第18話 嘘との戯れは妹の匂い?

「ラルディーリーさん?」


 思わず私は声をかけた。さっきまでそこにいた筈のソネルちゃんは、私が瞬きをした瞬間に消えていた。


 そして、入れ替わるように、その場ではラルディーリーさんが確かに立っていた。


「あら? 私をラルディーリーと呼んでくれるのね? どうやら貴女の纏うオーラを真似てみて正解だったようね。忠実に再現できているようで私も嬉しいわ~」


 ソネルちゃんは言った。『私の纏っていたラルディーリーさんのオーラを参考に真似た・・・』と。


 確かに私はラルディーリーさんの気配やオーラを真似ていた。だが、それを読み取り、第三者であるソネルちゃんが、ここまで再現出来るだなんてにわかには信じられなかった。


 立ち振舞いや、言葉遣い。それに見た目だってラルディーリーさんそのものだ。ソネルちゃんは本人と出会ってなどいない。


 だが、僅な情報だけで人はここまで忠実に再現出来るのだろうか。


 嘘を得意とし、偽りを極めたソネルちゃんだからこそ、あり得ない世界を今ここで表現できている。


 そして、何より……


 私の前を通り過ぎた彼女からは、確かにラルディーリーさんの匂いがした。


 私が愛したペットの匂い。忘れもしない懐かしくも切ない匂いだ。


「さて、冥獣だなんて、忘れられた存在かと思ったら、まさかこんな所で出会うだなんてね。この世界には私を楽しませてくれる生き物がいて助かるわ~」


 ラルディーリーさんソネルちゃんは不適な笑みを浮かべながら冥獣ヒルレオンに近づく。


「ギィリャアアアア"ァ!!!」


 威嚇をするが何一つ怯まない彼女。ゆっくりと進む足音が彼女の圧を物語っていた。


「あらあら、存在を忘れられそうなのが悔しくて叫んでいるのね? 大丈夫。貴方にピッタリの相手を今出してあげるわ」


 そう呟くと、足元に拡がる黒い影。中からは、黒い騎士が独り現れた。


 やはり影で生成された騎士だということもあり、無言のまま現れた。だが、眼に宿る紅い光は揺らぎを見せ、ラルディーリーさんソネルちゃんから『遊んであげなさい』と言う命令のもと、冥獣ヒルレオンと向き合っていた。


「紹介するわ。彼の名は『名を棄てし者』。大昔の大戦で亡くなった伝説の騎士の影。富も名声も失い、今は剣術のみを扱う彷徨う影よ」


 名を棄てし者は、冥獣ヒルレオンに近づくと、持っていた剣でヒルレオンの足首に深いダメージを与えていた。


 そう、既に過去の出来事になっていた。


 視力強化をしている私でさえ目視出来ない程の速さで放たれた一撃に、ヒルレオンをはじめ私も驚いていた。


 何事も無かったかのように剣を構え直す、名を棄てし者。そして、その姿をまるで闘技ショーを高みから見ている王様かのように見下した眼でみるラルディーリーさんソネルちゃん


 異様な光景が洞窟内でくりひろげられていた。


『貴女は……ラルディーリーさんだよね?』


 そう質問せずにはいられなかった。いや、確認をしないままこの時を流すわけにはいかなかった。


 姿も言動も、大好きな匂いさえ偽ることのできるソネルちゃん。貴方の能力はいつだって私を混乱させてくれる。


「あら? もう私の名前を忘れたの?いけない飼い主ね、貴女は」


 そう言って眼だけ笑っていた。ラルディーリーさん本人が言いそうな台詞に、目付き。


 どこからどう見ても本人にしか見えなかった。


 名を棄てし者。


 彼は無言のまま冥獣の首をはねていた。


 私は剣技で身震いをした経験が一度だけあった。剣狂と恐れられていたローガンさんが放つ秘技【ジン】。大空を支配する神獣を地へと追い詰めた比類なき一撃。


 それと、冥獣の鼓動を止めた一撃も良く似たオーラを感じた。


 ラルディーリーさんに成りきり、影の兵である『名を棄てし者』を呼んだソネルちゃん。冥獣のジャミングの影響を物ともせず、呼び出したのは、彼女の力が冥獣よりも勝ったからだろう。


 それに、名を棄てし者の剣技。内に秘めた『誰かを想う歴史』という重みが私には感じ取れた。


 気がつけば、辺り一帯に拡がっていた影の姿は無く、見覚えのある地面が拡がっていた。目線の先にはラルディーリーさんでは無くソネルちゃんの姿が。


「冥獣さん、あっという間に倒しちゃったね、凄い」

「いぇ、私はシイナさんに……助け」


 言葉はいらなかった。

 ソネルちゃんの姿が確認でき、元気な声を聞けるだけで十分だった私は彼女を抱き締めた。


「痛いところはない?」

「あ、はい。えっと、ポーションをいただいた……ので」


「そうじゃなくて」


 ソネルちゃんは時折寂しそうな表情を見せていた。私がハグをすることで何かが劇的に変わるわけではない。


 だけど、冥獣を倒してくれたお礼と、私とお話してくれるようになったのが嬉しくて思わずハグをした。


「それにしても、ソネルちゃんって凄いね!! 会ったことないラルディーリーさんを見事に表現しちゃうだなんて、私びっくりしたよ!!」


 そう。匂いもラルディーリーさんそのものだった。


 実は今、ソネルちゃんを抱きしめる間もソネルちゃんの頭をなでなでしながら、くんかくんかしている。


『ソネルちゃんの匂いゲットだぜっ!』と意気揚々と匂いでいるのだが、匂いの真似だけは解除していないようで、いくら嗅いでもラルディーリーさんの匂いしかしない。


 おのれ、ソネルちゃんめ。

 可愛い顔をしている割に、オリジナルの匂いを教えてくれないだなんて、なかなかガードが堅いじゃないか。


 仕方ないが、今回はラルディーリーさんの匂いで手をうつとしよう。


 それにしても、ソネルちゃんの髪の毛はサラサラしているし、華奢な身体が凄く柔らかい。


 勢いで抱きついてみたが、ソネルちゃんが嫌がる素振りがないと言うことは、このままソネルちゃんの身体をギュッギュして堪能しててもいいのだろうか。


「私は偽るのが好きだから、無いものを表現するのが好き。私が驚いたのは、詐欺ペテン師でもないのに、他人の能力やオーラを操っている、お姉ちゃんの方が……凄い」


 ……ん?!


 今なんか超重要な言葉が聞こえたんですけど?!


 この異世界の根源を表していると言っても過言ではない、キーワードが確かに聞こえた気がする。


 いいや、絶対に聞こえたぁ!


「ソネルちゃん、今、私のこと……」

「恥ずかしいからもう……言わない」


 頬を染め、私との目線を外すソネルちゃん。をいをい、そんな表情してでも私の事を『お姉ちゃん』って呼んでくれたんだね。


 私なんかに抱きしめられながらも、少しデレてくれたソネルちゃん。恥ずかしさのあまりジト眼で私を見てくるのだが、私からすればご褒美以外の何物でもございませんっ!


 私の抱擁から、するりと抜け出したソネルちゃん。


「ごめん、苦しかった?!」

「違う。恥ずかしい……だけ」


「大丈夫。私もソネルちゃんの事、妹だと想っているよ? 大切な妹だから、もっと知りたいだけ」

「距離の詰め方が急過ぎて困る……お姉ちゃんは」


 最後にそう言って、ソネルちゃんは転移結晶を使用し、この場から離脱した。


 無事に外まで脱出してくれたので安心した私。


 それにしても、最後にも『お姉ちゃん』と呼んでくれたことが何よりも嬉しかった私は渾身のガッツポーズをしながら地上を目指した。


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