第19話 魔王城では牽制の匂い?

「で……この状況、説明してくれるかしら?」


 ぷんすかと怒りながら私を睨みつけるファナちゃん。洞窟から帰還した時は笑顔で出迎えてくれたのに、今では真逆の顔をこちらに向けている。


「いや、苦労したさ。シイナのしもべが羽根を広げて休むことができる広い空間を探すのは」

へカティアあんたに新居の内容を尋ねているんじゃなくて、シイナに聞いてるのっ! それにしても、こんな大きい建物良く見つけて来たわね? アクアティカ付近なんて超激戦区よね?」


「ここだけ唯一何とか確保できたのさ」

「さっすが、部屋探しのプロだけはあるわね。シイナじゃなくて、へカティアあんたに頼んで正解だったわ。このままだと、シイナのモンスターに部屋を占拠される流れだったわ」


 ファナちゃんは、へカティアちゃんが探してきたこの建物を大層お気に入りになったようで、大きなソファーに深く腰掛けては、「ふ~ん、いい仕事するじゃない」と呟きつつも柔らかさを堪能していた。


「あぁ、任せろ。もう占拠は始まったから、もう僕達の物件だ」

「……はい?」


 聞き直すファナちゃん。


「だから、もう占拠したから安心だ」

「……えっ?! センキョって事は前住民に断りもなく住だして、そして彼等を追い出したっていうの?!」


「あぁ。同族ゴーストにも成れなかった霊は全て排除しておいたさ」

「はっ?! れ、霊?! ここって、まさか……」


「あぁ、元々は廃病院だ。中途半端な霊が大量にいたから解らせておいた」

「ちょちょちょ、ストップっ! こんな怪しい空間からさっさと出るわよ!! 荷造りしなさい、担ぎなさい、戸締まりしなさい!! オバケがまた出そうな空間に私を住まわせるんじゃないわよ!! ゴースト王女に依頼した私が馬鹿だったわ」


 焦りはじめるファナちゃん。本当にオバケが嫌いなんだなと再認識した。


「じゃあ、お姉ちゃんの膝の上は……私のもの」

「いや、その話もまだ何も解決してないわっ! シイナ、どうして私達の住みかに怪盗Sがいるのよっ! さっきからずっとあんたの膝の上に、ちょこんって座っているのよ?!」


「ははは。『私達の住みか』だなんて、ここを気に入ってくれて僕も嬉しいよ。ファナからもOKが出たから、満場一致だな」

へカティアあんたは黙ってなさい"」


 そう。ファナちゃんが指摘したくなる気持ちはごもっとも。


 今は、何故か私の膝の上にソネルちゃんが座っているからだ。


 語れば長くなるので、端的に言うと、へカティアちゃんがこの建物も確保してくれたあと、内覧会をしている時のこと。


「今日のファナちゃんがやたら私にくっついてはスキンシップ多めだなぁ~」と思いつつ過ごしていたら、その子はファナちゃん本人ではなく、ファナちゃんに変装していたソネルちゃんだったのだ。


 正体が判って以降、変装を解除したソネルちゃんは、ずっと私にべったりなのだ。


「君が、噂の詐欺ペテン師だね? 僕はへカティア、この建物に住みたいのならシイナの許可を……と思ったが、その様子だと関係性は既に構築済みのようだね」

「私はソネル。貴女は存在自体がゴースト偽物のようね。貴女にも少し興味が……ある」


「あはは、良いさ。これからお互いを知れば」


「良かないわよっ! いきなり現れたと思ったら、私に変装して近づいて、シイナにべったりくっついて!! あんたもパーソナルスペースを守れないタイプの人間なの?! シイナからも何か言いなさいよっ!」


 ははは。私もまさかソネルちゃんが遊びに来るとは思ってなかったからびっくりしたよ。そして、何故ファナちゃんは怒っているのだろう。


「ソネルちゃん。これからは本人に許可なく無闇にファナちゃんに変装しないように気を付けた方がいいよ?」

「解ったわ。シイナの言葉には素直に従う事にするわ」


 ふぁいっ?!


 膝の上に座っている筈のソネルちゃんの姿はどこにもなく、今はラルディーリーさんの姿で私の膝の上で横向けに座り、彼女の手は私の身体を抱きしめるようにくっついていた。


「な、お姉ちゃん?! いいぇ、違うわ。これは前遭遇した時にかかった悪夢ナイトメア。どうせ、数秒で元の姿に……」


 暫く経過したが、ファナちゃんの言う悪夢は醒めなかった。そう、これはファナちゃんが変装した姿。だから、何秒経っても変わらない。


「あら、ファナ。私とシイナは大事な大人の会話をしなくてはならないわ。黙って下がってなさい」


 ははは。その台詞もラルディーリーさん本人なら言いそうだ。


「ほほう。これが偽る能力の力だね。シイナに次いで興味深い。本人の真似ではなく、ドッペルゲンガーに近いね。詐欺ペテン師の能力なのか、それともシイナのように複合的な要素と才能の賜物なのか……いずれにせよ、嘘を追及した結果、本物オリジナルとは違う歪みもあるようだね」


「貴女には私の本質がわかる……ようね」


 気づけばまた元の姿に戻っていたソネルちゃん。へカティアちゃんとの対面は初めてなので、しっかりと自分の姿で話したかったのであろうか。


「ははは、生きた年月には逆らえないからね。君はハーフエルフのようだが、詐欺ペテン師の能力を得た事で君のアイデンティティーは目覚ましく変化したようだね。そして、君は嘘の重圧を好み、愛し、貫いている。違うかい?」


「合っている。何故か、貴女に成ろうとしても偽れない。お姉ちゃん達といるけど、貴女だけは異質。人じゃ……ないでしょ?」


『あはは。バレてしまったか』と笑いながら自分はゴースト族の王女トップであることを明かした。


 これで解ったことがある。ソネルちゃんは人族や人間に関係する種族に変装はできるようだが、人族絡みではない他種族には成れないらしい。


「種族序列上位の貴女が、シイナお姉ちゃんと暮らしているだなんて……嘘みたい」

「その言葉、嘘姫きみにそのまま返すとしよう。呪いで穢れたティアラさえ、輝きのみを扱うだなんて、大した嘘つきだ」


 さっすが、へカティアちゃん。一目見ただけで、ソネルちゃんが装備しているアクセサリーの本質も、ソネルちゃんの能力で、彼女自身が呪われないようにしているのも見抜いちゃうだなんて。


 2人はお互いの凄さを感じたようで、これ以上の詮索はしなかった。


 それは同時に、へカティアちゃんがソネルちゃんの潜在的能力の高さを認めた事を意味していた。


「さ、これで自己紹介も終わった事だし、おやつタイムにし」

「だから良かないわよ!! 怪盗Sが新しい我が家にいるのよ?! ちょっとは危機感はないわけ?! 私達同じギルドメンバーでしょ?!」


 必死に、声高らかに、大袈裟なアクションを交え訴えるファナたん。


「そうなの……お姉ちゃん?」

「ふっふっふ~そうだよ。我等……われ……ら……」


 言葉を詰まらせる私。


「どうしたの……お姉ちゃん?」

「えはは~。私達のギルド名……何にするんだっけ?!」


 そう。まだ決まっていなかった。


「ギルド名の無いギルドが存在して……いいの?」


 流石のソネルちゃんも、びっくりしたご様子なわけでして。

 

 ですよね?!

 そう思いますよね?!


「まぁ、名前なんて所詮お飾りみたいものだから、僕は気にしないけどね」

「いや、気にするわよ。私達を代弁するのよギルド名って!! シイナに任せていたら『匂い同盟』の仲間入りにされてそうだわ」


「あはは確かに。でも、一撃でモンスターを虜にするシイナを、表せる言葉なんて、あるのかい?!」


 う~ん。困りましたな。

 ファナちゃんや、へカティアちゃん、それにソネルちゃんの事を表せそうな言葉……


 そのとき、


 1つの単語が私の脳内を駆けた。


「猫だまし」


 私の発言に、3人は即座に反応した。


「ね、猫騙し?! 何、その言葉。初めて聞いた」


 私は不思議がる3人に『猫だまし』について伝えた。


 猫だましは、私がいた世界にある相撲の技の1つ。勝負が始まったときに、相手の目の前で両手でパチンと音を鳴らし、眼を閉じている隙に優位な形勢へ移動する技。


 3人は、私の言葉を食い入るように耳を傾けてくれた。


「ふ~ん。『猫だまし』かぁ~」

「騙すって言葉をギルド名に入れようだなんて、流石……お姉ちゃん」

「ははは。相手に気づかれないうちに移動するだなんて、まるでゴーストのようだね。それに、初手で勝負を決めにいく辺り、まるでシイナのようだ」


「へっ?! わ、私?!」


 へカティアちゃんの言葉に対し、他の2人も大きく頷いていた。


 こうして、満場一致でギルド名は【猫だまし】に決定した。

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