第38話 玉座を護り続ける姉と悲劇の匂い?

 空間転移魔法により一瞬にして移動することに成功した私達。先ほどまで屋外にいたのだが、気がつけば広い場所にやって来ている。


 血を連想させるワインレッド色の絨毯が中央からずっと続いている。きっと王族が歩く神聖な通路なのだろう。


 歩を進めず、目線で先を追うと玉座に座る独りの女性の姿があった。


 玉座にしっかりと座らず、正位置に対し90度回転し、肘掛けに脚を乗せて座っていた。まるで、玉座にお姫様だっこをされているような格好にも見えた。


「あら……もう来たの? 空間転移魔法だなんて厄介な魔法ね。おもてなしの準備が出来ていない無礼を許してくださる?」

「お姉ちゃん……」


「ファナ。貴女に亜種テイマーの見張りをさせたのは間違いだったみたいね……」

「お姉ちゃん、私……」


「良いのよ、言葉は何もいらないわ。私がテイマーと前住民を消せば良いだけの事よ。ここまで連れて来てくれて助かるわ、貴女は下がっていなさい」


「違うの、お姉ちゃん、違うの」


 ファナちゃんは、お姉ちゃんの元に行かず戦闘態勢を取っていた。操られた可愛い人形達も武器を構えている。


「何が違うのかしら?」

「違うのよ。シイナは他の人間とは違う。この子なら、私達の願いを……もしかしたら、私達の心も癒してくれる可能性があるわ」


 広い空間にファナちゃんの想いが響く。いつも通り少し強気な口調でいて、そして相手を思いやる優しい心が。


「可能性……ね。確かにテイマーには忌々しいモンスターを操れる力が備わっている。ファナのように、操り師パペッティア等の操作系職業ジョブでも、訓練し、一定の条件下ではモンスターを擬似的に操る事が可能よ、でもね……」


 ファナちゃんのお姉ちゃんは体勢を整え、ゆっくりと細く長い脚を玉座から下ろし、正位置に座った。


 ただ、それだけなのに彼女からとてつもない魔力と、魅了されそうになる独特の支配力を感じた。


 一目見ただけで虜になりそうな容姿。長い睫から覗く灰色の瞳が魅惑の根源かのよう。直視し続ける事は容易ではなかった。


 お姉さんの耳はファナちゃんより長く、そして凛としていた。時折見せる尻尾のフォルムはファナちゃんとは違う。もふもふしていて、ボリュームがあった。


 ファナちゃんのお姉さんも、猫の半獣なのだろう。


 潤いを感じる膨らんだ唇が優しく、ゆっくりと開く。


「可能性は幻想でしかないのよ。100%モンスターを従えられる保証なんてない。それは、私に言わせてみれば『不可能』と同じなのよ。でも、私は違うわ……」


 まるで、玉座の真下からブラックホールが出現したかのように、影が広範囲に広がった。私が認識している『黒』という単語とは程遠い色だ。


 全ての光を吸い込み、一度取り込まれれば逃がしてはくれそうにもない色だ。彼女の言う『不可能』という言葉を具現化したような色。いままでみた存在外の色よりも断然に濃い色をしている。


 悪魔じみた残酷な色だった。


「申し遅れました。私はラルディーリー。ようこそ、不確かな力の皆さん。我が城まで良くお越しくださいました」


 淡い笑みを浮かべた瞬間、私は本能的に察した。この人は別次元の強さだと。


 この世界に来て、蒼いドラゴンと遭遇した際に感じた圧倒的絶望感をも超越する。


 絶望という言葉より無慈悲という表現の方が正しいのかもしれない。


「ラルディーリーさん、初めまして、私は香山椎菜。ただのFランク亜種テイマーです」


「えぇ、知っているわ。貴女の事は影を通して全て把握させてもらっているわ」


 ラルディーリーさんが指を優しくクイッと上げる動作を見せたとき、ファナちゃんの足元から影が広がり、ぬるりと人型の存在外が一体現れた。


 どうやら、私はずっとこの影に監視されていたようだ。


「そ、そんな……」


 衝撃の事実を知り、ファナちゃんは涙を流し脱力した。その場にペタンと座り込んだファナちゃんは全身が震えており、とても会話になる状況ではなかった。


「ファナが亜種テイマーに好意を抱いていたことも知っている。だからこそ、私からではなくファナ自身で消してほしかったのだけれど、叶わずじまいね」


 ラルディーリーさんの足元から無数の存在外が現れた。皆モンスターの姿をしているが正気はない。あるのは虚しく光る赤色の眼に黒い体のみ。此方を静かに見つめては威嚇していた。


「お姉ちゃん……暴れ狂うモンスターを排除するためにカルネージを立ち上げたんじゃないの?」

「そうよ。モンスターは危険な存在。だからこそ、全てのモンスターを狩り尽くす為に、ネクロマンサーの力を最大限に活用し、こうして影のモンスター狩り部隊を造ったのよ?」


「そ、そんな……全てのモンスターだなんて……」


「ファナ。モンスターは狩られる為に存在するのよ。むしろ、存在しない方が人間とって幸せな事なのよ」


「はい、はーい!!」


 私は元気良く手をあげて口を挟んだ。さっきから黙って聞いていれば、モンスターは危険だの、狩りつくすだの、私の知らないところで盛り上がらないでくれる?


「あら何かしら、亜種テイマー。貴女もモンスターを従う者ならばわかるでしょ。部隊を造り、従わせるだけで多くの戦で勝利出来ることを」


「えっと、部隊とか勝利とか良くわからない。けど、モンスターを狩る理由になってない事くらいは、馬鹿な私でもわかるよ?」

「……あら、私に意見する者がいるのは久しいわ。でも、残念ね。個体値の高いモンスターを従えているから、少しは私の事も理解してくれるかと思ったわ……」


「私も残念。でもでも、ラルディーリーさんは良い匂いがしそうなのは解るよ!!」


 私が発言した途端、ファナちゃんとヘカティアちゃんは言葉を失い、ラルディーリーさんは呆れていた。


「シイナ、あんたに緊張感という単語は無いの?」

「あはは。無理だよファナ。シイナに常識は通用しない。彼女は匂いの申し子だからね」


 2人に散々馬鹿にされる私。だって、私は思った事を発言しただけで、格好いい台詞を言う気もないし、力比べがどうとか、種族がどうとか正直どうでも良い。


「僕の見た様子だと、酷くお疲れのようだね、ネクロマンサー。玉座そこが合わないなら離れたら良かったのでは? それとも、離れない理由があったのかな?」

「……私はこの椅子が気に入っているのよ。前住民がいなくて快適過ぎたわ、疲れるくらいよ」


 ヘカティアちゃんはラルディーリーさんに話しかけたが、お互い眼は笑っていなかった。


「そうよ、ヘカティア。さっき言っていた玉座の事で隠していた事って何よ……」

「あの玉座は呪われている。『ヴァンパイア化する』と言った方が正しいかな。近づいたモンスターや人間は凶暴化し、視界に入った者の息の根を止めるまで襲う。僕の分身に管理させていたが、今は君のお姉さんが管理してくれていたんだね」


「えぇ。頼りない門番ゴーストだったから早々に消えてもらったわ」

「そうかい。だが、ネクロマンサーとは言え、生身である半獣である君が『呪われ』を管するのは無謀すぎないかい。その場を死守すればモンスターのスタンピードは劇的に減る、ただ……」


【代償として、管理者は正気を喪い感情を蝕む】


 ヘカティアちゃんの口から漏れた言葉に、私もファナちゃんも驚いてしまった。


「そんな……じゃあお姉ちゃんの身体は……」

「そう。もしかしたら君のお姉さんは、スタンピードを発生させないように、この玉座を護っていたのかもしれないね……ファナ、君を含め、多くの人間を護る……為に自分の身体を犠牲にして……ね」


「あら? 夢物語のような綺麗事にしないでくださる? 私はただ単に、この玉座に近寄るモンスターを含め、全て狩り尽くし影兵集めをしていただけよ? 戦力を集め、全てのモンスターを狩り尽くす為に」


 ラルディーリーさんは黒色の扇子で口元を隠しながら『ふふふ』と笑い、ヘカティアちゃんの考察を吐き捨てた。


 そんなやり取りを黙って見つめる私。ラルディーリーさんは存在外を出現させ、臨戦態勢だ。


 私の行動理由は常に二択だ。

『嗅ぐ』か『くんかくんか』するかのどちらかだ。


 目の前に嗅ぐ対象あり。

 私の大好きな匂いである、ファナちゃんのお姉さんときた。


 匂いを嗅がない何て事考えられない。


 存在外が私を襲おうと攻めてきたが、ひらりと避けた。


「ラルディーリーさんってどんな匂いがするのかな~」


 私も抑えきれない感情を爆発させてしまった。紫色のオーラを纏い触手のように伸ばし、現れた存在外を拘束した。


「その力はファナいもうとの【操り糸】……確か、何でも擬態しトレースするスライムの主だったわね。スライムの特殊能力を借り、貴女は匂いから得た情報を元に他者の能力を再現しているようね……厄介だわ」


 存在外を糸で縛りつけ、身動きがとれないようにした。


 だが、縛り付けていた存在外は溶け出したアイスかのように液状化し、元の影へと姿を戻した。


「う~ん、残念。実態のない影を操るのは難しいなぁ~。ファナちゃんに手取り足取り教えてもらわないといけないな」

「あら? 一瞬でも拘束できたのは褒められるべきよ。貴女とは敵対せず、共闘できる仲間でいてくれたら……と今でも思うわ」


 ラルディーリーさんは、ため息と共に新な影を二体出現した。


 二体とも見覚えのある形をしている影だ。一体目は神獣ネプトゥヌス。アルハインで薬草採取をしている時に遭遇した、蒼色の龍。


 そしてもう一体も……


 ガスクラウドとの遭遇時で存在外に襲われていた紅い龍と同じ形をしていた。


「あの影は……」

「懐かしいのう。あの影は神獣ウルカヌス、ボルケノ山の最深層に住まう伝説の化物じゃ」


 私の背後から聞き覚えのある声がしたので振り替えると、ローガンさんが大剣を握りしめながら笑っていた。


「来てくれたんですね!!」

「あぁ。神獣ウルカヌス等とワシはちょっとした縁があってのぅ……奴等には『借り』がある」


 ギルド管理組合でお出会いしていた時と印象がガラリと変わっていた。


 剣からは紅いオーラが炎かのように怪しく揺らめいでいる。


「シイナ……取り乱したわね」


 続いてファナちゃんも応戦体制へと移行していた。闘うことに迷いはなく、彼女から向けられた瞳は信頼の眼差しだった。


「ファナちゃん!」


「間違っていてもいい。違った未来になっても構わない。傍にいてくれる仲間がいるのであれば、手を伸ばしたい……お姉ちゃん。私からは言える事は、1つだけ……馬鹿げた行動は【ホルト】よ。私がお姉ちゃんを止めてみせる」


「妹からホルトやめなさいと言われる日が来るとは……ね。良いわ。私がモンスターより正しい存在で有ることを、不確かな皆さんに教えて上げるわ」


 闘いの火蓋は切られた。


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