第2話 猪突猛進はお日様の匂い?

「着いたぁ~~」


 両手を拡げ喜んだ私。目の前にはそびえ立つ立派な外壁が。


「あ、あんたねぇ……『街の匂いがするよ』とか言って、いきなり背丈程の草をかきき分けて来たら、アクアティカの街の外周の壁じゃない!! 入り口は反対側よ、ハンタイガワ!!」

「でも、ほら~。街の良い匂いを辿って無事に目的地まで来れたじゃない」


「あんたが、道なき道を選んでくれちゃったお陰で、モンスターとエンカウントしまくりなんですけど?! 何、あんた『カルネージ』に入りたいわけ?」


 そう。モンスター撲滅派団体『カルネージ』は、モンスター調査団体として再スタートをした。アルハインのギルド管理組合長のローガンさんが役員として兼務されているので、今後の活動は安泰だろう。


 ヘカティアちゃんは、私達の新たな拠点捜しに奔走してくれている。鶏冠とさかさんやサーペント大じゃん等大型の仲間が羽を伸ばして暮らせる場所を見つけようとしてくれている。


 何て言ったって、ヘカティアちゃんは住居捜しのプロだ。廃城に廃屋敷と、超大型良好物件を見事に抑えて来た確かな実績がある。


 更新料なし、仲介手数料もなし。

 初期費用が浮くような物件を抑えてくれること間違いなしだ。


「カルネージはローガンさんがいるから、大丈夫だよ。人類最強なんだから」

「最強と言えば、あんたのその方向音痴スキルも中々に最強よね。歩けば、高確率でBOSS級モンスターと遭遇しちゃうんだから」


「んぇ?! さっきの猪さんBOSS級だったの?!」


 茂みを掻き分けて歩いている際に、遭遇したのは【ワイルド・ボア】と言う猪型モンスターだそうで、その群れを率いるBOSSだったらしい。


 大きなお鼻がチャーミングだったので、影の沼を発生させて足止めしながら観察していたら、猪さんは気絶してしまっていた。


「あんた、影の扱い方がお姉ちゃんに似てきているわよ」と忠告されてしまった。


 いやいや、何を仰いますか、ファナたんよ。私はラルディーリーさんのように無慈悲な鉄槌を与えるほど怖くはありませんよ。


 影の使い方はちゃんと心得ております。


 影に潜んで、普段のファナちゃんの姿をこっそり観察したり、影越しにファナちゃんのくるぶし付近を嗅いだりしているだけですよ?


 何と健全的な使用方法なのでしょう。


 しかし、ワイルド・ボアを気絶させてしまったので、先程から私たちの後ろを、とあるモンスターがずっとついて来るのです。


「うー」


 ワイルド・ボアの幼体。そう、猪のウリ坊が1匹、私達を追ってきているのだ。


 親の仇を取ろうとしているのだろうか。精一杯の突進を私達にしてくるのだが、幼体なので、ウリ坊ちゃんが弾き飛ばされては転がっている。


「うー」


 ……。

 きゃわわ!! どうしよう、そんな円らな瞳で見つめられたら私石化さしちゃうんですけど?!


 可愛い顔してる癖に、小さな鼻で息を荒くしながら再度突進してきたウリ坊ちゃん。そんな悪い子は、お姉ちゃんが抱きしめて、懲らしめちゃうんだからね!!


 くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかっ!!


「んはぁ~、お日様の匂いがしゅる~~えへへ」

「ちょっと!! あんたが急に嗅ぐからびっくりして気を失ってるじゃない……って、あんた何やってるの?!……まさか」


「全ての穢れをこの聖なる光をもって、汝を癒したまえ。万能ヒールっ!!」


 アクアティカの街の城壁横に、巨大な聖なる光の魔法陣が姿を現した。全てを癒すこの光は全知全能の光。


 神々しい光に包まれたウリ坊のうーちゃんは、ゆっくりと身体が宙に浮いていた。


「……はぃ? いやいや、万能ヒールはお姉ちゃんの暴走やヴァンパイアの瘴気さえ消した、最高の技じゃない!! それを、見ず知らずの猪型モンスターの仔の気絶を治す為だけに使用す……えっ?!」


 そう。私は体内にあるマナの殆どを使用し、万能ヒールを詠唱した。


 私のレベルが上がったからだろうか。ウリ坊のうーちゃんの身体が宙に浮いているのだが、その周りに、羽の生えた天使の子がラッパを吹きながら大空へゆっくりといざなおうとしていた。


 ウリ坊のうーちゃんは朗らかな表情をしたまま眼を閉じ、ゆっくりと浮かんでいく。


『僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……』と言わんばかりの優しい眼だ。


「こら!こら!こら! あんた、レベルがあがって、いよいよ技の威力上がってるじゃない!! 治すどころか、天使が死後の世界に連れて行こうとしてるじゃない!!」


 ファナちゃんの大声により、天使さん達はびっくりしてお空へと消えていき、ウリ坊のうーちゃんの身体も、お空からゆっくりと降りてきた。


「親方っ! そらから女の子うーちゃんがっ!」

「誰が『親方』よ。勝手にギルドのリーダーにしないでくれる?」


「……え? ファナちゃんが、リーダーだよ?!」

「……はい?」


 ファナちゃんは、慌ててギルドの申請書を取り出し、紙に穴が空くぐらいに見つめていた。


 申請用紙を持ちながら震え始めたファナちゃん。まるでライムちゃんのようにプルプル震えていた、ぷるぷると。


「ちょっと!! 情報だらけで頭の整理が追いつかないわよっ! なんで、私がリーダーになっているのよ!! 聞いてないわよ?!」


 ふふふ、どうやら気づいたようだね、ファナ隊長。ローガン組合長が『他の街へ行くなら、Aランクのファナ君をリーダーにした方が何かと動きやすいかものぅ』って呟いていたから、アーリエさんにお願いして、変更届けを出しておいたのサ!!


 えっへんと威張りながら『ほめてほめて』オーラを出していたのだが、何故か頭をしばかれた私。


「うぅ……頭いた~い……」

「当ったり前でしょ!! あんた気絶したチビモンスターに大量マナを使用してまで、最上級治癒魔法を派手に決めちゃってどうするのよ……」


「えへへ~ごめんね……」


 結果、クタクタに疲れた私をおんぶしてくれたファナちゃん。私の頭には眠りこけたライムちゃんが、そして、うり坊のうーちゃんはファナちゃんの腕の中ですやすや眠っている。


「懐かしいね」

「そう? 何だか、あんたがいつもトラブル起こしてくれちゃっているから、毎度背負っている気がするわ」


「ううん、そうじゃなくて。2人っきりで冒険するのが」

「……あんたが居なきゃ、今頃この世界はモンスターの数が激減していただろうし、私もこんなにお喋りしていなかったと思うわ」


 私は後ろからファナちゃんをぎゅっと抱きしめた。ファナちゃんも私の手にそっと手を乗せてくれていた。


 私がファナちゃんの事を誰よりも慕っていることが少しでも伝わっていたらいいな。


 アクアティカの街の入口も見えてきた。少しだけではあったが、2人っきりのくっついている時間はどうやらもうすぐ『おしまい』のようだ。


「さて、着いたわよ」


 ファナちゃんの背中に揺られ無事にアクアティカに到着っ! 洞窟に迷い込んだり、ファナちゃんのドッペルゲンガーにオメガポーションを渡しちゃったり、ワイルド・ボアさんを倒しちゃったりと、いろいろ遇ったけれど。


「やったぁ……ん?」


 入口付近の立て札を見て気づく私達。


【街へモンスターの同行禁止】の文字がデカデカと記載されていた。


 ヤバい。忘れてた!!

 ですよね、そうですよね??


 アルハインの街ではギルド管理組合長がローガンさんだったこともあり、何とか誤魔化してくれたりしていたけど、流石に違う街ではそうも行きませんよね?


 だからヘカティアちゃんが鶏冠さん達を連れて、新しい新居探しをしてくれているんだった!


「どうするシイナ。門番は1人みたいだし、交渉してみ……あれ?」


 私はファナちゃんの影へと潜りこんだ。


 ネクロマンサーの技【影わたり】。術者が影に潜み行動する移動系の特殊魔法だ。ラルディーリーさんを止める時にも使用した、あの技だ。


「じゃあ、私はファナちゃんのくるぶしを嗅……姿を消しているから、入口よろしくね」

「何が『よろしくね』よ。さっきからとんでもない技ばっかり使用して……この世界を救った影の英雄って自覚ないんじゃない?」


 ファナちゃんの切れ味あるツッコミをありがとうございます。


 私からすればラルディーリーさんを止めた事は当然のことであり、影の英雄で言えばラルディーリーさんが該当するだろう。独りでヴァンパイアの呪いと格闘し、スタンピードの被害を未然に防いでくれていたんだから。


 それに、ローガンさんもそうだ。一振で神獣2体を制圧したあの剣技。


 2人の活躍があってこそ、今の私達がいる。歴史には残らないが、私達の記憶にずっと残り続けるだろう。


 私大空を見上げながら、柄にもなく世界の事を考えてしまった。


 ぼーっと眺める。そして私の視界には、ファナちゃんのスカートの中の世界が拡がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る