第43話 闇から繋がる想いの連鎖

「ここは何処だろう」


 暗闇の世界を私は独りで泳いでいた。何か目的をもって進んでいるのでは無く、漂っているという表現に近い。


 色を失った私の身体は灰色だった。だが、特別な変化があるわけでもなく、無論痛みもない。


 それに記憶もある。この暗闇の世界に来る前はラルディーリーさんと闘っていた。ファナちゃんが存在外に取り込まれそうになっていた所に無我夢中で飛び込んだ私。


 結局、私もファナちゃんも存在外に取り込まれたようだ。


 存在外に覆われて私は死んだのだろうか。いや、支配されているようにも思えない。


「この空間は一体……」


 私は、黒の世界を只ひたすらに漂ってみた。すると、向こうに私と同い年くらいの女性がいた。


「貴女は……」


 声をかけようとしたときに初めて気がついた。特徴のあるまつげに、魅惑の瞳……


 どう見てもラルディーリーさんだった。だけど、私が闘った彼女と比べ幼いようにも見えた。


「ラルディーリー……さん?」

「ファナっ!何処に行っていたの? 心配したじゃない」


 ラルディーリーさんは私を抱きしめた。どうやら、勘違いしているようだ。


「えっ?! あ、あれ? 私、ファナちゃんじゃないよ??」

「貴女は嘘をつくのが下手……ね。両親が亡くなって以降、急に大人っぽい振る舞いをしていたけど、貴女が泣きたいのを我慢しているのは、姉にはお見通しなのよ、ファナ」


 彼女は抱きしめながら優しい言葉をかけてくれた。これが、ラルディーリーさんがファナちゃんを想う本当の気持ちなのだろうか。


 ここは存在外の中。

 暗闇に包まれた亜空間。存在外が飲み込んだ物全てがこの空間にあるのだとすれば、これは……


 存在外の中に隠した、ラルディーリーさんの本当の気持ち……


「ラルディーリーさん、ごめんなさい。私はファナちゃんじゃない……でも、ファナちゃんは私が助ける。笑顔にして見せる! パパ、ママが亡くなって寂しいファナちゃんにいつも寄り添っていたい……そして、ラルディーリーさんも助けたい」


「……香山椎菜。貴女に現実世界の私が止められて?」

「ううん、止めないよ?」


「あら? 言っている事が矛盾してい……」

「止めない。ラルディーリーさんの想いも受け止める。だって、ファナちゃんにとって大事な家族なんだもん」


「…………現実世界の私は心を捨てた身。ヴァンパイアに心を奪われているわ。気を付けなさい、香山椎菜。私達姉妹を救って……頼んだわよ?」



ーーーーーー



「シイナ君にファナ君が存在外に襲われてしまった! くっ……ワシがついていながら」


 ローガンは上空を見つめ嘆いていた。シイナとファナを取り込んだ存在外の球体は上空高くに移動していた。


 ローガンは今すぐにでも斬撃を飛ばす準備はしているが、実行できずにいる。シイナやファナの身体を斬り刻むのではないかと心配し、迷っているのだろうか。ローガンの構えには焦りが滲み出していた。


 だが、彼はシイナ達を心配している余裕は存在しなかった。


 彼等の前にラルディーリーがふわりと地上に降り立ち、ゆっくりと顔をあげ笑っていた。


「神獣を斬った斬撃……影兵にも憶えさせたいわ~。ほら、影達も貴方を慕っているわ」


 存在外がゾンビのように現れ、何でもローガンやヘカティア、ライム達を狙っていた。


「慕う? 残念じゃが『慕う』とは程遠いのぅ。ワシを取り込もうとしているようにしか見えぬ」


 ローガンとヘカティアが主となり闘ったが、ラルディーリーが生み出す影の圧倒的な数になす統べなく、体力の殆どを失ってしまった。


「セ、セーナの夫よ。僕を……他種族の僕を信じてくれるかい?」


 ヘカティアはローガンに歩みよった。


「あぁ勿論じゃ……ヘカティア殿。お主も皆ワシが最期まで護る。セーナがワシを護ってくれたように」


「安心したよ、君はセーナと同じで優しい心の持ち主だ。他人を想い、行動したいと純粋に願ってくれている。少しの間の変化も、今の君なら僕からの力を素直に受け入れてくれる」


「何をする気じゃ……ヘカティア殿」

「僕等はネクロマンサーに勝てる目はない。奴に消される命なら、最後まで信念を貫いて抗おうじゃないか! セーナが見ている」


 ヘカティアはニヤリと笑い詠唱を呟いた。


【ゴースト・ルール】と。


 ローガンの身体がふわりと宙に浮いた瞬間、全てを察したのか、彼は上空へと迎い空高く舞い上がる球体の存在外の近くへと移動していた。


「空を移動できる日が来るとはのぅ。それに今のワシの力なら、存在外のみを見分けられる気がする。これがゴースト族の力なのか……受けとれぃ」


 構えていたローガンは、飛ぶ斬撃である【ジン】を放った。神獣を仕留めた時の威力とは桁違いであった。無駄な音を発する事無く、目標物である存在外がスパリと斬れた瞬間に、高い音がした。


樋鳴ひなり』だ。


 悪しき物体を両断した独特の渇いた音が斬撃の後から聞こえてきた。


 樋鳴りは、シイナとファナの無事を告げる音のかのよう。2人の姿が見えた瞬間に聞こえてきたからだ。


「ヘカティア殿っ」

(あぁ、完璧な一振だよ、セーナの夫よ。流石、人類最強の剣技だ。よく、ゴースト属性の力を疑うこと無く最期まで信じてくれたね)

(念……か。ゴースト属性となった斬撃だからこそ、存在外のみを仕留められたのじゃ、感謝するぞ、ヘカティア殿)


 ヘカティアはシイナとファナの身体を回収し、地上へと戻ってきた。


 心配していたライムは分裂すると直ぐに2人の治療を始めた。


「私は大丈夫だよ、ライムちゃん。ファナちゃんの治療に専念して」


「うぬっ、気づいたかシイナ君!」

「あり……がとうございます、ローガンさん、ヘカティアちゃん」


「あら……救いだせるだなんて。彼等がいなかったら存在にまれて消えて無くなっていた頃よ」


「大丈夫。存在外に飲み込まれたとしても、無くなるわけじゃない……ファナちゃんを想うが故に、捨てた貴女あなたの本当の感情と一緒。闇の中であっても、今でもちゃんと存在してる」


「……そぅ。貴女は本当に喰えない人間ね。私の柔らかい部分まで知っちゃうだなんて……」

「大丈夫。人はみんな強くはない。心の内に秘めた『柔らかい部分』があって、大切にしながら生きていかないと、自分じゃなくなるの」


「えぇ、そうよ。だから私は甘い自分を捨てて、モンスター狩りのみを遂行する殺戮種族ヴァンパイアとなった。唯一の妹の為に……」




 初めてだった。ラルディーリーさんが表情を崩したのは。


 感情の波を穏やかにし、平然とした姿で闘っていた彼女だったのに。


 私達を喰らう存在外を命令したときもそう。ファナちゃんをも取り込もうとしたときも躊躇はなかった。恐らく、ヴァンパイアの呪いがそうさせたのだろう。


 実の妹へ対する感情も存在外に吸収されている……


 そんなラルディーリーさんだったが、存在外の中にいたラルディーリーさんの本当の感情に触れてから、今のラルディーリーさんは変わった。


 少し寂しそうな眼差し。心を無くしても、身体が本当の心を求めているのだろう。彼女の瞳から一筋の滴が流れた。


「大丈夫だよ、ラルディーリーさん。貴女の事は全部知ったわ」


 私は足元に影を拡げた。ラルディーリーさん程ではないが、それでも漆黒の闇を展開した。


 私を襲いかかろうとした影兵そんざいがいは私が産み出した影に吸い込まれ、底なし沼に落ちたかのようにゆっくりと吸い込まれていった。


「う、嘘じゃろ……」

「まさか……シイナはファナの操り師パペッティアだけでなく、ラルディーリーのネクロマンサーの能力まで真似しているのかい?! 僕は今何を見せつけられているのだ……」


 驚きを隠せない2人とは対象にラルディーリーさんは黒い扇子で口元を抑え、私を見つめていた。


「闇の濃度は私程濃くはない。でも、この闘いだけでここまで他者能力を把握し、再現できるだなんて……貴女の能力はモンスター以上の驚異ね?」


 モンスターから影を抽出し、影にモンスターの技を指示できるネクロマンサーがいるように、私は匂いから物事の構成を分析し

、ライムちゃんの特性を活かして再現することができる亜種テイマーだ。


 ラルディーリーさんも、私もお互いを知り尽くしてしまった仲だ。戦術さえも。


 お互いの体力も限界を向かえる中、次の会心の一撃クリティカルを受けた方が負ける……


 私は呼吸を調え、心を決めた。




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