく黙っていたが、笑顔を作って返した。
「ねえねえ、昨日パープルに助けてもらったんでしょ! 話した!? 私は少しだけお話できたんだけど!」
「あー、あはは……俺は、喋れなかったなー」
「そっか……あのねあのね、すっごく可愛くてね、かっこよくて、それで……」
そこで彼女は口を閉ざしてしまった。もうすぐ時間だが、どうしたのだろうと思っていると……。
「……う……」
「えっ」
「あれパープル泣かしちゃったー?」
突然、詩音ちゃんが俯き、肩を震わせたのだった。
「詩音ちゃん、どうした!?」
「用務員さん……」
顔をぐちゃぐちゃにした少女が、突如俺の腕を掴んだ。
「その……たすけて、ください……」
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両親が教師だったので本当に二十歳まで酒飲んだことは無かった。
ちなみにカルーアミルクが好きなんだけど、
この間「カルーアミルクを頼む男の人って大体ナンパ目的ですよ」と後輩から言われ、
「えっ……」と固まってしまった。
俺はただただ純粋に、カルーアミルクが好きなだけなのに……。
ちなみにさらにこの間、飲みすぎて痛風になった。まだ二十代なのに。終わりだ。
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