第40話 ラルディーリー

 辛く……長い旅路だ。明瞭なゴールや目標もなく、無情にも時だけが私たちの前にやって来る。


 そして、生きてしまっている私達姉妹に訪れるのは、生きているからこそ背負う枷だ。


 生きるためには住居を、

 空腹を満たすためには食料を、


 そして、死なない為には力が必要だ。


 両親を初め、村を喪った私に残された唯一のモノは妹であるファナだけだった。


 ファナが15歳を迎えるまでは神官からの導きがない。力を持たない妹は、いつモンスターに襲われてもおかしくない弱い存在だ。


 両親が他界する前に15歳を迎えていた私は、『操り師パペッティア』の力を活かし、幼い妹を養わなければならなかった。


 生きる為なら何でもしたわ。人形を操り、行商人の馬車を襲ったことも、住居を奪うために殺めたこともあったわ。


 全ては、幼い妹の生命さえ護れれば、私は何を犯すのもいとわなかった。


 だけど、その生活も限界が訪れた。


 ハイオークの群れに遭遇してしまい、命からがら深夜の森へと逃げまわったが、奴等の嗅覚は私を逃がしてはくれなかった。


 何度も何度も攻撃を受ける。額から流れる血が眼に染み、全てが紅色の世界に見え朦朧としながら逃げていた、そんな時……


 私の前に生暖かい風が吹き、気がつけば小さな少年が立っていた。


「君は……力がそんなに欲しいのかい?」


 服装は神官のような格好。だが、神官がこんな夜更けに独りで、禁則地エリアの森にいる筈がない。


「生憎、私神官のような服装や神官自身も嫌っているわ。【15歳以降でしか能力を与えない】というくだらないルールがあることで、脅かされているか弱い生命も有る。そんな事実も知らないで偉そうにしないでくれるかしら? 私は生きる為に必死なのよ」


「そうか。生きる為に……ね。確かに、君ほど生に対する執着心を僕は感じた事はないよ……どうだろう。君だったら新たな能力に対する活路を見いだせるかもしれない……職業ジョブ転職へんこうをしてみないかい?」


 目の前にいる少年は理解し難い言葉を並べては私を混乱させた。職業ジョブの変更なんて聞いたことがない。だが、少年からは偽りのような負の気配を感じなかった。


 私はこの時に、事もあろうかこちらから質問をしてしまった。


「強くなれるかしら?」と。


 妹のファナの生命を護る為には、この場から生きて帰るには力が必要だった。圧倒的な力が。


 少年は口元だけ笑い「えぇ、恐ろしいくらいに」とだけ呟いた。


 彼の不確かな提案に対し、藁をもすがる気持ちで乗った私。ヘルメス・レターソンと名乗った少年は、怪しい風を纏いながら私の能力を操作した。


 気がつけば、私の身体が別のモノと交換されたように感じた。中を駆け巡る血液が全て入れ替えられたかのよう。


「君の新しい職業ジョブは……」

「何? 失敗しましたとでも言いたいのかしら?」


「ある意味そうかも知れないね。君の新しい職業は……」


 職業ジョブ名だけを伝えた少年は、風のように去っていった。私の髪を静かに揺らした風は何事も無かったかのように過ぎ去る。


 ただ、私の心は留まり続けた。


「ギュヒィ!」


 草木を荒々しく揺らし覗かせたハイオーク。私の姿を見るなり汚い笑顔を此方に見せてきた。


 奴等は鼻が利く。いくら逃げても私の居場所を察知し、追いかけてくる。奴等の脳内には私を弄ぶ姿が安易に想像できるのであろう。卑しく開いた口から大量の涎が地面へと滴っていた。


 気がつけば、辺りにはモンスターの死骸が幾つも転がっていた。私を捜しているハイオークと鉢合わせし犠牲となったのであろう。


「このモンスターはダークファング……」


 個体値は確かに高くはない。攻撃力のあるオークとの戦闘になれば勝ち目は無い。でも、ダークファングには優れた能力もある。


「復讐したいでしょ?……起きなさい、命令よ」


 私が呟くと、辺り一帯にいたダークファングの死体から影のようなモノが立体化し出現した。


 正確な数はわからない。だけど、夥しい数の影が私の一言で立ち上がり、出現したオークに対し、次々と牙を向けていた。


 ダークファングは非常に統率力の高いという特徴がある。


 死者から現れた影は怯む心を忘れていた。例え殴り飛ばされようとも、恐怖のタガは外れており何度もハイオーク達を襲い続けた。


 私の顔にハイオークから吹き出た血飛沫が雨のように降り注いだ。


「素敵……こ、これが……ネクロマンサーの能力なの?」


 感情を捨てた筈の私。だが今は久しく笑っていた。声を出して笑わずにはいられなかった。


 これまで苦しみ、痛み、嘆きもがいていた全てが帳消しになったように感じたからだ。


 操り師パペッティア職業ジョブは私からすれば生きていく上で使用しなければならないスキルくらいにしか感じていなかった。


 だが、今は違う。


『ネクロマンサー』は違う。この職業ジョブには影があっても、底がない。


 強いモンスターの影を従える事で圧倒的な火力を得ることができる。




 ネクロマンサーの力を宿してから月日は経ったが悩むことを忘れていた。『強ければ生き、弱ければ死ぬ』という当たり前の指標の頂点にいたからだ。


 だが、カルネージの拠点探しをしているときに私を悩ます事が発生していた。


 廃城を制圧に完了し、残すところあと1ヶ所であった玉座の間にたどり着いたとき、玉座の周りにゴースト族のBOSSらしき者がいた。


「あら……貴女はモンスターかしら? 只ならぬ気配ね。兵にしてあげるから死んでくださるかしら?」

「おや? こんな場所に客人とは珍しいね。すまないが、僕は本体から作られた分身だ。僕を殺したところで、何も獲るものもないだろう」


「そう……じゃあ、早くこの城から出ていってくれるかしら? 今日から私達の拠点にするわ、それに……」


 私はこの場に訪れる前から不穏なオーラを醸し出しているのに気がついていた。この城を統べる者がいるのかと予測していたが、どうやらこのオーラは、玉座から伝わってきていた。


「すまないが、僕はこの呪われた玉座に引き寄せられたモンスターを処理しなければならない。君とのお話しは次回に、して……くれないか? はぁはぁ」


「あら?酷くお疲れのご様子ですわよ?」

「あぁ。モンスターの処理が頻繁でね。僕1人で対処することが近頃キツくてね……」


 ゴーストの話では玉座は呪われており、この玉座に近づいてしまったモンスターは凶暴化したのちに城を離れ、モンスターの群を襲う化物になるとの事。そして、その影響によりモンスターのスタンピードが発生しているらしい。


「危ない!!」 


 私としたことが背後から忍び寄るモンスターに気づかなかった。


 咄嗟の忠告により私の生命は無事だったが、ゴーストのモンスターが致命傷を負った。現れたモンスターと相討ちとなり、モンスターの死体は転がっていた。


「貴女を殺そうとしていた私の身を案じるだなんて、どうかしてらして?」

「僕は本体から作られた分身。消えても構わない。だが、この呪われた玉座を求めてモンスターが押し寄せてくる……君も僕のようにモンスターに襲われない内に、この場所を離れるのだよ?」


 私の生命を救ったゴーストは言葉を言い残し、この場から消えた。



 モンスターが押し寄せる呪われた玉座。呪いにより凶暴化すれば、スタンピードを発生させる。スタンピードが起きれば、また多くの犠牲が出るのは避けては通れないだろう。


 何より、スタンピードは妹のファナにとってトラウマ……だったら。


 私は呪われた玉座に座り脚を組んだ。時同じくして、カルネージのメンバーがこの玉座の間にたどり着いた。


「お姉ちゃん……この、空間って」

「えぇ。不穏な空気が何とも素敵でしょ? 私はこの玉座が気に入ったわ。ここを今日からカルネージの本拠地にするわ。それと、この神聖な場所への入室は私が許可したときに限りお入りなさい、良いわね?」


 私は昔とは違い、力を得ている。

 カルネージを立ち上げた時から決めていた事だ。モンスターを狩り殺すついでに玉座の管理もするだけ・・の事だ。


 今の力ではこの呪われた玉座を破壊出来そうにもない。より多くの力を蓄えるまでは、私が死守することにしよう。


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