第13話 排除された種族の子は甦りを目指して

「ハーフエルフだなんて穢らわしいわ」


 露骨な嫌悪感を言葉で浴びる事にはもう慣れていた私にとって、相手の本心だなんてどうでも良かった。


 この世界には、知性を持つ者の種族序列が存在し、森精エルフ族と闇精ダークエルフ族は互いに第12位に位置している。


 穢れを最も嫌う森精エルフ族にとって、敵対する闇精ダークエルフ族が存在するだけでもナーバスになっている。


 加えて、森精エルフ族と人族のハーフである私の存在は、許しがたいモノなのは言うまでもない。


 父も母も私が幼い頃に命を落とし、ハーフエルフの私だけが生き残ってしまった。エルフ族の住むエリアの一番端の小さな家に住み、なんとか命を繋いではきた。


 私は人族の血が混じっている為、森精エルフ族特有の力を完璧には備えていない。また、人族の血があるが故に神官からの施しを受けることが出来る対象でもある。


 まともな能力さえ備われば……生きていく上で必要な能力さえ手に入れることが出来れば……


 正に天にも縋る気持ちで施しを受けたが、備えた能力は前例がない職業ジョブだった。


詐欺ペテン師】


 嘘や偽りを得意とする謎の職業だった。エルフの村を去り、他の街のギルド管理組合に加入の申請に行ったが『詐欺ペテン師』という職業ジョブに困惑したのか、登録しても依頼クエストの案内もなければ、登録すら立ち会ってもらえない街まで存在した。


 嫌われ者の私に、嫌われモノの職業。


 だけど、私は不思議とこの職業ジョブが嫌いにはなれなかった。


 むしろ、この世界をはじめ、私が受けている境遇から距離をとりたい私にとって、嘘とは心を浄化させる唯一の方法だったからだ。


 嘘だけが私を包んでくれた。

 偽りだけが私の行動を認めてくれた。


 欺くことで私という存在が成り立っていく事を知った私は、この世界にある嘘や偽りに執着するようになった。


 今手にしている秘宝もその1つだ。存在そのものを忌み嫌われ、世界的に『存在ソノモノ』を排除された存在。


 居なければいいと願われた存在。

 

「私と……一緒」


 洞窟を抜け、そう呟いた私。洞窟とは違い澄んだ空気を吸おうとした瞬間、私は回避した。


 確認もせず避けたのは正解だった。避ける動作が少しでも遅れていれば、神経毒で今頃ら全身麻痺で動けなかっただろう。


 距離を取ることで私の生命を狙った相手を拝むことが出来た。


「不意討ちは卑怯。でも作戦としては嫌いじゃ……ない」


 確実に私の生命を狙った一撃だった。非合理な動きはなく、私を殺す為だけに行動していた。


 感情もなく。


 研ぎ澄まされた一撃は感情を持つ生物であれば繰り出すのは難しい。だが、裏を返せば感情の無い物体であれば容易いのも事実。


植物系魔物:テンタクルス


 蔦を無造作に丸めただけのようなフォルムであるが、見た目の単純さとは違い、殺傷能力は他の植物系のモンスターより高い。


 でも、殺意を浴びるのはもう慣れている。ハーフエルフである私はむしろ、他者から殺意以外の感情を浴びた記憶はない。


 例外を除いて……は。


 亜種テイマー『シイナ』。彼女からオメガポーションを盗んだ時の会話がそうだった。彼女からは私に対する敵意を感じなかった。


 奪い返しに追跡されたとは思ったが、彼女から感じた感情は殺意や敵意のような冷たい感情とは反対の『興味』だった。


 嘘を操る私だからこそ解る。『興味』という感情の熱量を偽って生成するのは普通の人間なら難しいという事を。


『純粋な熱量』は私でさえ偽るのは難しい分類だ。まるで幼い子どものような無垢な感情。


 そんな人物に出会ったからこそ、テンタクルスのように無感情で動く殺戮生物の気配は、今の私からすれば目立ち過ぎる。


「タイミングが悪かったね……植物さん」


 私は静かに呟く。

 アルティメットフレアと。


 出現したのは銀色の火球の群れ。火球は収縮後に解き放たれた衝撃で全ての生物に致命傷を与える魔法系の最上位技だ。紅蓮の鮮やかな色が特徴的なエネルギーの集合体。


 私は、魔法系を操る職業ジョブでもなければ格闘系の職業ジョブでもない。


 偽りを操る詐欺ペテン師。


 世界において、本物オリジナルがあれば、対として偽物が必ず存在する。


 私は詐欺ペテン師。本物さえあれば、私は何でも偽る事ができる。そして……


「究極の偽物は本物を……凌駕する」


 私の合図と共に、銀色のアルティメットフレアはテンタクルスを一撃で消した。元々この場にテンタクルスがいたこと自体が嘘だったかのように……

 


「そして、次は貴方を殺せば……いいの?」


 私は問いただした。茂みの奥から人が現れた。一人は貴族風の格好、もう一人は護衛だろう。


「あなたが怪盗Sですな。まさか、お宝が手に入ったのですか?」

「だったら……何?」


「あはは、そう怖い顔を向けなくてよろしいですよ、我々は貴女に危害を加える気はございません」


 余裕のある表情。しかし、彼は私に嘘をついていることはお見通しだった。あのテンタクルスはこの辺りに生息している個体ではなく、もっと東のエリアに棲む個体だ。しかも中BOSS級。


 この辺りに放ち、私を襲わせたのは彼等だ。


 嘘は、私には通用しない。

 嘘は、私に嘘をつかないから。


 ただ『危害を加えない』という言葉だけは真実のようだ。


「奪いに……来たの?」

「いえいえ、我々に勝ち目などありません。貴女がもし『オールド・トレジャー』を集めているのであれば、忠告に来ただけです」


 オールド・トレジャー。昔話に登場する架空の財宝の名の筈なのに、彼等ももうオールド・トレジャーの存在を認識しているようだ。


 だけど、私は答えない。


「忠告……とは?」

「ふっ。白々しい態度ですね、怪盗S。オールド・トレジャーは1ヵ所に集まると厄災をもたらす。もし貴女がオールド・トレジャーを集めているのであれば、何れまた交渉すると致しましょう」


 交渉?

 嘘ばっかり。


 貴方の言葉は偽りだらけだ。私からすれば、『オールド・トレジャーをよこさなければ、エルフ領を滅ぼす』と言っているようにしか聞こえない。


 彼等は嘘をついているようだけど、私には嘘は通用しない。そして、彼等は恐らく人族だろうが、エルフ族との種属間戦争を起こす気なのだろう。


 私はハーフエルフ。人族でも、エルフ族でもない半端者だ。


 彼等がエルフ族を狙おうが、私には関係がない。


 そう。この世界から昔話として語り継がれてきた嘘の秘宝『オールド・トレジャー』以外、私は興味がない。


 いや、正式にはこの世界から『嘘』だと認識されてしまった哀れな存在、それがオールド・トレジャーだ。


 私は、オールド・トレジャーに纏わる『隠された力の存在』に気づいている。だからこそ、私が集め、オールド・トレジャーの秘めた力を私が使用したいのだ。


【オールド・トレジャー】


 全て集めたとき、亡き者を甦らせる力を獲られるという内容が彫られた石碑が、以前とある洞窟の最新部で見つかった。


 世間からすれば、観光地の客引き目的のフェイクだと馬鹿にしたが、私には石碑が偽物かどうかが判別できた。


 本物……だった。


 それから、オールド・トレジャーが実在するかもしれないという思考になり、集めるようになった。


 亡き者が甦らせることが出来る力があるとするならば、私はどうしても集めたい。


 死んだお母さん、お父さんを甦らせる為に……




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