第20話 困り事は次なる危機の匂い?

「本当に頼んだよ? 君達……遊びじゃないんだからね」


 ひきつった笑みを浮かべながら私達をお見送りしてくれる依頼主。彼の表情からは不安や諦めに似た感情が滲み出ていた。


んまっかせてくださぁ~いっ! 大船に乗った気持ちでご安心ください」


 私はそう言ったあと、依頼主に手を振り次を目指した。


「な~にが『大船』よ。大船どころか『泥舟』に乗ったような表情してたわよ? ギルド管理組合から派遣されたのが、女の子だからって、露骨に諦めムード醸し出してたじゃない、あの人」


 ギルド名が決まった事をサーリエさんに伝えたに行った日の事。私達にこの依頼クエストを承けてみては? とサーリエさんから進められた。


 依頼名は【海岸付近偵察(ランクA以上求ム)】


 この街に来てから、アクアティカの名産である海鮮料理は幾度なく堪能したが、海に出たのはこれまで1度もなかった。


 眺める事はあったが、船を利用しての移動はこれが初めてだ。


 私達は、依頼主であるアクアティカ漁業協同組合長のグンファタさんが用意してくれた船に乗り込んだ。先程の不安そうな表情とは違い、安心感&安定感抜群の大型の船に乗船させてもらっている。


「まぁ、よろしくな嬢ちゃん達。グンファタさんは心配性だけど、俺は違うから安心してくれ。俺はこの船の船長で漁業協同組合の副組合長のケリーだ」


「はい、よろしくお願いします、ケリー船長!! モンスターが現れたら、我等『猫だまし』が皆さんをお護りします」


 拳を握りしめ、鼻息を荒くしながらポーズを決めた私。ギルドの副リーダーとして、私達のやる気を伝えた。


「君達が俺達を護る?! あっはっは~。大丈夫さ。君達が船から落ちないように操縦するから安心しな。君達も、これまでのギルドと同じで、海の景色を楽しんで行ってくれていい。ちゃんと依頼料も払うから安心してくれ」


 ケリー船長の話では、この依頼は『船の用心棒』として発注しているらしい。だが、モンスターが現れる事が滅多に無いそうで『乗船しているだけでお金が貰える』と噂になり、ランクの低いギルドが受けていたらしい。


 何でも、何十年も前に、この海域の主と漁船が衝突し何十人との乗組員の被害が出た歴史があるそうで。それ以降、定期的に用心棒を乗せて運航しているらしいのだが、主は姿を現さない。


 ただ乗りで景色も報酬も堪能出きるから、どうやら私達も、おこぼれにあやかりに来た『女子会』みたいに思われているみたいだ。


「何よ、船長まで!! シイナ、こうなったらあんたの能力か何かで、野生のモンスターを呼びなさいよ! 現れた所を私とソネルあのこの2人でフルボッコにするからっ」


 いやいや、ファナさんや。

 何故、平和を乱そうとするのかい?


 野生のモンスターがこの船を襲わないのであれば、それでいいのでは?


 わざわざモンスターと戦闘を行い、この船を危険な目に遇う必要性は全くない。


 私としては、今日も1日アクアティカの漁業が平和のまま終わる事ができるのであればそれで良いんだけれど……


「お姉ちゃん。モンスターが来るの? ……怖い」

「ちょちょちょ!! そこそこぉー!! スキンシップが過ぎるわよ。第一、あんた今まで単独ソロでダンジョンに侵入しては、オールド・トレジャー盗んで来たんでしょ?! 今更そんなか弱いモードが通用するわけないじゃないっ!」


 声を荒げソネルちゃんの言動を指摘する我等がギルドリーダー。ファナちゃんの言うとおり、ソネルちゃんのソロ探索の経験値は私達の中でもピカ一なのは間違いない。


「大丈夫だよ、ファナちゃん。ソネルちゃんも『猫だまし』のメンバー入りしたんだし、これから仲良くモンスターを『くんかくんか』しようよ」


「嗅ぐわけないでしょ!! あんたじゃあるまいし」

「嗅ぎはしない……かな」


 おや。犬猿の仲かと思いきや、ファナちゃんとソネルちゃんの意見がぴったりと一致した瞬間でもあった。


 しかし、寂しいのは私だけだろうか。

 みんなで一緒に嗅ぎたいんだけどなぁ~。


  そう。有りと有らゆるファナちゃんの匂いは嗅ぎ済みなのだが、ソネルちゃんは未だにオリジナルの匂いを嗅がせてはくれず、違う匂いを纏うことで、私のクン活を華麗に回避している。


 ちくせう。

 必ずや、ソネルちゃんの匂いを嗅ぎ倒してあげるんだから。



 そんな会話をしている間にも、漁船の作業は着々と進んでいた。網による捕獲作業が淡々と始まっていた。


「それにしても、穏やかな海だねぇ~」


 私がそう呟くと、ケリー船長も反応した。


「あぁ。でも、この穏やかな海にも神殿があったらしい。姿を現さなくなった主の力で、今では穏やかな海へと戻った。だがその代償として以前存在していた神殿は海の底に隠れたらしい」


「んへぇ~。じゃあ、今は海面は穏やかだから、今日は漁に出てきて正解なんだねっ」


「あ、あう……いや、嬢ちゃんの言うとおりだ。今日は何故か穏やか過ぎる・・・くらいだ」


 船長さん曰く、収穫時前後は小型の海鳥モンスターがやって来て、捕獲した魚のおこぼれを貰いに現れるらしい。


 強い個体は現れず、害の少ない種類である為、漁師さん達も無闇に排除せず、収穫の作業に専念するのがいつもの光景らしい。


 だが今日は、小型の海鳥モンスターは一羽もおらず、鳴き声すら聞こえない。


 魚の漁獲量は普段通りだそうだ。


 私は、取れた魚さんを覗き込んでみた。


 すると、ある違和感に気づく。


「ケリー船長さん。この魚さん達、わざと網に引っ掛かっている。それに怯えた眼をしている……まるで、何かから逃げたくて、この網に来たかのよう……はっ!!」


 私は魚さんを見たあと、船長さんにお願いした。


「船長さん! 船を出して」

「は?! いやいや、まだ作業は……」


「いいから! 早くっ!」


 私の声に圧倒されたケリー船長さんは、渋々船を移動させてくれた。


 それから僅か数秒後、海面が山のように盛り上がり始め、大きな頭が突如現れた。


「なにあれ……デカ過ぎない?!」


 背中に甲羅を背負い、恐竜のように伸びた首が特徴的の大型モンスターが目の前に。

イルカような胸ビレも見せていた。


 ファナちゃんが驚くのも無理はない。私達の視界には、巨大の海獣が姿を現していたならだ。


「嘘……だろ、ありゃ海獣『プレジオル』。この海域に棲む、ば、化物だ……人前に姿を現せたのは何十年も前の話。もうおしまいだ」


 ケリー船長は操舵席からやって来ては、海獣プレジオルを見つめ呆然としていた。


「君達……小型のボートが船体後方にある。君達は、そこから早く逃げなさい」

「えっ?! 船長さんはどうするの?」


「見なさい、プレジオルを。奴はこの船体を破壊するために海面から奇襲してきた。本来であればあの時点で船は壊滅。嬢ちゃんのおかげで、船とのお別れを伝える時間は確保できた。ありがとうよ、君達……」


 気がつけば、他のクルーも武器を携えプレジオルとの戦闘を行おうとしていた。


「待って、私達が船を護るよ?! その為に乗船したんだよ?!」

「あっはっは!! この状況下でも律儀にそんなことを言ってくれるのかい?! だがな嬢ちゃん。さすがにここは俺達に任せて逃げてくれ。君達まで命を落とす必要はない。この仕事ジョブを選択した時点で、いつでも海に命を捧げる覚悟は出来ている」


 彼は言った。

『命を捧げる覚悟』と。


 軽々しく『死』を受け入れているわけではない。船員さんの多くは、持っていたもりを強く握りしめ過ぎて・・・いる。


『持ち手に力を籠め過ぎると初速が遅くなる』


 人類最恐の剣士であるローガンさんの教えだ。


 力んででも護りたいモノ、それは恐らくこの船だ。アクアティカの漁業を担う大切な船。多くの食を支える大事なモノだ。


 その、籠める想いが朽ち果てないよう務め、そしあて彼等の命を護るのは……


 私達、ギルド名【猫だまし】の使命だ。



 負傷者が増えていったのは地の利が有ったからだ。海獣プレジオル。海に生息するモンスターだけあり、海中や海面を上手く利用しては一方的に攻撃を繰り返してきた。残ながらここは大海だ。照りつける太陽を遮る遮蔽物は一切無く、無論、陰も無い。ラルディーリーさんから教わった影を利用した攻撃は絶望的。


 そして、仮に影を発生したとしても海面より下に影は届かない。


 つまり、他の戦法でなければ、この戦いを制することは出来そうにもない。 

 

「さて、あの海獣ネッシーちゃんとお話タイムといきますか」

「おい、まさか……」


「うん、勿論『何人なんぴとたりとも不幸にしない』それが、猫だましだからっ! 安心してね、船長さん」


 私は合図を送り、ファナちゃんとソネルちゃんにいつでも動けるように体勢を整えてもらった。


「冥獣の次は海獣。お姉ちゃんといると退屈……しない」

「そうよっ? あいつといると、いくつ命があっても足りないわよ? あいつの妹になりたいのなら死ぬ気で戦いなさい。猫だましはハードだからね?」


 忠告後、ファナちゃんは糸を操り、ソネルちゃんの身体に巻き付かせては空中にひらひらと漂わせていた。


 一見、ファナちゃんが意地悪をしているようにも思えたが、海獣さんから放たれた氷の刃から身を護る為の行為だと知った。


 無数に放たれた氷柱つららは海面で作成後に放物線を描き、雨のように降り注いだ。甲板に深く突き刺さるがソネルちゃんの身体を貫通することは無く、糸に絡めては全ての攻撃を無力化していた。


「へぇ~。海獣の動きを予測していただなんて……ファナさん凄いかも」

「こらこら。『かも』じゃはくて凄いのよ、私。一応こう見えてA級の冒険者なんだからね」


 脚に絡めていた糸の反動を利用し、ソネルちゃんの身体を高くに飛ばした。


「海面付近は相手の得意とする場だから投げ飛ばしたのか、それともお姉ちゃんにくっつく私が憎くて飛ばしたのか。でも、敵に注目された状態は、嘘が……通りやすい」


 ソネルちゃんは微笑んだ。

 嘘をつく時、本当に嬉しそうな顔をする。


 何の縛りもしがらみも感じさせない優しい笑みだ。


悪夢ナイトメア】と。


 ソネルちゃんと眼を合わせたプレジオルは海中に潜る行為を突如止めた。


「海面が凍っている『夢』を見ている間に一撃を……お姉ちゃん」


 ははは。

 凄いじゃん、ソネルちゃん。


 嘘を操る事で相手の心に制限チェーンをかけるだなんて。


 彼女の戦法は物理的に何かが生じるわけではない。


 だが、敵の内面を攻め込むという未だかつてない方法でダイレクトアタックするだなんて、ソネルちゃんは底が知れないよ。


 だけどね、ソネルちゃん。


 私に『残り時間』はいらないよ?


 古代詠唱により発生した技により、プレジオルを一瞬で仕留めた。


 爆風の影響で船は激しく揺れた。


「嘘だよな。この海域の主を嬢ちゃん達が倒した……だと?」


 不思議そうな表情を浮かべる船員クルーとは裏腹に、私達は笑顔を浮かべていた。


 だがこの時、私達は知るよしもなかった。


 主を討伐した事による影響の大きさを。


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