第10話 神獣を纏いし者
これで何度目だろう。私は間一髪でシイナに生命を助けられた。彼女がいなければ、私は顔を斬り刻まれていたころだろう。
確かに『メンバーは私とシイナの2人だけ』という超少人数ギルドでモンスターのいる場所や依頼を受けるのは、世間的にみて非常識だ。
最低でも6人。せめて2桁の人数でギルドを組むのがこの世界での一般常識だ。
私達は非常識。モンスターを従えているとはいえ、異色だ。
故に、常にモンスターから狙われる確率が高く、常に死と隣り合わせな状況を強いられる。
でもそれは、シイナと初めてギルドを組んだあの日から私は『この不遇』を受け入れている。
不思議と、シイナと居ると『生きている心地がする』と感じたからだ。
「大丈夫?怪我、していない?」
「えぇ、ありがとう……素手大丈夫なの……それより、あんた……シイナなの?」
そう。シイナは素手で、あの巨体の
何より疑いたいのは、シイナの眼だ。朱色に似た瞳の色になっており、それに妙に落ち着いている姿もシイナらしくない。
「うん、私だよ。でも今は『神獣』の匂いを分析したオーラを纏っているの。で、ないと負けちゃいそうだから」
神獣。厄災として、時に天災として恐れられてきた異形の怪物。
同じ神獣は存在せず、唯一無二の力を保有し、護り神として役目を果たしている個体もいれば、役目に縛られること無く生きる野良の神獣もいる。
シイナは、以前の闘いで対峙した神獣の匂いから、力を解読し、己の力として、そして知識として取り込んでいるのだろう。
今の彼女を纏うオーラからは、正に神獣と遭遇した時に味わった威圧感に似たものを感じる。
「ピーーー神獣探知。直チニ排除シマス」
オートマタはシイナを見るなり構えて直していた。神獣の力を纏ったシイナの打撃を浮けても、なお活動を止めない姿に驚愕した。
「な、なんて固さなの……気をつけて、シイナ」
「うん、ありがとう。でも、気をつけている暇は、ないかも」
次の瞬間、オートマタからの連撃が幾度無くシイナを襲った。無理に避けようとはせず、受けられる攻撃は極力防御に徹していた。
人だと思い込む事で、肩の可動域や腕部分に相当する可動域を勝手に予測してしまう。
勝手な推測からある憶測が生じる。
『ここまで動いたら、避けられる
だが、その『だろう』こそが闘いにおいて生命取りだ。規格外の動きをされた瞬間に、こちらが後手に周り、そして直ぐに殺される。
シイナは解っていた。
まるで、オートマタと以前戦った事があるかのように、立ち回っていた。
「理解したよ」
シイナは呟いた。オートマタも一旦距離を取り、シイナを睨みつけているかのように固まっている。
仕掛けて来たのはやはりオートマタからだった。持っていた武器を捨てたあと、身体の構造を変え、中から斧型の武器を出現させた。
両手に装着された斧は、先程の剣と同様に連撃を繰り出した。オートマタはシイナの身体を捉えたが、シイナの身体に触れた瞬間に水の入った袋が割れたかのように破裂した。
そう、あれはシイナ本人ではない。シイナに擬態した
シイナの姿を見失ったオートマタは辺りを見渡す。左右にシイナの存在は確認できず、上を見上げている。
だが、そこにはシイナの影は無かった。文字通り。
オートマタの無防備な背後から、ぬるりと姿を現すシイナ。彼女はオートマタの本体から伸びる影に潜んでいた。だが、何かを行うということも無く、突っ立ったまんま現れただけだ。
もう発動の用意は全て終わっていた。
オートマタの全身を白い閃光が音と共に出現した。詠唱時間を必要とせず、発動すれば必中間違いなしの奥義【古代詠唱】
封印されていた魔人から詠唱法を解読したと本人は言っていたが、発動出きるのは、やはり
擬態・トレースの申し子【スライム】
危険度が高く、まだ知られていない未知の力を秘めているスライムだからこそ、常識外の力が発揮できるのであろう。
白く焼かれたオートマタからは音が発せられなくなった。先程まで光っていた紅い眼も黒くなり、まるで壊れた玩具かのようにその場で横たわった。
「ふぅ……何とか止められたね~機械音も無くなったみたい出し」
「毎度、あんたの能力は底無しよね。お姉ちゃんの時と同じムーブだったのに、動作は滑らかになっている」
それだけでは無い。オメガドライブの威力もお姉ちゃんとの闘いよりも明らかに増していた。
「それにしても、あんた、クタクタになるまでマナを使い過ぎるのは……」
【良くない】
シイナにそう伝えようとした瞬間、私は目の前の光景に恐怖を感じた。シイナが倒したはずのオートマタがヨロヨロと起き上がり、無防備なシイナを仕留めようと、武器を振りかざそうとしていた。
疲れ果てたシイナは、反応が鈍くなっている。私は、有りっ丈の魔力を消費し詠唱した。
急遽描いた魔法陣から巨大な龍型の縫いぐるみを召喚し、操り糸を操作し従わせた。
「準備も練習もなし。さぁ、初陣よ。神獣ネプトゥヌス・ドールっ!! 」
ぬいぐるみの龍の口から放たれた破壊の光線はオートマタ全身を覆い粉々に破壊した。
「す、凄い!! ファナちゃん!! 今のは神獣を召喚したの?」
ぴょんぴょんと跳ねながら喜びのまいをするシイナ。死にかけていたのにお気楽なもんね。
「違うわ……あれはあくまでドールよ。神獣のぬいぐるみ。『
「へぇ~!! 凄いすごいスゴーい!! じゃあ私のぬいぐるみ今度作ってよ」
いやいや、嬉しそうな顔をこちらに向けないでくれる? あんたいつからモンスターになったのよ。
……いや、シイナはもはやモンスターよりモンスターだ。
「でも、ソネルちゃんに逃げられちゃったね~」
「そうね。猫だましと逃げ足はどうやら得意のようね。でも正体を見た私達の方が優位だわ。管理組合に報告ね」
私はそう伝え、落ち込むシイナを労った。しかし、私達が怪盗Sより優位だなんてシイナを勇気づける為の嘘でしか過ぎなかった。
敵を騙す状態異常系の使い手だと言うことは解ったが、解ったところで回避できるかはまた別問題だ。
実際、私達は何秒間かは怪盗Sが産み出した虚像の世界に翻弄されていた。その隙に秘宝は先に盗まれてしまったわけだ。
だがもし、彼女が盗む事を優先せず、私達を殺す事を優先していれば……もしかしたら、既に呼吸できない身体にされていたかもしれない。
今は私は確かに生きている。
鼻から吸い込めば、酸素が身体に入る。同時にシイナの匂いが、私の鼻を……
ん?! シイナの匂い??
私は眼を開けると、目の前に私の髪の毛を必死に嗅ぐシイナの姿がそこにはあった。
「ちょっ、えっ……はぃ?! 何しているのよ?!」
「何って、ファナちゃんの匂いを改めて分析しているのだよ?」
「何、さも当たり前かのような真面目な顔で答えているのよ、今すぐ離れなさいっ!!」
「でも、実際にソネルちゃんはファナちゃんの変装も完璧だったし、匂いの表現すら悔しいくらいに完璧だった……だから、せめて私の方がファナちゃんの匂いのレパートリーを増やして優位に立ちたいの!!」
確かにシイナの言っている事も一理あるわ。シイナが怪盗Sより私の匂いを熟知していれば、私に変装していても気づく可能性はあがる。
「……い、良いわ、少しくらいなら、あんたのお馬鹿な『くん活』とやらに付き合ってあげるわ。で、何? 今回は何の匂いを嗅ぎたいわけ?」
「よくぞ聞いてくれました! ずばり今からファナちゃんに告白するから、その後の匂いを嗅ぎたいの」
………はぃ?!
告は……く?
なななな何を言っているのか、このお馬鹿は。
「ちょちょちょっと、待って!! ちょ~~~っとタイムっ! ……今何て言ったの?」
「だから、私がファナちゃんへの想いを伝えるから、その時の変化する匂いを嗅ぎたいの」
……駄目だ、聞き直せばワンチャン違う可能性もあるかも、と期待したが、待っていたのは地獄でした。
いやいや、普通におかしいでしょ。シイナが私に告白する? そして、直後の匂いを嗅がせろですって?
あんた、くん活し過ぎて頭ん中お花畑じゃない!!
「嫌よ」
「何で、『ファナちゃん、好きだよ』って言うだけだよ。ファナちゃんは何もしなくても良いんだよ?!」
こらこらこらこらぁ~!!
簡単に、何言っているんだこの子はっ! 何で、あんたから『好き』だなんて言われなくちゃいけないのよ!!
「いやいや、だから困るって」
「ファナちゃん……私の事、そんなに好きじゃないの?」
「いや、そんな事は1ミリも言ってないわっ!!」
……んはっ!!
しまった!! シイナが余計な事言ったから、変に気合い入れて反抗しちゃったじゃない。
今のじゃ、まるで『あんたの事、好きだからね』って私から宣言しているようなものじゃない!!
恥ずかしい……穴か影があったら入りたい。
私の言葉を聞いてシイナも変に反応したのか、赤面してそれ以上何も言って来なくなった。
ちょっと!! いつもの馬鹿ポジティブなシイナは何処へ行ったのよ!!
「えへへ~」とか言いながら照れるの止めなさいよ! 私が告白したみたいな雰囲気にするの止めてほしいんですけどぉ!!
オートマタを倒したシイナと私は、お互い変な意識をしてしまい、「ちょっと恥ずかしいから、さっきのやり取りは無しにしよっか」と私から提案し、シイナも「うん、別の方法で嗅ぎわけるね」と言ってくれた。
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