第9話 怪盗Sとの遭遇で前後にファナちゃんの匂い?

「海を満喫しようと思ってたのに、結局穴蔵探検じゃない~」


 愚痴をポロポロ溢しながら進む先頭を歩くファナちゃん。頭の上にはライムちゃんも乗っており、2人で前方の索敵に尽力してもらっている。


「うー」


 私はというと、アクアティカ近くの森で出会った、うり坊のうーちゃんを頭に乗せたままファナちゃんの後方を歩いていた。


 うーちゃんは、大きな鼻を使って匂いを嗅ぎわけてくれている。だが、索敵の為ではない。


 うーちゃんが判別出来るのは、罠の有無だ。野生の猪型モンスターということもあり、トラバサミ系のトラップは基より、目視しづらい罠等も嗅ぎわけられる事が、この洞窟に潜入してからわかった。


「それにしても、うり坊そのモンスターにそんな能力があったなんてね」

「ね。私でもまだ嗅ぎわけられないのに、うーちゃんは凄い能力だよ」


 私達が褒めたことに気を良くしたのか、次々に罠を見つけてくれるうーちゃん。


「うー?! うー!」


 ピクリと反応し、鼻を小刻みに揺らしたあと、私の頭から降りたうーちゃんはとある壁の前で止まり、私達に来るように催促していた。


「どうしたの? 独りで行動したら危ないよ?」


 私達は、うーちゃんが教えてくれた方向に目をやると、壁の1ヵ所だけ微妙に色が違うところがあった。大きさは手のひらと同じくらいで目線よりやや低めの位置にあった。


「ファナちゃん、ここだけ『押せ』そうだよっ!! もしかして、お宝あるんじゃない?!」

「いや、待って。うり坊うーちゃんはこれまでトラップの在りかを捜し当てるのに特化していたように思えたわ。仮に、それが正解ならそのボタンは『罠』が発動……するんじゃない?!」

 

「……おぉ!! ファナちゃん、今日も考え冴えてるっ! 言われてみればその通りかも」

「まぁね~」


「でも、もう押しちゃってた」

「こら!こら!こらぁ~! 何で私に話しをさせておいて勝手にボタン押してるのよっ!」


 何故って、そこにボタンがあるからです。こんな解りにくい所にボタンがあれば『良く見つけたね~押して、押して~~』と催促しているようにしか思えない。


 幼い頃、交差点にある歩行者用ボタンや、エレベーターにある『開』ボタンを毎回押しては、よく怒られていたっけ。


 数秒後、石が擦れるような音を立てながら、高さ2メートル、横幅も2メートルくらいの壁が左に向かってゆっくりとズレ始めた。


 奥には通路が繋がっている様子。洞窟内とはいえ、輝鉱石が所々に点在しているので暗そうな雰囲気もない。


「て、敵は……今は居なさそうね」


 ファナちゃんとライムちゃんのコンビで索敵を重点的にしてくれたが、今のところ怪しい物体がいないのを確認してくれた。


 リレイ組合長さんの話しでは、今潜入している洞窟はアクアティカから南西1キロ離れた先に位置しており、BOSSの存在しない洞窟、いわゆる古びた洞窟だそう。


 野生のモンスターは時折遭遇するが、モンスターが蔓延るまで生息しているかと言えば、そうではない。


 無駄な闘いを避けて進めば体力を温存したまま奥まで進むことも可能だ。


 秘密の隠し通路を進んでいくと、少し広い空間までやってきた。


 そこには神殿のような厳かな大型の置物が置いてあり、禍々しいお面も何個か飾りつけられていた。


「凄いわね……見るからにお宝がありそうな気配。シイナは血が騒ぐんじゃない?」

「うんっ! でも、その前に……ねぇ、ずっと後ろから着いて来ているんでしょ? もう着いたんだからそろそろお話ししようよ?」


 私は後ろを振り向かず声を掛けた。ファナちゃんやライムちゃんはキョトンとしていたが、私にはわかった。


「どうして……わかったの?」


 一見、何も無いところから姿を現したソネルちゃん。彼女がいきなり現れたのでファナちゃんはびっくりしていた。


「だ、誰この子?!」

「そっか、ファナちゃんは初対面だよね。彼女はソネルちゃん。ポーションをくすねるのが上手な子。私の勘では彼女が巷で噂になっている怪盗Sさんかな」


「えっ?! 怪盗S?! もっと山賊っぽいおじさんを想像してたわ」


 そう。物を盗んじゃう人は悪人面してそうとは普通思うだろう。まさか、フードを被った華奢な女の子とは誰も予測出来る者はいない。


「認識阻害率100%付近を常に維持していたのに何故……わかったの?」

「ふっふっふ~残念だね、ソネルちゃん。気づかれないようにファナちゃんの匂いをまた再現したのだろうけど、それが裏目に出たね。私の背後からもファナちゃんの匂いがするのはおかしいからね」


「慣れた匂いなら気づかれないと思ったけど、それが……誤算」


 相変わらず小さな声で呟くソネルちゃん。


 スカートに付いた埃をパンパンと優しく払った後、ソネルちゃんは気を取り直して声をかけてきた。


「凄い嗅覚。でも、それはそれ。私は怪盗なんて名乗って……いない。前にも言ったけてど、私は古い物と嘘が好きな、ただの詐欺ペテン師なだけ……」


 彼女は銀色のオーラを纏い始めた。


「シイナ、気をつけて。【詐欺ペテン師】なんて職業ジョブ聞いたことがないわ。シイナの『亜種テイマー』とかお姉ちゃんの『ネクロマンサー』みたいに希少職業もしくは、1人だけの唯一職の可能性があるわ」


 私達はすぐに戦闘体制へと移行し、攻撃に備えた。ソネルちゃんも無理には攻めて来ず、魔法陣を宙に出現させた。すると、光輝くサークルから羊の角を生やした巨大なヒト型モンスターがゆっくりと現れ始めた。


「はい?! 上位種族である魔族の戦士じゃない……」


 ファナちゃんの表情を窺う。察するにこの状況は下位族の私達からすればピンチなのだろう。


 緊張の糸がいっきに貼り積めた。『どのように闘うか』という策を短い時間で考えていた時、ソネルちゃんはボソリと呟いた。


「即興の嘘は、どう……だった?」


 ソネルちゃんの声が耳に届いた瞬間、目の前の景色全てが音を立てて崩れた。


 まるでステンドグラスが割れるかのように景色が飛散し、改めて違う景色が拡がった。


 私の視界に移ったのは、ソネルちゃんが古い腕輪を握りしめていた場面だった。


「さっきのは、何……?!」

「夢……だよ。詐欺師の技【悪夢ナイトメア】。10秒間だけ、あなた2人は私が作った偽物の景色を観て……いたの」


 ソネルちゃんは言った。


『偽物の景色』で私達を翻弄したと。数秒間ではあったものの、彼女が生み出した空間は真実かのような世界であり、私達は足止めをしてしまっていた。


 悪夢ナイトメアで翻弄されている僅かな隙に、彼女は秘宝であるリングを盗み出したのだろう。


 この場には、索敵スキルのあるファナちゃんやライムちゃん、それに罠索敵に長けているうーちゃんに、嗅覚スキルをカンストしている私だっていた。


 その私達全てを、彼女は一瞬にして騙したのだ。


 事実を知った瞬間、私は彼女の底知れぬ力に身震いがした。この小さな身体の中に、圧倒的なスキルセンスが秘めている事がわかった。


 神獣や魔人、ラルディーリーさんとはまた違った驚異を彼女から感じる。


 涼しい顔をしながら「じゃぁ……ね」とだけ言い、去ろうとしているソネルちゃん。


「待って」と声をかけようとした瞬間、洞窟内で大きな揺れを感じた。


 その場に踏みとどまるのが精一杯の私達。


「シ、シイナ大丈夫?!」

「うん!! なんとか」


 揺れが収まり、周りを確認した。ライムちゃんは、うーちゃんを護るように保護していたので落石による怪我はどうやら無さそうだ。


 しかし、ソネルちゃんの姿は既に無く、宝箱の蓋は虚しく開いたままになっていた。


「シイナ……何あれ……」


 ファナちゃんが指す方向を見ると、宙に浮いた物体が此方を睨んでいた。


 両手には刃物が装着されており、顔辺りは仮面のような物で覆われている。そして何より身体全体が機械のような素材で出来ていた。


「シイナ、あれは何……モンスターなの?!」

「私にもわからない。ただ、あれからは『モンスター』特有の生物の匂いがしない」


「せ、生物じゃないって何? 宙に浮いているからゴーストって事?」


 私達の存在を確認した物体は、こちらに視線を向けていた。


「ピーー排除対象確認。コレヨリ実行二移リマス」


 物体は言葉を話したかと思えば、持っていた刃物で私達を切り刻もうと攻撃を仕掛けてきた。


「何、この物体……見たことないんだけど!!」

「ファナちゃん、これは恐らく機械……だと思うっ!」


「え?! キカイ?!」


 そうか。確かにファナちゃんのいる世界で機械らしき物は見当たらなかった。


 私は思い出す。


 以前、ローガンさんと、存在外の正体について話していたときに機械の話をしたことがあった。


 この世界では、古代技術にオートマタという自動で動く物体を利用し発展した文明もあり、今ではその存在を確認出来ないと、ローガンさんは教えてくれていた。


 もし、この物体が古代技術で作られている『オートマタ』なのであれば、ファナちゃんが知らないのも無理はない。そして生物の匂いがしないのも納得だ。


 機械に似た物質であれば、感情を持ち合わせていないのかもしれない。この宝箱が開けられたと同時に動きだし、視界に映る者を排除する殺戮機械キラーであれば……


 躊躇している場合じゃないっ!!


「ファナちゃん!!」

「えぇ、解ってる」


 敵の攻撃に備え、ファナちゃんは人形達にシールドを作らせていた。


 振りかざした攻撃を無理に避けるより、先ずは受ける事で相手の行動パターンを知ることができる。攻撃ばかりが闘いでは無いことを、A級冒険者のファナちゃんは熟知していた。


 が、予想はここから大きく外れる。


 ファナちゃんを狙ったオートマタの攻撃の一撃は見た目以上に重く、人形さん達が作ったシールドを一瞬で粉砕した。


 驚いたファナちゃんは攻撃に転じようとしていたが、オートマタの生物離れした不可思議な動きにより、二打目の準備が既に整っていた。


 無防備なファナちゃんの顔のすぐ傍まで刃物が近づきはしたが、間一髪で私はオートマタを吹き飛ばした。


「大丈夫、ファナちゃん」

「えぇ。怪盗Sといい、謎の物体といい、私も本気を出さないといけないようね」


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