クマさんの故郷

月鮫優花

クマさんの故郷

 もう何年も前の僕の誕生日。僕はお祝いにプレゼントをもらった。水色のテカテカした包装紙にリボンを巻いて、白い箱が包まれていた。

 箱の中にはクマのぬいぐるみが入っていた。クマさん。背丈は20センチほどで、ふわふわとしていて、つぶらな黒い目が愛らしかった。

 僕はそのぬいぐるみを大変可愛がった!何度も頭を撫でたし、抱きしめたし、たくさん遊んだ。時にはお出かけだって行った。寝る時だって一緒だった。

 けれど、僕が成長するにあたって、僕はぬいぐるみとは遊べなくなった。別にクマさんのことが嫌いになったわけじゃあなかった。ただ純粋に、学校での生活時間が長くなったりだとか、他のことをするのに忙しくなったりして、少しそればかりではいけなくなったってだけだ。しばらく、ぬいぐるみは僕の枕元に佇むだけの物になってしまった。

 そうして過ごすうち、僕は部屋のお片付けをしなくてはならなくなった。

 最中、白い箱が見つかった。それはあの誕生日にくまのぬいぐるみが入って渡された物だ。ただ、そうして出会った日から気に留めたことなんて一度もなかったので、すっかり埃を被っていた。それでも懐かしんで、僕は箱を開けてみた。当たり前と言えば当たり前だけれど、中には何も入っていなかった。空っぽだった。ただ底の白が見えただけだった。それが僕にはひどく悲しかった。この箱は確かにクマさんの故郷だったのに、僕はすっかり蔑ろにして、ひとりぼっちにしてしまったのだと思った。

 僕はその箱の埃をすっかり綺麗に取って、ぬいぐるみを中に戻した。なるほど、ちょうどいい大きさだった。

 箱に蓋をしようとしたその時、クマさんと目があった気がした。僕の顔がクマさんの目に反射して写っているのが見えて、僕はできるだけ悲しそうな顔をしないように努めてみた。大丈夫。箱を閉じて中身が見えなくなっても、箱の中身がなくなるってことじゃあないんだから。

 結局僕はぬいぐるみを処分せず箱ごと棚の中にしまうことにした。けれど、たまに棚を開けて、箱を取り出して、ちょっかいをかけることにしている。そうしていないとまた寂しい感じがするから。

 本当はぬいぐるみにも箱にも自我なんてものは存在しないのだから、これは僕のただの気まぐれなエゴなんだろうってことはまあわかる。けど、そうせずにはいられなかったから、これでいいのだ。

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