【第ニ章 消された種族と封印されし秘宝】

第1話 新たな道のりでドッペルゲンガーの匂い?

 洞窟内には水溜まりが点在しており、走る度に足音がピシャリピシャリと響いていた。


「無人の洞窟なのにトラップがあるのは……厄介」


 ボソリと呟いた少女は盗んだティアラを頭に乗せたまま、罠を掻い潜り出口へと向かっていた。



ーーーー



「ふ……ふざけるんじゃないわよ!! あんたまた始めちゃうつもり? あったまん中どうなっているのよ!!」


 走りながらも私を注意するファナちゃんは流石である。


「だって、体力が減ったらポーションを飲むのは当然だよ。冒険者の嗜みなんだから!『基礎を忠実に実行する』なんせ、私はEランク冒険者なんだから~」


 そう。私は晴れてFランク冒険者を卒業した。私の活動が評価されたのだと手放しで喜んでいたのも束の間、街の超お偉いさんから『街中でモンスターを飼育されては困る』と苦言を呈された。


 彼の話曰く、近頃アルハインの街のイメージが極端にダウンしているらしい。


【モンスターに占領された街アルハイン】と。


 確かに、存在外の一件で謎の生物がアルハインの街に潜んでいるという不安感は払拭しきれていない。


 実際は、ラルディーリーさんは改心しており、存在外を使って襲うなんて事は今後起きないのだが、1度定着した負のイメージを払拭するには大変な労力を要する。


 その為、私達はアルハインの街を飛び出し、アルハインの印象調査及び、改善をしなさい!という重要な依頼クエストを頂戴し、次の街へ向かっている最中であり……


 現在はとある洞窟内にいる。


「このポーション新商品なんだよ、カシス味なんだから~」

「味なんて聞いてないわよ"! いっき飲みするなって言っているの。あんたこれで何本目よ!お腹壊しても知らないんだからね!」


 私の体調を気遣ってくれるファナちゃん。本当に優しい子だ。ラルディーリーさんとの大事件が落ち着いて以降、私に対し『デレ100%』で来てくれるかも! と淡い期待をしていたが、現実はそう甘くはなかった。


 今まで通りのツンな対応をされる。以前と変わらないごくあり触れた日常だ。


 私が望んだ世界だ。ファナちゃんの隣にさえキープ出来ればそれ以上はもう望まないさ。


「ありふれた日常に……乾杯」

「な~~にが呑気に『乾杯』よ!! あんたポーション呑む口実が欲しいだけでしょ!! 亜種ライムが機能しないからって、ここぞとばかり暴飲しないでくれる?!」


 そう。ファナちゃんのご指摘通り、ライムちゃんは今は爆睡状態なのである。


 洞窟内で、スリープスカンクに遭遇してしまい、催眠効果のあるガスをお尻から出してきた。


 私とファナちゃんを護ろうとライムちゃんは覆ってくれたのだが、ライムちゃんは睡眠状態になってしまった。


 これ以上、眠らされてはピンチだと感じた私達は、眠ったライムちゃんを抱き抱え、逃げているというわけだ。


「ライムちゃん、すぐに起きてくれたらいいんだけどなぁ~」

「あんたねぇ、亜種ライムに頼りすぎよ? 覚醒薬とか万能薬とか持ってきてないわけ?」


「うん、だってライムちゃんいるし……」

「甘いわよっ! あんたEランクに昇格したんでしょ?」


 走りながらに説教される私。そうだよね……次からは、ドリンクタイプの覚醒薬か万能薬作れないか、探ってみるよ。


「あと1つ質問していいかしら?」

「うん、いいよ~」


「ここ……何処よ?」


 ファナちゃんからの質問に時が止まったかのように無音になった。


「ここ……何処だろうね、うへへ~」

「『うへへ~』じゃないわよ"!! あんたが、『道案内は大丈夫。魔人にも迷わず会えたんだから』と豪語していたから先頭を任せたのよ?」


 そう。私達は、海の見える街アクアティカを目指して移動していた。アクアティカは以前ダダンさんが美味しい海の幸を仕入れてくれた街である。


 次の目的地はアクアティカ。アクアティカのギルドを管理している事務所へ行く為にアルハインの街を出発したのだが、


 気がつけば、私達は何故か洞窟内にいたのだ。


「あんた、テイマーなんでしょ?! あんな奴すぐテイムしちゃいなさいよ。スカンクなんて瞬殺でしょ?」

「たぶん、無理だと思う~」


「えっ……どうしてそう思うのよ? 諦めの悪いあんたが、白旗あげるだなんて珍しいじゃない。歴史には残らないとはいえ、あの『お姉ちゃん』を止めた唯一のテイマーなのに」


 そう。ファナちゃんの発言のとおり、ラルディーリーさんの件や、神獣2体を一撃で制圧したローガンさんの功績は全て『無かった事』になっている。


 ラルディーリーさんを殺してしまったり、神獣を討伐しちゃえば、何かしらの歴史に名を残しちゃう事になっていただろう。


 だが、ラルディーリーさんが呪われてまで、独りで陰ながら頑張ってくれていた事実をねじ曲げてまで、私は歴史に刻みたくはない。


「諦めた理由? それは簡単。私が催眠効果のあるガスの匂いを嗅ぎたいと思っちゃうからだよっ!えっへん」

「何が『えっへん』よ。聞いて損したわ」


 呆れ顔のファナちゃんは猫の人形を操り、黒い煙幕を発動させていた。


「ほら、早く逃げるわよ」


 私がガスクラウドの煙幕を出す前にファナちゃんが発動してくれた。


 さすが、A級冒険者様だ。旅のイロハを心得ていらっしゃるじゃないか。


 だが甘いね、ファナちゃんよ。視界を遮るという事は、私の特性ポーションを飲む隙を与えているのと一緒だ。


 アイテムストレージに入れている秘伝のポーションを飲もうと取り出したときにファナちゃんの声がした。


「ごめん……怪我したから私にくれる?」


 私の耳元で囁かれた。


「えっ……あ、うん、いいよ~」


 私は伸ばしてきた手に渡すと、すっと何処かに消え去った。数秒後に煙幕が晴れた。


「ごめん、シイナ。スリープスカンクを巻く際に遠距離攻撃くらっちゃったわ。悪いけど私にもポーションわけてくれる?」

「えっ……何言ってるの? さっき……渡したよね?オメガポーション」


「はい?! 受け取ってないわよ。幻惑でも見たんじゃない?!……えっ、もしかしてオバケが出たとでも言いたいわけ? ヘカティアに忠告したのに……」


 いやいや、幻惑でもゴースト族でもない。実態のある手に渡した。それに、匂いに敏感な私が嗅ぎ間違う筈がない。


 私が渡したファナちゃんの手は確かに……


【ファナちゃんの匂いがした】


 だが、ファナちゃんが嘘をつく筈がない。私に遠慮して、誤魔化そうとするときの匂いは私は把握済みだ。


 今のファナちゃんからは嘘の匂いはしない。


 じゃあ、私が煙幕の中で渡したファナちゃんは、いったい……


『誰?』


 私はこの時、底知れぬ恐怖と違和感を感じた。ファナちゃんであって、ファナちゃんとは別の者と遭遇したことになる。


 私が見間違い、そして匂いを嗅ぎ間違う筈がない。しかし、違っていた。


 何故だろう。被害としては、私が開発した時価5万Gゴールのオメガポーションを1つ失っただけなのだが、胸騒ぎが止まる気配はない。


 そんな私の感情を嘲笑うかのように、それ以降は何も起きず、私達は無事に洞窟から脱出することに成功した。


 ファナちゃんは安堵の表情を浮かべていたが、私は違った。


 何か壮大な問題に巻き込まれるのでは? という不安感を感じずにはいられなかった。

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