第5話 居酒屋でオールは明日への活力の匂い?

をそかったじゃない!! あんたいつまで私をあたたせる気ぃ~?」


 店に戻ると、ファナちゃんはお酒で出来上がっていた。テーブルには空の瓶が数本転がっているではありませんか。


 私の帰りが遅いから、先にお酒を飲んでいたとのこと。ここアクアティカは海産物だけでなく、お酒造りでも有名な街だと、事前にダダンさんから教えてもらっていた。


 アクアティカは海だけでなく、酒造に適した川が山から幾つも流れており名実共に『水の街』の代表的な街だ。


「あんた~最近あたしのほとほったらかしにし過ぎじゃない~?」

「あははは……ファナちゃん呑み過ぎちゃったのかな? お酒の匂いがいっぱいするよ?」


「そりゃずっと、ずぅ~~~とあんたが待たせたからでしょ? 私、あんたと会いたいの我慢してたんだからね!! 古代詠唱こらいれーしょーとか古くさい技で遊んでないで、直ぐに迎えに来なさいよねっ!!」


 えっと。魔人さんと会わずに早く会いに来るべきだと仰りたいのですか?


 いやいや、古代詠唱を習得したからこそラルディーリーさんを止められたので、そこは許してください。


「ちょっと……私のはなしきーてる??」


 ファナちゃんは私の顔に近づき覗きこんできた。いやいや、もうこれ、キスする距離感なんですけど?!


 ってか、うっとりしながら私の眼見つめるの止めていただけません?! ファナちゃんも『ちゅうしてもいいよ?』みたいな雰囲気醸し出すの止めてくださいっ!


 本気にしちゃいますよ、私!!


「邪魔するぜっ!! 兄貴が声をかけた女を匿っている店はここか?!」


 扉を乱暴に開けたかと思えば、大声を出して騒ぐ男がやって来た。


 場は騒然となった。張り摘めた緊張感が空気を支配した。


「困るね、大声出すと周りのお客さんに迷惑なんだが?」


 事態を察したのか、奥から店長らしき男性がフライパンを握りしめたままやってきた。


「おめえが店長だな? 兄貴がお待ちかねなんだよ、さっさと女の子を出せよ!!」

「知らねぇな」

とぼけるんじゃねぇ!! 兄貴に恥かかせやがって……」


 騒いでいた男は床に魔法陣を発生させたあと、詠唱をした。光だした魔法陣から大きな熊型のモンスターが一体現れた。


「ちっ……うちの店をはなから壊す気で来やがったな」

「あたりめぇよ! 俺はC級冒険者の召喚士だ。血を欲しがる狂暴なモンスターなんざ、いつでも召喚し、いつでも隠せる。街の警備の野郎にはバレねぇのさ、ぎゃはははは」


 店長はフライパンで応戦しようとしていたが、力の差は明らかだ。


 この居酒屋には、魔法師であろう冒険者も何名かはいたが、街中で魔法の発動はこの街でも御法度なのだろう。騒動を気にしていたが手は出せない雰囲気だ。


 召喚士の男がモンスターを召喚した経緯も気にはなった。魔法陣も、魔法を詠唱する際に発生する形とは違い、独特の幾何学模様であった。恐らく、警備の眼を掻い潜る為の手法なのだろう。


 フライパンと巨大な熊型モンスター。


 どう見ても勝ち目は無さそうだ。


 そして、


 詠唱方法も凄く独特な匂いがしたし、出てきた熊さんも生き物の匂いがするんですけど!!


「さぁさぁ! 兄貴をコケにしてくれた代償、きっちり払ってもら……」


 今まさに暴れようとした時、酔いつぶれたファナちゃんは魔法を発動し、水系魔法のアクアボールを当てようとしていた。


「うっさいわね~~覚悟なしゃい。ヒック」


 が、酔っている為、狙いが逸れてしまい、頭上へと飛んでいった。



「ははは!啖呵を切って攻撃した割には外れてるじゃねぇか、あはは……」


 ファナちゃんは酔いがMAXになったのだろう。操作していたアクアボールが突如頭上で止まり、球体としての維持が困難になったのか、浮いていた水がいっきに落下した。


 結果として、召喚士は攻撃こそ免れたが、ずぶ濡れになっていた。


「ゆ……ゆるさねぇ!! やってしまえ、バトル・ベアっ!!」


 召喚士の合図のもと、熊型モンスターのバトル・ベアは爪を磨ぎながら、眠りこけたファナちゃんに向かって飛びかかろうとしていた。


「はいは~い! ここはお店の中だから暴れないでね?」


 私は影の鎖を出現させ、バトル・ベアの足を拘束した。突如現れた鎖になす術なくその場で倒れこんだ熊。


「あまり、派手な技を使うと街の警備の人とかに怒られそうだから……こっちにおいで熊さん?」


 私は戦意喪失しているバトル・ベアの頭をさすさすした。すると怯え震えていた熊さんは正気を取り戻したのか、強張っていた口元が弛み、落ち着きを取り戻した。


「凄ぉ~い。意外と毛並みは柔らかいんだね~ははは、舐めないで、くすぐったいよ~」


「嘘……だろ、モンスターを懐柔させたのか」

「あ、うん。私、こう見えてE級冒険者でテイマーなんだから~。えへへ~E級だよ、凄く頑張って昇格したんだから~」


「い、E級だと?! いやいや、バトル・ベアはC級冒険者でも勝てない狂暴なモンスターだぞ? E級テイマーが操れるわけが……」


 しかし、召喚士さんの前にはバトル・ベアの姿が。大きな牙の隙間から涎が垂れており、あからさまに敵意を剥き出しにしていた。


 召喚士は慌てて魔法陣を解除し、召喚したての熊さんを消し去った。


「お、覚えてろよ!!」

「その言葉、本当に言う人いるんだね~、うん、忘れるまで憶えておく! また熊さんと遊びたいから出してね~?」


 召喚士が逃げ去り、元の平穏な空気に戻った。


「凄いぞ、あのE級冒険者……テイマーらしいが段違いでヤバいぞ?」

「いいぞ、嬢ちゃん!! 良くやったじゃないか!!」

「フードを被った泥酔ねーちゃんの水魔法も良かったぜ!!」


 大きな歓声とともに私やファナちゃんに対し称賛の言葉が送られた。


「すまねぇ……な。店を護ってもらって。あんたら、名前は?」

「私は香山椎菜で、アクアボールを出したのが、ファナちゃん! 2人ともアルハインから来たんだよ?」


「アル……ハイン? 謎のモンスター事件で騒ぎになっている、例の街から?」


 場の雰囲気はいっきに変わり、皆警戒するような視線をこちらに向けてきた。余程、イメージが悪いのだろう。


 私はアルハインで起きた事件は、神獣が近くまで接近したことによるモンスターのスタンピードが原因だと説明し、神獣も他のモンスターも片付きましたよと報告した。


「神獣を……人間が収めた?」


 次の瞬間、大笑いされた。


「あはははは!! ソイツは嘘でもなかなか口に出来ないさ、大した強心臓だよ、嬢ちゃん!! さぁ、今日は呑もう、騒ごう!! なぁ、マスターも良いよな?!」


「あぁ、勿論さ。好きに喰え。今からお代は取らんっ。それに、2階は個室もある。アクアボールのねーちゃんは寝ているようだから、2階で寝かしてやんな」


 店長のお言葉に甘え、今夜は居酒屋で一夜を明かすことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る