第21話 偽りの海底神殿

「今までに無い……雰囲気」


 小声で呟いたが、私の声が僅かに響鳴した。モンスター等に気づかれないか心配はしたが、幸い大事には至らなかった。


 無駄に装飾された柱の一本一本が不気味さを際立たせている。加えて、柱の上部にはワイバーンの石像が睨みを効かせており、余り眼を合わせたくない気分。


 いつ動き出しても違和感がない。【精巧に作られた石像】と言うよりかは、本物のワイバーンを石化させて乗せただけのようにしか思えてならない。


 ここは海底神殿。シイナお姉ちゃんが海獣プレジオルを倒した後に、海底神殿の入り口がひっそりと姿を現せていた。


 いや、正確に言うと『まだ姿を現せていない』が正しいだろう。


 海獣プレジオルが敗れて以降、海面の一部が偽物である事に気がついた私。


 恐らく、プレジオルが常に海中にいる間は、何らかの能力を使い、海底神殿の入口が見つからないように結界を張っていたのだろう。


 そのプレジオルが敗れ、結界に歪みが生じたので、詐欺ペテン師の私が、海面の一部が偽りである事にいち早く気づいた。


 船を降り、お姉ちゃんに報せようとした直前に、ただならぬ視線に気づいた私は、とある人物と接触した。


 マントを被った、いかにも怪しい者だった。だが、彼は一言だけ『海面神殿には、存在を失った者を目覚めさせる力が眠っている』とだけ言い残し、風のように消えた。


【存在を失った者を目覚めさせる力】


 私が、オールド・トレジャーを集めていた唯一の理由であり、私が追い求めていた力だ。


 死者を目覚めさせる力が本当に在るとすれば、【ハーフエルフ】の種は滅亡から逃れられるかもしれない。


 私の周りでは、私以外にハーフエルフは存在しない。仮に、遠くの地に同種族が存在していたとしても、表立って行動はしないだろう。


 命を狙われる事から怯え、外部との接触を拒み続ければ、彼等は生き絶える可能性がある。


 少なくとも、私より豊富な知識を有する両親が生き返ってくれれば、まだハーフエルフの種は絶えないだろう。


 この海底神殿は、陸上の洞窟に隠されていたオールド・トレジャーと連動していたのだろう。陸上にあるオールド・トレジャーをそれぞれ解放したことで、海獣プレジオルが目を醒まし、海底神殿の入口を警護していたのだろう。


 そして、


 海底神殿には最後のオールド・トレジャーが眠っている。それが、存在しない者を目覚めさせる力があるのだろう。


 両親を生き返らせること。それは私個人に課せられた使命であり、お姉ちゃんやファナさんを巻き込む話では無い。


 今回は『猫だまし』ではなく、単独ソロで探索へとやって来ているのであった。


 モンスターがいないわけでは無い。


 大きなハサミが特徴的な甲殻類型モンスターが横歩きしており、油断は出来ない状況ではあることは事実。


 私の匂いは消しつつ、ファナさんが使用した糸を私も操り、私に気づいたモンスターを操っては、他の群れを移動させるように指示させた。


 ファナさんの職業ジョブ操り師パペッティア』の能力は有能だ。


 私のような潜入をメインとする生き方をしている者からすれば、喉から手どころか、肘が出ちゃう程欲しい能力だ。


 無論、私は詐欺ペテン師。


 観たもの、聞いたもの、想像したものを現実かのように再現することを得意とする職業ジョブだ。


 偽りのプロである。


 だが、完全に偽る事が出来ると言うわけではない。


 私が、偽った技や能力が成功する確率は約39%だ。成功とは本物の能力に近しいレベルで発動すること。


 だが、39という数字は全体を通して見れば、成功率は半分にも満たない心許ない数値でもある。


 だからこそ、無駄な戦い接触は極力避け、この海底神殿に眠るとされるオールド・トレジャーを捜し出し、この場から脱出したい。


「蟹さん。後はお仲間を宜しく……ね」


 敵を操る糸を生成出来たが、長さが足りずこれ以上移動されては私もついて行かなければならない。


 だけど、私も蟹さんについて行くわけにも行かず『出来るだけ遠くに仲間を移動させてね』と最後の指示を伝えた後、操り糸を解除した。


 私はモンスターに気づかれぬよう、移動し、奥を目指した。


 モンスターとお別れをした後、奥へと進む。神殿には大抵祭壇と呼ばれる物が存在するものだ。


 何かを奉り、もしくは封印している。


 それは、オールド・トレジャーのような希少品もあれば、過去に権力で統治をしていた者の亡骸である可能性も十分にあり得る。


 だが、どんなモノが眠っていようと、亡き者を復活させる力があるのであれば、私は迷わず祭壇へと向かい、解放し力を獲たい。


 だけど……


「ここ、さっきも通った道のような気が……する」


 見覚えのあるワイバーンの石像が口を開けたまま私を出迎えてくれた。


 石像なので、似ていて当然と一見思いがちだが、その考えはミスリードだ。


 『似ている』ではなく『一緒』なのだ。


 ワイバーンの歯並びから、拡げた翼の厚みまで。寸分の狂いも無い。


 そして、何より、


【私が石像につけていた赤い付着物めじるしがこの石像にも付いてる】からだ。


 私はこの魔法はまだ1回しか使用していない。


 つまり、言い換えれば、先程見た石像と今目の前にある石像は同一物であることが証明された。


 どうやら、私は同じ場所を通過しているようだ。


 ループ。


 ループは対象者の位置を強制的に移動させるパターンや、対象者の目を欺き同じ景色を見させるパターンなど、他にも幾つか存在する。


 嘘を見破る事に長けている私が、まんまと騙されるのは癪に触るし、たぶん根底は別だろう。


 どちらかと言えば、強制的に転移させる術式の影響を受けていると考えた方が正しいようだ。


 私を困らせるとは流石は海底神殿。

 でも……残念ね。


 強制転移の術式が見えないように欺いている・・・・・のであれば、それは私の専門分野だ。


 姿を偽り、隠れようとしても、私を誤魔化せる事は不可能だよ。


 私は眼をゆっくりと閉じ、暗闇の中に神経をいざなった。


 見えなくても、空間の淀みの気配までは隠せない……あそこだ。


 一部だけ、空気の流れが違う所があった。私は偽りの魔法を唱え、とある場所に当てると空気の淀みは渦を巻いて集束した。


 先程まで目視では確認出来ずにいた空間に二種類の転移術式が出現したのだ。


 1つは蒼白く輝いている転移術式だ。もう1つは発光はしておらず、無色の術式が存在していた。


「今発動悪さしているのは……こっち」


 蒼白い術式を破壊すると、先程まで無色のだった術式の方がオレンジ色に光りだした。


 嫌でも、感じる。この光の先に何か強い者が待っている事を。


 だが、このオレンジ色に輝く光からはオールド・トレジャーの匂いも僅かにしている。


 この先に私の求める力が有るのであれば、迷いはない。


 私はオレンジ色に輝く転移術式を使用し移動した。

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