第3話 アクアティカギルド管理組合は辛口な匂い?

 潮風の匂いが私の心を何度も刺激する。今となっては遠く離れた現実世界。その時に嗅いだ海の匂いと、この世界の海の匂いは全く同じだった。


 カモメも大空を行き交い、木製の舟の先に留まり、おこぼれの魚を貰おうとしている個体もいた。


 目の前には大海原が拡がっており、照りつける陽射しが反射して目を細めてしまう程だった。


「やっと辿り着いたね~! 海賊の王を目指したくなる気持ちわかっちゃう気がする~」

「あんた、賊の王になりたいの? 意外だわ。あんたはモンスターの農場経営がお似合いよ」


「金銀財宝を目指して、未知なる旅に向かう。冒険者心をくすぐるよ、賊の王って」

「いやいや、賊の王だったら、そんな夢物語じゃなくて、他人の物を盗むのがメインでしょ? あんたは馬鹿だけどお人好しだから合わないわよ」


 ははは、ファナたんから褒められちゃったぞ! そうそう、私はお人好しの権化ごんげ。私が他人様の物を取るわけが……


 取るわけが……


 ん?


 私、思い出す。


 この世界に来て早々、アルハインの露店主に「おじさん、小玉借りますね~。あと、店の横に置いてある樽の中とか、壺の中を見せてもらっても良いですか?」と言いながら、壺を破壊してでも、ありったけのGゆめをかき集め……ようとしていた事を。


 魔人さんの時もそうだ。


 ヘカティアちゃんと壺を見つけた時に、


「『いかにも怪しいですよ』って雰囲気の大きな壺があるよ。もしかして、あの中にお宝が潜んでいたりして?! 壊しちゃう?!破壊しちゃう?!粉砕しちゃう?!」


 と、豹変していたような……


『記憶にございません』と政治家のようにしらばくれたいが、私は嘘をつくのが上手くはない。


 記憶にしかございません。


 私って、もしかして実は賊がお似合いなのだろうか。今度ヘルメス君に会ったら一度相談というか、カウンセリングを受けても良いのかもしれない。


「何よ、どうしたのよシイナ。いきなり海見ながら、しゃがみこんでしまって」

「いいの……私いまセンチメンタルというか、転職の悩み中だから」


「転職? やめときなさい。お姉ちゃんときもそうだったけど、職業ジョブが変更されると人生が狂うことだってあるわ」


 ファナちゃんがそれ言っちゃうと私も困る。ラルディーリーさんは、転職により力は得た。しかし、引き換えとして身を犠牲にして、危うく死にかけた程だ。


 生死の境を幾度なく越えた彼女だからこそ、私にこう言った。


『嗅ぎたくなったら私の元にいらっしゃい』と。


 転生者である私に帰る場所がある。ラルディーリーさんは私の立場を按じて提案してくれたのであろう。


 ファナちゃんの傍にいることも許してくれた。


 そう。私とファナちゃんの関係は親族公認の仲なのだ。私が影に潜み、いくらスカートの中を覗こうが、嗅覚スキルをカンストさせ、少し離れていてもバレずに全身を嗅ぐことも、あまつさえ、そよ風程度の春疾風を使用し、匂いを私の鼻まで運ぼうとも、


『お咎め無し』なのだ!

 親族公認の仲だからだ!!


 私は最早敵無し。この大海原を旅する前に既に嗅覚の王なのであるっ!


「あんた、いつまでボラードに片足乗せてかっこつけてるのよ、早くギルド管理組合に向かうわよ」


 なっ……、ファナちゃん。海を見ながら片足を乗せてかっこつけるのは、港町に旅行に来た際にやりたい事ランキングの上位に食い込むイベントなんですけど?!


 ってか、船を固定するキノコみたいな突起物、『ボラード』て言うの?! 博識過ぎて惚れちゃうんですけど!! 容姿端麗、博識でいい匂いがするA級冒険者とか、引く手数多じゃないっ!!


 ファナちゃんさえいれば大丈夫だ。アクアティカのギルド管理組合に着いても、歓迎されること間違いなしだ。


 私でさえそう思う頃がありました。安心したままファナちゃんにおんぶの続きをしてもらい、組合事務の入口までやってきた。


「帰りな、じょーちゃん達」


 えっ?!


 ギルド管理組合の入口付近で、私達の事を見るなり呼び止められた。見た感じ、ギルド管理組合の入口を護る警備員さんだろう。


「どういう事ですか?」


「ここは依頼クエストを扱う重要な機関。体調が万全ではない者の入館は堅くお断りしている」


 ファナちゃんにおんぶしてもらっている私を見て警備員さんから注意を受けた。


 「……私が原因?! た、確かに『ばんの~ヒール』で疲れているだけだよ?!」

「……何、【晩のビール】で酔い潰れている?……だと?! 余計に入館は許可しない!! さっさと立ち去れっ」


「シイナっ! あんたが慌てて説明したから……呑んだくれと間違えられちゃうじゃない。門番に【万能ヒール】が【晩のビール】に勘違いされちゃったじゃないっ!!」


 いやいや、ファナちゃん!

 威圧的に近づいて来たから、焦って説明しただけです。滑舌が悪いからって、あそこまで入館を拒まなくてもいいじゃない……


 それから、私達は何度か入館を試みたが、いくら早く動いても、警備員さんは私達の行く手を阻んできた。


 速度強化のバフ系魔法で強化すれば、進入することはできるかもしれないが、ここで魔法を詠唱すれば牢屋行きまっしぐらの可能性がある。


 私達は、アルハインから来た余所者だ。ここで騒ぎを起こせば、アルハインの印象を更に下げてしまう。


「わかったわよ、明日出直すわ」

「怪しい君達は、宿は取れているか?」


「宿~? これからだけど~?」


 私がそう答えると、頑なに入館を拒否していた警備員さんが教えてくれた。


「最近、この街でスリ事件が多発しているから気を付けろよ」と。おじさん曰く、スリの手口が鮮やか過ぎるらしく、誰も取られた事に気づいていないらしい。


「引ったくりじゃなくて、スリなんでしょ?! 気づかれないモノじゃないの?」


 ファナちゃんが聞くと、おじさんは得意気に答えた。


「甘いな、フードのねーちゃん。スリに遇った被害者の多くは『冒険者』。しかもランクが、B以上の者も多数いるのさ」


 冒険者は大まかなランク分けをされいる。B級冒険者より上は『上級』として扱われ、制限無く依頼クエストを請けることができる。


「それって……」


「あぁ。フードのねーちゃん。あんた恐らくA級あたりだろ? 貴重な品には十分注意しろよ?」

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