第17話 嘘つきと物真似亜種テイマー

「その穢い声で私達に声をかけないでください」


 私が口を開けば、化物を見るかのような目で私を威嚇してきた。これまで遭遇した全ての他人は、そんな生き物ばかりだと思った。


【シイナさんを除いては】


 私は盗む天才だ。彼女が転移結晶を持っているとわかれば、スナッチしこの場を離脱することなんて造作もない事だ。


 そして、今。


 事もあろうことか、彼女から転移結晶とオールド・トレジャーまで渡してきた。


 私の身を按じ、逃げろと言ってくれた初めての他人。


 そんな得体の知れない彼女をそのまま犠牲にしていいわけがない。


「ギィリャアアアア"!!!」


 戦闘モードに入った冥獣ヒルレオンの声が洞窟内に響き渡る。雄叫びが共鳴したことにより、大量の蝙蝠型のモンスターが逃げ惑う。


 あの化物と私達人間には埋まらない実力差が確かに存在する。


 土竜型モンスターと対峙した時とは比べ物にならない。この洞窟に投げ捨てられた処刑者が、ヒルレオンの餌食になっているのは安易に想像がつく。


 そして……


 この時ばかりは相手が悪すぎだ。

 冥獣ヒルレオンは辺り一帯にジャミング効果をもたらし、私達は魔法の詠唱を妨害されている。


 詠唱も出来ず、魔法の生成や発動すら許されない。


 圧倒的不利な状況下ではあるが、シイナさんの表情は理解し難いものであった。


「ソネルちゃん、冥獣さんって凄く強そうでわくわくするよね?!」


 生死を賭けた状況で『わくわく』だなんて精神が異常さを際立たせていた。


 だが、彼女は正常だ。冥獣をじっと見つめ 勝利を手繰り寄せる為のアプローチを幾つも考えている、確かな目つきだ。


「人間が冥獣に勝てるだなんて、本気で思っていそうな……顔つき」

「どうかなぁ~勝てるかな……地上で遭遇した神獣さんとはまた違った強さを感じるからなぁ~」


 シイナさんは嘘が下手くそだ。故に彼女の口から出る言葉に偽りはなく、思ったことをそのまま話している。


 そして、彼女の発言どおり私達は冥獣に苦戦を強いられた。


 繰り出す一撃は非常に重く、まともに受けずとも波動だけで体力を徐々に奪っていった。魔法で応戦することも、防ぐことも出来ない私達。


 肉弾戦を得意としない詐欺ペテン師 と亜種テイマーでは、勝ち目なんて存在しなかった。


 生き残る術は見えている。私が転移結晶を使用し外に出て、他者に助けを求める事だ。


 ただそれはあまりにも無謀な賭けだっだ。誰かに助けを求めたとして、洞窟に再度入ってもランダム転移によりバラバラになる。そして何より、ハーフエルフの私の言葉なんか誰も信用してくれない……


 反対も然り。


 どうせこの場で生き絶えるのであれば、私の事を無下にしなかったシイナさんと共に死ぬ道を選ぶのも有りだ。


 ここに『確かな』という言葉は存在しない。


 確かな策に到達せず悩む私と、私にオールド・トレジャーを託した未完成な選択肢を躊躇なく選んでしまったシイナさん、そして神獣に追われ、確かな地位を確立せずに這い寄る冥獣。


 三者はともに何も『確かな』事が確定していない。


 だけど、この絶望的な今でさえ、嘘のように輝く策を私は秘めている。


『オールド・トレジャーの本格使用』


 今はオールド・トレジャーに対し、嘘を吹き込むことで、穢れを受けずに、限定的ではあるが秘めた力を使用している。


 嘘を解除することで、オールド・トレジャーの本来の力を得られる。だが、それは同時に、私の身に多くの穢れがいっきに流れ込む事を意味する。


 私が私で無くなる事は確実。最悪、死ぬ事だってあり得るだろう。


 だけど、逃げないという選択肢を選んだ以上、私は……


 嘘のオーラをゆっくりと解こうとした瞬間、シイナさんは私の頭をぽんぽんと叩いた。


「そんな危ない事はしなくていいよ?」


 彼女には、私がこれからする事がわかっているようだった。私の頭から思考が盗まれたようで不思議な気持ちになった。


 だけど、彼女の手は誰よりも優しくて温かみを感じる。


 彼女はまるで日だまりかのように温かい存在。でも、そう感じたのは一瞬の出来事だった。


 シイナが纏う闇のオーラ。全ての光だけでなく温もりすら奪い去るかのように深い闇が彼女の辺り一帯を支配した。


 これは魔術の類いではない。シイナさん本人が操る力の波動だ。


 闇からは黒い生物やヒト型が出現した。彼らは意思を持たず、朦朧としながらも影から出現した。


「シイナさん。これが亜種テイマーの能力……なの?」

「違うよ~。大好きなファナちゃんのお姉さんの能力を真似てるだけ~」


「ファナさんの……お姉ちゃん」


 私がファナさんと会った時間は長いわけではない。それに、ファナさんのお姉さん本人に直接会えたわけでもない。


 ただ、シイナさんが今纏っている全ては、ファナさんとの共通点や、雰囲気、そしてこれまでの歴史を物語っていた。


 私は詐欺ペテン師。偽り、真似をし、他者に信じ混ませる事に特化しているが、シイナさんも、他者を信じこませる不思議な力を兼ね備えていた。


「そ。お姉ちゃん。ラルディーリーさんは圧倒的なカリスマ性を持っている人だよ。ソネルちゃんも真似したくなっちゃうかもね」


 お姉ちゃん。


 その単語に私は何度も心が惹かれたことを思い出した。


 ハーフエルフとしての日々が辛く、現実から何度も眼を背けたくなる度に『あぁ、私のお姉ちゃんが生きていれば……』と嘆いていた。


 身近に相談出来る相手を全て失った私に残された、叶いもしない残酷な欲望でもあった。


「いっくよ~!!」


 シイナさんの合図とともに、生まれた黒い物体が冥獣へ攻撃を開始した。


 だが、シイナさんが生み出した影の物体は冥獣の前では無力だった。


 まるで巨大モンスターが昆虫を踏み潰すかのように、比類なき覇気を持ってして破壊されていた。


「くっ~やっぱり私のコピーじゃ歯が立たないか~。ジャミングに影響の出ない範囲で生成したけど、純度が足りないからもろいなぁ」

「純……度?」


 確かにシイナさんは言った。黒い物体を生み出す際に幾つかの魔法を駆使しているらしく、魔法を唱えず生成した影響もあり弱いと。


 私であれは、純度を補えるかもしれない。だけど、今の私には闘うだけの力は残っていなかった。


「シイナさん……あの」

「どうしたの? 何でもお姉ちゃんに言ってごらん」


 闘いの最中さなかでもシイナさんが私に向ける声はいつも優しかった。


 彼女になら、私の言葉を聞いてくれるかもしれない。


「ポーション……私に、いただけま」


 私が言いきる前にシイナさんは私にポーションをくれた。


 満面の笑み付きで。


 私は以前、オメガポーションをスナッチしたぞくだ。そんな私に彼女はまたオメガポーションを手渡してくれた。


 温かい手だ。他人に優しくされた事のない私にとって、シイナさんの行動は眩しすぎた。


 私はいっきにオメガポーションを服用し、戦闘スタイルに入った。


「こんな私を大切にしてくれた、シイナさんを私が救ってみせます」


 私は呼吸を調え、真似をした。


 ラルディーリーさんを真似するシイナさんを。



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