第37話 想いの共有から強い結びの匂い?

 駆け抜けた風は、辺り一帯を浄化した。停滞し、蔓延はびこっていた黒い邪気は跡形もなく消え、ファナちゃんと神獣が眠るように倒れこんでいた。


 ファナちゃんのもとへ駆けつけた私とヘカティアちゃん。


「ファナちゃんファナちゃん!! 生きてる?」

「……ぇえ。残念ながら、また『まだ生きてる』みたい。悪夢のような現実は終わらないみたいね」


「何だ、ファナは死にたいのか? 僕のようなゴーストになりたいのならすぐに相談してくれても良かったのに」

「それは悪い冗談ね。ゴーストに転生してしまえば、またシイナに嗅がれる日々が始まるじゃない」


 ……えっ?!


「ファナちゃん、もしかして私に嗅がれるのが嫌いで街を出ていったの?」


 不安げに聞いてしまった私だったが、そんな私をファナちゃんがそっと抱き締めてくれた。


「えぇ、そうよ。……でも不思議ね。離れたら、あんたの匂いが恋しくなるときがあったわ」

「えっ?! わ、ちょ……えっ?!」


「少しだけ……もう少しだけでいいからこのままハグさせて……」


 ファナちゃんが何を失い、何に悲しみ、何と闘ったのかはわからない。でも、私はファナちゃんとこうして近づける事が出来たのだ。


 その事実だけで私は十分だ。


 これから、しっかり、ゆっくりと彼女の悩みを共有する時間を確保できそうだ。


 それにしても今の私、ファナちゃんから抱擁されているのですが!! ファナちゃんからくっつきに来てくれたのはこれが初めてだ。いつもなら、私から一方的に近づいては嗅いでいたが、今は違う。


 ファナちゃんからだ。


 デレですか?いつもは邪険に振る舞うファナたんのデレターンなんですか?


 私の事を見つめるファナちゃん。少し恥ずかしくも、うっとりしているその瞳。もうこれ、ちゅうしても良い雰囲気だよね?


 何々? デレの時は意外と積極的なんですね。この欲しがり妹さんめ。


 だが今はしない。敢えてキスはしない。その表情と距離感を堪能したいからである。ぐへへ。


 甘くも優しく、懐かしささえ感じちゃうファナちゃんの匂い。だが、今までとは匂いが少し違った。


 私の事を大切に想い、そして好意的に感じてくれている匂いだ。


 はぁ、仕方ない。ファナちゃんがそこまで私の事を大好きだと豪語されるのであれば、この案件が上手く完了したあかつきには、どちらが相手を想っているかを競争しようじゃないかっ!!


 んぇ?!

 感情のみでどうやって勝敗を決めるのかだって?

 なぁに、心配ありませんよファナたん。私がファナちゃんを嗅いで、測定いたしますので。


「シイナ。神獣の龍が逃げていくけど大丈夫か?」


 ヘカティアちゃんは念のために私に情報をくれた。だが、目を醒ました神獣が直ぐに私達を襲って来ない所を察するに、必要以上に危害は加えて来なさそうだった。


 神獣は一鳴きだけすると、更に北の方角へ飛んでいき姿を消した。


「何で……私を止める道を選んでくれたの、シイナ」


 か細い声が私の耳に入ってきた。確かに、ファナちゃんと闘うという道を選択した。


 存在外を操り、この世界の秩序を乱すファナちゃんに対しては闘った先にある『選択肢』にも非常に重要な意味を持っている。


 秩序を乱したファナちゃんを始末するのか、

 テイムし、従わせるまで弱らせるのか、

 それとも交渉し、寝返らせるのか。


 ただ、私はそのどれも選択しなかった。


【ファナちゃんとお話して本音を知りたい】


私がファナちゃんの行動を止めたのは、その想いだけであった。


「私の想い? そんな事聞いて一体何の役に立つのよ? もし、仮に『シイナを殺害したいから距離を取ったの』と言えば、今からでも闘ってくれるのかしら?」

「うん! ファナちゃんがしたいのなら、これから2回戦だね!!」


「……ぷっ。ははは、あんた、折角拘束した私を逃がして、また闘いに応じるなんて、他の人間じゃ考えられないわ」

「そうなの? 他の人間じゃないから、解らないよ~」


「解らない、シイナに教えてあげるわ。私の今の想いは、あんたと一緒にいたいわ。私のお姉ちゃんの暴走を、一緒に止めて……欲しいの」


 最後になるにつれ、声量がだんだん少なくなってきていた。ファナちゃんにとって、他人に相談し辛い案件なのだろう。


 だけど、ファナちゃんの表情は違っていた。腹を括ったかのように潔い顔つき。逃げも隠れもせず、全力で私に打ち明けてくれた事が良くわかった。


 良くわかった。

 えぇ、本当に良くわかったわ。


『一緒にいたい』


 つまり、私との暮らしを受け入れ、四六時中ファナちゃんの匂いを嗅ぎ続けても問題は無いってことですよね?!


『シイナの『くん活』に是非私の匂いを対象にしなさい』と御本人様よりお許しを頂戴したわけですよね、受理しますっ!


「ファナちゃんのお姉ちゃんはどこに会えるの?」

「たぶん……まだアジトにいると思う」


 私達3人はカルネージが拠点にしている場所まで移動した。そこは古びた城があり、いかにもお化けとかでそうな雰囲気すら感じさせた。


「ここ……お化けが出そうな雰囲気ね、お化け嫌いのファナちゃんが、よくこの拠点に活動出来ていたね?」

「カルネージは大きな組織……だった。でも日に日にメンバーの姿が少なくなっていたのは事実。当時は怖いなんて思わなかったけど……」


 ファナちゃんの表情を見るに、今はカルネージという組織は機能していないのだろう。人の気配は無く、廃城の不気味さが際立っていた。


「懐かしいな~。ここは僕も拠点にしていた時期があったよ」

「えっ?! ヘカティアちゃんが?」


 通りでお化け屋敷のような雰囲気な事で。ファナちゃんの話は、ここは昔ヘカティアちゃん達『ゴースト種族』が当時拠点にしており、跡地をカルネージが占領して使っていたらしい。


「ファナ。もしかして、君のお姉さんはこの廃城の玉座にいるのかい?」

「えぇ。いつもそこにいたから」


「いつも?……そうか。それはそれで可哀想な役割を君のお姉さんにさせてしまっていたようだ」

「あ、あんた……何か解ったの? 教えなさいよ!!」

「玉座に行けば解るさ。それに、君のお姉さんを止められなかった君が今知ったところで、独りで何か解決出来るのかい?」


 ファナちゃんは取り乱しながらヘカティアちゃんに質問しようとしたが、ヘカティアちゃんの問いに返答することが出来ず、ヘカティアちゃんの服を掴んでいた手が弛んだ。


 「心配するな、ファナ。君は独りではない。シイナや僕がいるじゃないか。他人に任せる勇気も時には必要だよ」

「うん……ヘカティアあんたはオバケのわりに人間臭い台詞を吐くのね? ……ありがとうね」


「ヘカティアちゃんが人間の匂いがする?! ふふふ、それは違うよファナちゃん。ヘカティアちゃんは爽やかな匂いが特徴で、特にうなじ辺りの匂いが最高なのだよ。無防備な箇所の匂いを嗅ぐのは最k 」

「はいはい。君は匂いの話しになると極端に話が長くなるから敵わないよ。君達を玉座に転移させるからね、いくよ?」


 空間魔法で私達を半ば無理矢理包んだヘカティアちゃんは、玉座付近へと転移してくれた。

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