第6話 アクアティカのギルド管理組合は懐かしい匂い?

「再度改めまして、おはようございま~~す!!」


 アクアティカのギルド管理組合の入口に着いたら、昨日の警備員さんが立っていたので私は挨拶した。


「おっ! 早速来やがったな。相方に背負われずに自力で来れたじゃねぇか……って、今日は相方が逆に気分悪そうじゃねーか」


        「うるさい……わね。あ、あたまに……ひびくじゃない」


「あれ? 今精霊が囁いた?」と誤認してしまう程の小声で呟くファナちゃん。どうやら昨日私がいない間に呑んでいた酒の量がキャパを越えたようで、朝起きたときにはグロッキーな表情をし、今では最終形態のような面構えだ。


 朝に至ってはフードを被ることさえ忘れており、店長には半獣であることを知られたが「英雄ならフードなんて被らずに堂々としてりゃあいい」と優しく声をかけてくれつつ、冷たいお水をそっと出してくれていた。


 アルハインもそうだが、ここアクアティカもそうだ。半獣人を嫌う人を見つける方が難しいんじゃない?ってくらいに良い人達ばかりだ。


 店長さんは、ご飯の振る舞いに、寝床の提供、更にはお風呂まで貸してくれた。

 出発する際にも「困ったら遠慮なく覗きに来てくれよ」とも言って送り出してくれた。


 甘えん坊の私は、ついつい直ぐにお世話になりそうだ。


「今日は歩いているから、入っても良いよね?」

「いや、昨日よりへばっているぜ、あんたの相方……まぁ、いいさ。あんたらの情報……もう入っているからな」


「えっ?!」

「アルハインから来た冒険者……らしいな?」


「ぎくっ?! もう身バレしている……」

「……だが、昨夜の飲み屋での騒ぎを静めた英雄とも聞いている。まぁ、この街に危害を加える気が無さそうなのは、わかったさ。はぁ、入りな。受付嬢があんたらを待っている」


 そう言って、進路を開けてくれた警備員さん。何だがRPGゲームみたいな展開で少し笑っちゃった。


 さぁ、この入口を通れば、新しい冒険や依頼クエストが溢れている。アルハインの名誉挽回にいざ、参らんっ!!


 ファナちゃんの手を引きながら駆け足で入口を掛けようとした。


        「やめて……シイナ……出ちゃうから……」


 出る? 鬼だろうと蛇だろうと、何でも出てきなさい! 私が嗅ぎ転がしてやるんだから!


 私はスキップ混じりに受付へと向かった。すると、私は自分の眼を疑った。


 受付に、アルハインの受付嬢のアーリエさんがおられるではありませんか。


「お待ちしておりました。ようこそ、アクアティカギルド管理組合へ」

「アーリエさんだぁ!!!」


 声もアーリエさんそのもの。間違いない、絶対にアーリエさんだ。


「ふふふっ。双子の姉から聞かせていただいてますよ、シイナさんに、ファナさんですね? 私は、サーリエです。いつも姉がお世話になっておりますって、あれ……シイナさんがいない?!」


 私はサーリエさんの背後に映る影に潜み、鼻だけを出してうなじや背中、脚の脇を嗅いでみた。確かに、アーリエさんと良く似ている匂いだが、微妙に違う気もする。私じゃないと気づかないくらいの僅な違い。


 まぁ、ソネルちゃんの変装も気づけなかったから、私の嗅覚スキルもまだまだ。日々精進せねば。


「どうしましょう……シイナさんがいないとご案内が……」


 オロオロするサーリエさんにある男性が声をかけた。


「サーリエ。E級の冒険者に背後取られてるようじゃ、給料upはまだまだ先だな」


 頭をかきながら、面倒くさそうな表情を浮かべている男性。身長はやや高いが、細身。多少の筋肉はあるのだろうが、ローガンさんのような鍛え抜かれた身体とは違った。


「組合長~、昨夜もお見かけしてませんでしたが、その格好だと、また洞窟かダンジョンで一夜明かしたんですか? 

「あぁ、またちょっと調べ物してたんだよ」


「もぉ……【ダンジョンの深夜徘徊は危険だから控えるように】と忠告している側のトップは貴方なんですよ?! 組合長がしていたら冒険者に示しがつかないじゃないですか!!」

「ははは……まぁ、良いじゃねか。ほら、アルハインの冒険者が来たんだろ?手続きの話ししてやってくれ。あ、それと、【あいつ】がいるアルハイン出身は重要度低めだけを斡旋してくれよ」

「もぅ、リレイ組合長! 出身どうので制限するなんてしませんからねっ!それと他の街のギルド管理組合長様を『あいつ』で呼ばないでください」


 サーリエさんから逃げる口実にされた私達。だが、リレイ組合長はアルハインや私達の事をあまり良く思っていなさそうな雰囲気を感じた。


「さっきの人って……」

「あの方はここアクアティカのギルド管理組合の長リレイ・マークフォルトさんです。先程からの無礼をお許しください、シイナさん、ファナさん」


「あぁ、いえいえ私達は全然気にしてないですよ~私達、ちょっと嫌われちゃってる……感じですかね?」


「いえいえっ! とんでもない。昨日の件も把握させていただいておりますし、アルハインでのご活躍も姉から聞き及んでおります。神獣や、ファナさんのお姉さまの事、そして呪われた玉座の件……大変お疲れ様でした」


「凄~い!! アーリエさんから全部伝わっているんだね。この街でも知ってくれている人がいると安心だよ~」


 その時、ガチャリと扉の開く音がしたかと思えば、先程のリレイ組合長がまた入ってきた。


「そうだ。言っとくがな、お二人さん。アルハインみたいな街からの情報は一切俺は信用しねぇからな。老眼ローガンの野郎の差し金かは知らんが、この街でギルド登録したけりゃ、俺の意見は聞いてもらうし、冒険者の階級に似合った無難な依頼クエストを斡旋するからな? 死なれて、老眼ローガンの野郎に貸しなんか作りたくねーからな」


 吐き捨てるように言いたいことだけ言って部屋を出ていったリレイ組合長さん。


「重ね重ねすみません……ファナさんも体調を崩されているのに……」

「あ、だからサーリエさんのせいでは……」


「シイナさんは姉から聞いていたどおりの方です。ファナさんの体調を治せずにいるのは、お供のスライムさんを街中で出現し辛いからでしょ?」


 あははは、バレてましたか。


 ライムちゃんが治癒を初めちゃうと、魔力を察知出来ちゃう人が「あれ、街中で強い魔力量を使用しているのは誰だ?」と不安がるかもしれない。


 ギルド管理組合の施設内であれば、誤魔化せると思い、保留していた。


 その事を見抜くとは、さすがアーリエさんの妹さんっ!


「でも……リレイ組合長さん、怒っていたし……」

「その点はご安心ください。この施設内の回復魔法の使用はどなたでもできます。シイナさんのスライムさんが回復魔法を使用する可能性もあったので、事前にリレイ組合長にも話しは通してありますよ」


 す……凄いっ!

 サーリエさん、超仕事出来ちゃう系女子じゃん!!


「でも困った人でしょ? リレイ組合長は『ローガン組合長さん』の話しになると不機嫌になるの。昔は『剣狂のローガン』に一番近い人物として『音忘れのリレイ』として有名だったの。良いライバル関係だったそうよ……」


 サーリエさんは少し寂しそうな表情を浮かべていた。ローガンさんを加齢による老視の『老眼』と呼ぶ当たり、2人には……いや、ひょっとしたら、リレイさんがローガンさんに対し何かしらの因縁があるのだろう。


 だが、モンスターである『ライム』ちゃんによる治療を裏で許可してくれている当たり、悪そうな人では無いことくらいは私にでもわかった。


「うっ……やっとスッキリしてきたわ」


 ライムちゃんの治癒により意識が回復したファナちゃん。遅くなってごめんね。ギルド登録の際くらい、意識がしっかりはしている状態でしたくて。


「それでは、アクアティカギルド管理組合に提出していただく資料がこちらになりますっ!」


 サーリエさんも、私達を歓迎してくれているのか、少しテンションを上げて申請書を掲げるように出してくれた。


「やっと、私達の目的に到着したわね。アクアティカで依頼を達成し、アルハインの汚名返上と行くわよっ!」


 ノリノリのファナちゃん。握りしめたペンを器用に回しながらポーズを決め、私の代わりに書いてくれようとしていた。


 アルハインの汚名返上、すなわち、お姉ちゃんであるラルディーリーさんの過ちを塗り替える事でもある。


 街に対するクリーンな印象が強まれば強まる程、ラルディーリーさんも少しは気が休まるだろう。


 だが、申請用紙を見たファナちゃんは、勢いが衰えフリーズしていた。


「ほ? どうしたの、ファナちゃん?」

「これは、安易に書けないわ……」


「え、何が?」

「困ったわよ、シイナ。この街のギルド登録申請書欄には【アレ】があるわ」


 こんな険しい表情のファナちゃんを見たことがない。鬼気迫る顔に圧倒された私。


 んはっ!…まさか、ギルド登録するのに登録料が必要……だとか?!


 これまで、支払いに困った事はなかった。ダダンさんの店で無料で飲み食いし、ファナちゃんの家で寝泊まりを繰り返してきた私に、金銭感覚なんてまともではなかった。


 金策……どうする。ギルド管理組合事務所内にある樽を手当たり次第に破壊……いや、来て早々、それは余りにも荒くれ者過ぎる。


 ど、どうすれば……

 唾を飲み込んだ私はファナちゃんに恐る恐る質問をした。


「アレ? ……アレって何?」

「……ギルド名を記載する欄よ」


 そう。私達にはギルド名が無かった。

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