第4話 アクアティカ産の海産物は最高の匂い?

「お……美味しぃ~!!」


 食文化が強みの街はいつだっていい匂いで溢れている。目の前には、私の顔と同じくらいの海老が此方を見ている。いや、睨んでいるのかもしれない。


『貴様に俺が喰えるか?』と。


 だが、その表情とは裏腹に、私の顔は祝福を受けている最中かのような弛みを見せている。口からは滴る涎さえユルユルだ。


 海老さんだけじゃない。貝さんだって規格外だ。噛めば噛むほど汁が溢れ出す。いつまでも咀嚼していたい気分にさせてくれる。


 ギルド管理組合を出た私達は、宿屋を探そうとした時に、この大衆居酒屋のようなお店の前を通ろうとした。だが、くたくたの私達は空腹を満たすために入ったというわけだ。


「あんた、やっと回復してきたじゃない。万能ヒールだなんて、馬鹿げたレベルのマナ消費する技は、洞窟やダンジョン内では使わないでよね。アクアティカの入口付近だったから助かったようなものよ?」


「ふっふっふ~。ライムちゃんも起きたからもう怖いものはないよ~。それにうり坊のう~ちゃんもまだ眠っているみたいだから大丈夫大丈夫~」


 完全お気楽モードで食事を堪能しているとき、ライムちゃんはある人物を見つめ少しだけ威嚇をしていた。


「どうしたの、ライムちゃん」

「キキュ……」


ライムあんたはモンスターなんだから、認識阻害率を高めていないと、店の人にバレるわよ~」


 スプーンの先を指揮棒のようにくるくるさせ円を描いている。美味しい料理にご満悦のようだ。いつもより無邪気に頬張って食べるファナちゃんの姿はずっとこのまま愛でていられる。


 ……が、それは後のデザートとして置いておくとしよう。ライムちゃんの様子も気になる。


 私はライムちゃんの見つめる先に目をやると独りの少女が食べていた。


「あっ!!」


 私は気づいた。 向こうに座ってご飯を食べている少女。彼女のアイテムストレージから1つの小瓶が顔を覗かせていた。


 飲めば元気万倍ぃ!! 眠気も吹き飛ぶ爽快感で3日間は起きていられる受験のお供!


 あらゆるバフ効果を液体に染み込ませた、異世界のドーピング!!


 その名も【シイナールZ】


 正式名称、オメガポーションが見えていた。


 嗅覚スキルを駆使して嗅いでみると、あの少女付近から確かに私の匂いが仄かにだがした。恐らく彼女の持っている瓶からだろう。迷い込んだ洞窟でファナちゃんのドッペルゲンガーさんに渡した瓶だとすれば……


 あのはファナちゃんのドッペルゲンガーさんと何らかの関係性が……ある?


「ねぇ、君独りかい?」


 独りでいるあの娘に話しかける人間が現れた。酒とグラスを持ち、彼女の前に立っている。


「誰……あなた?」

「俺は『オールナイツ』っていうギルドに所属しているカイエンさ。『連撃のカイエン』って呼ばれている。君独りなら俺と一緒に呑まない? 君フード被っているけど、凄く綺麗な声してんじゃん」


「呑むのは……いい。先に店から出て……くれる?」

「ぇ?! いきなり2人っきりかい?! あはは、OK、オーケイ! モテる男は辛いなぁ~」


 少女に声を掛けたカイエンと名乗る男は嬉しそうに、独り先に店の外へと向かった。


 その時だった。


 少女は慣れた手つきでカイエンのアイテムストレージからハイポーションを盗んでいた。


 正直、視力強化のバフをかけている私でさえ、一部始終を視るのは不可能だった。無駄のない洗礼された動きにより、事を済ませた彼女。そして、音も立てずに姿を消した。


 私も慌てて席を立つ。


「シ、シイナどうしたのよ?!」

「……あ、ごめん。ちょっとお手洗い的な感じかな~すぐに戻るからね~」


 私はファナちゃんを店に残し、店から出た。カイエンと名乗る男が出たのは正面入口。そして、この店にはもう1つ小さな入口が店内左奥にもあった。


 私は自分が作った【シイナールZ】の匂いを辿り追いかけた。やはり店内左奥から少女は姿を消しつつ出たようだ。


「キュキュッ?」

「大丈夫って?! うん、大丈夫だよ。どんなに姿を消そうが、匂いを消さないと私からは逃げられないんだから」


 私はアクアティカの街の裏路地を知らない。アルハインの街に比べだいぶ入り組んでいたが、匂いを辿る事で少女が通ったルートを完璧に把握していた。


「いた……さっきの娘。ちょっと待って!」

「……」


「さっきの声、貴女の本当の声じゃないよね……あれは『ファナちゃんの声』だもん。それに、そのポーションは私が作ったオメガポーション。貴女……なんでしょ?洞窟の中で出会ったファナちゃんのドッペルゲンガーさんは?」


 私の呼び止めに対し、足は止めてくれた。


「並みの観察力じゃ……ない。貴女は?」

「私はシイナ、香山椎菜だよ。貴女は?」


 私が質問したとき、彼女は振り返り此方を見て答えてくれた。


「私は……ソネル」


 声ももうファナちゃんの声じゃない。恐らく彼女の本当の声だろう。


 ってか、声可愛すぎる声なんですけどぉ!! まだお名前しか聞いていない。だけど、ソネルちゃんの声は透明感があり、全てが柔らかく聞こえた。


 まるで森林の中で小鳥の囀ずりを聴いているかのように心地いい声。少し身構えようとしていた私の身体は脱力していた。


「ソネルちゃん!! 凄くいい匂いがしそうなお名前っ! 」

「………」


 ……はっ?!

 しまったっ!


 ついいつものノリで絡んでしまっていた。ソネルちゃんはジト目でずっと此方を警戒しているではありませんかっ!


「いやいや違うんですっ! 私は荒手のナンパ師でもなければ、如何わしい事を企む変態なんかではありません。声をかけたくて匂いを便りに後ろから追いかけてきた、ただの匂いフェチなだけです」


 私は身の潔白を高らかに主張した。逃げも隠れも致しません。包み隠さずさらけ出しただけです。


 少々早口ではあったが、説明するとソネルちゃんはジト目の表情を崩さずこう言った。


「それどう見ても救いようのない……変態さん」


 ぐさりと突き刺さるお言葉を頂戴しました。あのファナちゃんでさえもう少しオブラートに包んで表現してくださいますよ?


 フードで髪型まではわからないが、碧色の瞳は疑いの目で見ていた。


「ソネルちゃんだよね?洞窟内でファナちゃんの変装をして、私からオメガポーションを盗んだの。それに居酒屋でもポーション盗んでいたよ」


 私が再度そう尋ねると、ソネルちゃんはフードを深く被り少し低い体勢を取った。


 攻める体勢なのか、それとも逃げる体勢なのか。どっちでも対応可能な体勢であり、隙がなかった。


「だったら……何?」

「駄目だよ、ポーション飲み過ぎたら」


「えっと……だから」

「だから、駄目だよ【一度に大量に飲んだら】身体壊しちゃう。大量に飲んじゃう私が言うんだから間違いないよ、副作用でバーサク状態になったり、たまに幻聴が聞こえたりするからね」


「奪い返しにきたんじゃ……ないの?」

「うん、私が作ったポーションだから、欲しかったらあげるよ。用法用量は守って正しく飲んでね。飲み方は、腰に手を当ててグビグビ飲むと気持ちが良いよ!!」


「シイナだっけ。貴女は他の人より変な人だと……わかった」

「へ、変じゃないよ?! ちょっとだけ匂いフェチなだけで普通の人間だよ。ソネルちゃんは、ポーション・ドリンカーさんとか?!」


「ポーションは高値で売れるから盗んでただけ。私は嘘や偽り、レアなアイテムが好きなただの……収集家」


 気づけば目の前いた筈のソネルちゃんは姿を消しており、向かいの建物の屋根の上に立ってきた。


「えっ?! いつの間に?!」


 驚いた私を見てソネルちゃんは被っていたフードを脱いだ。


 解放された髪はいっきに拡がった。腰付近まで伸びた銀色の髪が風で靡いていた。頭には小さな古いティアラがちょこんと乗っていた。


 そして、何より耳だ。私と同じ位置くらに耳はあるのだが、少し尖った印象がある。


「も、もしかして、ソネルちゃんって……」

「私は……ハーフエルフ」


「ハーフエルフさん?! 初めてみたぁあ!! お耳可愛いっ~!!目も綺麗……あぁ、嗅ぎたい、今すぐソネルちゃんを嗅ぎたいっ! 降りてきてください」


「驚いた。シイナからはハーフエルフの私を蔑む感情が感じ……ない。変な……ひと」

「蔑む? ソネルちゃんは何を言っているのかな。私がソネルちゃんを嫌う理由なんてないよ。今は興味しかござらんっ!」


 鼻息荒く力説している私に対し、ジト目で此方を警戒するソネルちゃん。


「他種族に興味ある人間、初めて……見た。『シイナ』ね、覚えて……おく」


 そう言って、ソネルちゃんはまた行方を眩ました。


 嘘や偽りが大好きなハーフエルフのソネルちゃん。きっと、彼女は何かしらの能力でファナちゃんに擬態し、声も真似たのだろう。


 そして、私も彼女に対する興味が尽きないのは『そこ』じゃない。


 ファナちゃんの匂いさえ再現していた点だ。


 匂いの再現はライムちゃんでも何とか出来るが、それは特定の匂いを『再現するだけ』に留まっている。


 ソネルちゃんは違っていた。ファナちゃんの匂いを再現し、動く度に常に微妙に変化をさせ、匂いをコントロールさせていた。


 匂いフェチの私でさえ、ファナちゃん本人だと誤認する程の再現力だ。嗅ぎ間違えるのはこれが初めてだった。


 偽りが好きだと明言していたが、ファナちゃんの匂いをコントロールさせながら声や格好まで真似るだなんて……


【偽るセンスが桁違い】だ。 


 私の『くん活』心を擽った。


 いったいソネルちゃんの本当の匂いってどんな匂いがするのだろうか……


「ソネルちゃん……か。また会えたらいいな」


 私は彼女が消えた場所を眺めた後、ファナちゃんを待たせている店へと戻った。


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