第39話 亡き治癒師に捧ぐ一撃

 闘いが始まって以降はラルディーリーはシイナばかりを見ていた。


 言葉による存在外への指示は無く、出現させてからは野放し。ヘカティアのように念に似た方法で伝達している可能性はあるが、大量に現れた存在外+影神獣二体への指示を同時に出来ているかは誰も知る由もない。


「ラルディーリーさんは、私ばかりを見ていていいの?」

「えぇ。影兵は目の前の者から喰らいつくすまで勝手に動くわ。だから野放しなのよ」


「そうなんだ。良かった」

「何が良いのかしら?」


「いや、だってファナちゃんが存在外に何度も命を狙われたけど、ラルディーリーさんが指示したわけじゃないんだね」

「そう……だったわね。ファナの影に潜めていた影兵越しに見ていたわ。私の妹のピンチを何度も救ってくれていたわね、あなたは。ファナがあなたを慕う気持ちも解らなくはないわ」


「えへへ~」

「貴女達が呼ぶ影兵そんざいがいは、怨念を具現化した物体。生存している者に対して、憧れや嫉妬、嫌悪感を糧に生きている者を襲うのよ」


「だから、亡くなったモンスターから存在外を抽出して、生きているモンスターと闘わせていたの?」

「そうよ。影兵が、生きているモンスターを狩るから何もリスクは生まれていない。モンスター同士で争うだなんて凄く素敵なサイクルでしょ?」


 カルネージは凶悪なモンスターを狩る団体。そしてラルディーリーは代表、副代表はファナだ。


 モンスターに襲われた過去がある当事者達だからこそ組織し、そして活動してきた。暴れ狂うモンスターを排除するという取り組みは立派だと褒める者も一定数いるだろう。モンスターに対し怯える生活をしている方からすれば、夢のような団体だ。


 だが、代表であるラルディーリーはシイナを含めこの場にいる全員に伝えた。


『モンスター全てを狩り尽くすまで活動する』と。


 シイナからすれば行き過ぎだと感じている素振そぶりを見せていた。副代表であるファナでさえ、シイナ側につき、ラルディーリーの行いを止めようとしている。


「ラルディーリーさんは、たくさんの存在外に囲まれているんだね」

「えぇ。死んだ個体からは能力そのものを引き継いだ影を……神獣のように殺せていなくとも、影で覆えば能力値は下がるものの従えることは可能なのよ。貴女のお仲間だけで処理出来るレベルだといいわね、香山椎菜」


「でもね、ラルディーリーさん。存在外にいくら囲まれたからって、貴女だって知らない事だってある」

「あら……何かしら?」


「モンスターの匂いだよ。影からは決してわからない、生き物の良さの根源。それが『匂い』なんだよ」

「そうね。貴女が『匂い』が好きなようね、知っているわ。影兵も生きている者の『匂い』に敏感だから、見つけてはすぐに殺しているわ。貴女と同じね」


 『嗅ぐ』を通してモンスターの良さ求め続けているシイナ。反対に、存在外かげへいは生きている者の匂いを察知し、襲いかかる。


「グッ……こやつ等は隙がないのう」


 神獣の影二体と闘ってくれているのはローガンとヘカティアの2人が担当していた。


 二体の影は翼を使い空中を旋回しつつ、口から放たった火炎弾で2人を焼き殺そうとしていた。剣で火炎弾を切り裂くローガン。コンマ数秒でもタイミングが遅れれば即死である中、彼の研ぎ澄まされた感覚で凌いでいた。


 ヘカティアも魔法の詠唱する手を弛めず相殺させている。


 だが、影の神獣達の攻撃の手は弛むことはなかった。徐々に追い込まれた2人はお互いに背中同士をくっつけた格好になり静止していた。


「ヘカティア殿、回避してくれて構わぬのじゃぞ?! 君はゴースト族じゃろ。ワシと同じように防御に徹することは無かろう」

「認識阻害率を高め僕が透明化に撤してしまうと、君に攻撃が集中する可能性が高くなる。人類最強に何かあっては、僕も示しがつかなくてね」


「……君もシイナ君のように、他人を想いやる気持ちが強いのぅ。類は友を呼ぶのじゃな」

「ははは。ゴーストが人助けなんて、確かにシイナのような異常行動っぷりだね。知らずうちにシイナに毒されているだけさ、気にしないでくれていい」


「では、後ろは任せたぞ?」

「あぁ。僕も背中は最強剣士の君に預けるとしよう」


 2人は迫り来る攻撃に技を命中させ、相殺していた。影神獣等からの手数てかずが多いこともあり、ヘカティアは詠唱に集中し、ローガンは火炎弾を捌いていた。


「君程の強さが有りながら、棲みかを変えるとは惜しいのぅ。ゴースト族が本拠地を構えれば、種族序列も最上位クラスに手が届くやもしれぬのに」

「定住しない理由か……僕はね、ある人を捜しているのさ」


「ほぅ。想い人かのぅ?」

「遠からずさ。僕はね、セーナタリアという女性を捜しているのさ。僕を助けてくれた魔法師であり、瀕死の僕を殺さずに匿ってくれた人間。僕は彼女に会ってお礼が言いたくて流浪の生活をしているのさ」


「セーナタリア……じゃと」

「あぁ。治癒師セーナタリア。彼女はゴースト族の僕を癒すことができる珍しい回復魔法を唱えられてね」


「あぁ、そうじゃ……妻は【万能ヒール】の唯一の使い手じゃった。人間だけでなく、モンスター……それこそ、ゾンビ系や無定形モンスターでさえ、彼女の魔法で癒せた」

「なっ……君は、セーナの旦那なのかい?!」


「あぁ、そうじゃ」

「セーナは、セーナに会わせてほしい!」


「もう……おらぬのじゃ。ゴーストの君でさえ会えていないと言うことは、セーナは死後にすぐ他界しておるようじゃのう……」


「そう……か。彼女はもうこの世界に居ないんだね。だが、やっとセーナの関係者に会えることが出来た」

「セーナは、神獣ネプトゥヌスとの戦で亡くなったのじゃ……眼に致命傷を負ったワシを助けようとしてのぅ……」


「……そうだったのか。では尚更、僕は君を護ることを誓おう」


 ヘカティアはそう告げると、特殊能力【死の決闘】を発動させ、神獣をこの場から逃がさないようにした。


 死霊から発せられた呪縛は影の龍に刻印された。決着がつくまではこのエリアから外部へ離脱することは出来ない。


「セーナの旦那よ、舞台は整った。君と神獣の間に要らぬ介入はもうない。君は決着の時を迎えると良いだろう」

「ワシは神獣共と闘える日が来るよう、セーナを喪ったあの日から一度たりとも剣を置いた日は無かった……感謝する、ヘカティア殿」


 熱い風がローガンの身体をつたい、握りしめた剣へと流れ込む。


 閉ざされた空間では分が悪いと感じのか天井を突き破り、更に上空を旋回する影の龍達。無理矢理闘いの場の範囲を拡げることで、優位性を上げていた。


 死の決闘が定めた上空の上限ギリギリを飛行していた。


 ガラリと空いた上空には満月が。やけに静かな夜空が拡がっている。影は暗闇の夜空に溶け込み、目視では確認するのが容易ではない。


 だが、ローガンは落ち着いていた。眼を閉じたまま大剣を構えた。


「何十年も経ったが、これがワシの全てじゃ。受け取ってくれ、セーナ。そして、受け取るがいい、神獣共よ」


 剣狂のローガンから放たれた秘技【ジン】は上空に居座る巨大な満月に向かって放たれた。


 一見、的外れな攻撃にも見えたが、縦横無尽に飛行する二体の神獣が丁度重なる瞬間があった。ローガンは全てを予測していたかのように躊躇いもせずに飛ぶ斬撃である【ジン】を放っていた。


 それぞれの影神獣達は翼を見事に斬り落とされ、耳鳴りがする程の彷徨と共に地へと落下してきた。衝撃音は凄まじく、空気が揺れた。


「手応え、ありじゃな」


 神獣達にまとわりついていた影の塊は黒い灰となり空中へと消えていく。


 影が取り除かれた事で、翼を失った神獣二体の本来の姿が現れた。


「ははは、一撃で神獣二体を……やはり君は人類最強じゃないかっ!! 人が神獣に勝てる日が来るなんて……衰えなんて感じさせない卓越した動作ムーブ。年齢を感じさせないその破壊力は人知を越えている。君はまるでゴーストのようだ。さぁ、セーナの夫よ。時間だね」


【仇を取る時間】


 死んだセーナへ捧げる為に。

 命を奪われたセーナの為に。


 この日を迎えられるように、ローガンは日々鍛練を怠らず、そしてギルド管理組合の長として居続ける事で神獣の情報に注視してきた。


 今まさに悲願が叶う時だった。


「グゥオ………」

「グゥル"………」


 二体の神獣は立ち上がろうとするが、片翼をそれぞれが失っているため、上手く上体を起こせずにいた。


「セーナ……ワシを許しておくれよ……シイナ君っ! ライムちびすけの治癒でこの神獣達の傷を癒してあげてはくれぬか?!」


 ローガンの言葉は以外だった。この場にいる誰もが予想していなかった。


「キュ?!」


 気づけばローガンの肩に亜種スライムのライムが。シイナから派遣されたライムはローガンを見つめていた。


「あぁ……仇はもう取ったのじゃ。『殺すことで全てが解決するとは限らない』テイマーのシイナ君から教えられた気がしてのぅ。だから頼むぞ、ライムちびすけよ」


 ローガンからお願いされたライムは神獣への治療に集中していた。


「ま、まさか、討伐せずに治すとは……神獣討伐の称号が目前だったのに、ギルド管理組合長が自ら放棄するとは、予想外だよ」


 驚いた様子のヘカティアは、ローガンのもとに歩み寄っていた。


「ははは。ワシもシイナ君の悪い癖が移ったのかものぅ。血を見ず、討伐せず、称号も放棄する。それでも、何故じゃろうな……。今は晴れ晴れとした気持ちじゃ」

「そうか。君がそうであれば、死んだセーナも安心して他界から見守ってくれるだろう。『セーナを捜す』という僕の流浪の旅も今日で終わりを告げた。君が生きてこの世界にいてくれたおかげだよ、感謝する」


 ヘカティアとローガンの活躍により、影に犯されていた神獣二体を制圧することに成功した。


 2人は無言で握手をした。長い月日を経て目標を達成させた2人には、言葉なんて飾りは必要無かったのかもしれない。


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