第5話 懐へ

 その日の夜、月のない真っ暗な空の下で、真莉は息を潜めて静かに立っていた。服装は黒いパーカーで、フードを深々と被っている。

 彼女の目線の先にあったのは、アーベルとヴィルが昼行った家。どうやらそばに彼女の仲間はいないようだ。

 少女はゆっくりと周りを歩きはじめる。まるで誰かをさがしているかのように。


 そこで少し音がし、真莉ははっとして振り向く。誰もいない。だが、その時路地の別の方向から物音がし、少女はそれを追い始めた。

 繰り返し、それが行われ、いつのまにか彼女は狭い路地に迷い込んでいた。


 行き止まりとなったところで疑問に思った真莉が、元の場所に戻ろうとしたとき、カランと乾いた音がし、突然ガスがまき散らされる。


「っ?! しまった!」


 真莉は走ろうとするも、後の祭り。途中で倒れて眠り込んでしまった。

 そこで一人のガスマスクをつけた男が彼女に近づく。彼の顔には影が落ちていて不気味に見えた。にやりとした笑みを、マスク裏で浮かべた男は、少女の体を抱え消えていった。





 ふと真莉は目を開ける。いきなり目に入ってきたまぶしい光に慣れず、思わず瞬かせる。少し時間がたってから辺りを見回すと、自分がまったく知らないところにいることを理解する。


 真莉がいたのは白いタイルが張ってある部屋で、窓はかろうじて一つの小さなものしかない。だがそれも黒い厚ぼったいカーテンでおおわれているので、部屋を照らすものは蛍光灯のみである。


 だが、その中でも一番不気味だったのは部屋にあったたくさんの箱。それは綺麗に部屋の壁に沿って並べられていた。中には「人」が入っていた。

 いや、ただの「人」ではない。中から見える数々の美しい翼が生えていることからして、この箱にいるのは全員ペストだろう。

 彼らは全員特殊に加工されていて、目は開いたままだった。その生気のない瞳は、台座に乗り、手足を縛られた真莉を一心に見つめている。


「おや、起きましたか」


 そこで声がして、半分はげた頭をした男が、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを張り付けて入ってきた。


「誰よ、あんた……」


 真莉はわざと高い声で話した。自分をか弱い少女と思われるためだ。


「フフフ、そんなに怖がらなくていいですよ」


 効果てきめんだったのか、男はますます嬉しそうになった。


「痛い思いはさせませんよぉ。あなたは私の作品になるだけですから」


「さ、作品……? この箱のこと?」


 真莉が箱にちらりと目をやると、男は頷いた。


「そうですよぉ。これは私が丁寧に、丁寧に作った渾身の作品たちです。あなたもこの素敵な箱の中にこれから入っていただくのですよぉ」


「な、なんでそんなこと……」


 そこで男の口角がますます上がった。説明する機会を得て、心底喜んでいるようだった。

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