第36話 砂漠に花を、瞳に星を
「流石、亜種テイマーね。私が知らない間にまた強くなっていたわ、本当に……」
シイナが発動した風はあらゆる負の現象を吹き飛ばした。神獣に繋いでいた操り糸でさえ。
いや、今思えば吹き飛ばすのは容易いことなのかもしれない。私に確固たる信念なんてなく、
何故、大切なシイナと戦っているのかも、
何のためにシイナを傷つけているのかさえ、
納得していない状況でシイナと対峙してしまった。そんな中途半端な気持ちで、最恐のFランク『シイナ』に、B級の私が勝てる筈がなかったのだ。
何度も危ない目に落としいれようとしても、彼女は笑いながら私を止めようとしてくれていた。
出会った頃のFランク初級冒険者のカグヤマシイナの姿はもう何処にもなく、私の目の前にいるのは亜種テイマーが私の攻撃をあっさりと避けている姿だ。
私が劣ったわけでも、手加減しているわけでもない。
シイナがこの世界に順応し、モンスターと触れあうことで亜種テイマーの能力を開花させてきた。
それに比べ私は何も成長していないままだ。次に見える景色を見たい一身で背伸びをしていた。だけど、背伸びは続かず元のいつも通りの見慣れた高さの景色が戻ってくる。
いつしか背伸びをすることさえも煩わしくなり、現状の私でどこか満足しちゃっている。そして現状を変えることにどこか怯えている。
【私と話したがっている】
今のシイナは、その目標で行動している様子。突如行方を眩ました張本人である私が目の前にいるのだ。何故住んでいた場所を捨て、逃げるかのように去った理由を聞くために。
一心不乱で私を想ってくれるシイナに対して、私は何の為に、彼女を傷つけているのだろう。
私は『カルネージ』として、暴れ狂うモンスターの撲滅の為に日々活動してきたつもりだ。もう二度と、大切な人をモンスターに奪われたくないからだ。
大好きなお姉ちゃんさえも失いたくない……。お姉ちゃんと一緒にカルネージを発展させていけば、多くの人間やモンスターも住みやすい環境になるに違いない。
お姉ちゃんを失いたくない気持ちを優先すればする程、シイナを傷つけてしまっている自分がいる。
「私は大丈夫。ファナちゃんの為なら、いくら傷ついても構わない」
彼女を殺そうとしている私に対して、戦闘中に彼女から返ってきた言葉は、優しい言葉だった。
私は、お姉ちゃんとの約束を台無しにし、私を慕ってくれているシイナをも傷……つけて……
「私なんか……消えてしまえば……」
シイナが発生させた風により私の操り糸が無効化されてしまった。だがその瞬間、存在外に纏わりつかれている神獣は私の指揮下から外れ、正気を取り戻し此方を睨み……口を開け火炎弾を放とうとしていた。
今にも私に迫りこようとしている炎。荒れ狂う熱量を肌で体感する。これまで多くのモンスターがこの炎で焼き殺され、消滅し、息絶えたのだろう。
恐怖が諦めに変わった時、不思議と現実を受け止める心が出来上がってしまった。
お姉ちゃんと一緒に望んだ未来の為に頑張る事も出来ず、こんな私の事を心配してくれたシイナを傷つけることしか出来なかった私。
むしろここで死んだ方が良いのかも。そんな気持ちが心をからっぽにさせた。
後悔も、心残りも、無念さも……
神獣が発したこの炎で全て浄化してもらおう……
全てを受け入れ、脱力したこの感覚は、両親を亡くし、絶望した日の夜と同じだった。
ーーーー
「ファナ……ファナ!」
「お姉ちゃん……?」
「生きているなら、目を開けていなさい」
優しく私の身体を起こしてくれたお姉ちゃんの手は温かかった。
いつもの部屋で目を閉じて、
いつもの布団に潜り込み、
いつもの天井を眺めつつ目蓋を閉じれば、
いつも通りの明日が来るのだと思っていた。そんな日の夜、私はお姉ちゃんの声で目が覚めた。
目を醒ました時には、いつもならば視界に見馴れた天井が広がるのだが、今私が目にしたのは、瓦礫がすぐ近くまで押し寄せている光景だった。
家は崩れ、天井は崩落し、埃と塵で空気は酷く淀んでいた。
「お姉ちゃん、これは……夢なの?」
「誰かの夢の世界でも、誰かが願った
この時、幼かった私は、大好きなお姉ちゃんが率先して連れ出してくれた事が嬉しかった。
後に、私達の住む村がモンスターのスタンピードに巻き込まれ、両親を亡くし、住む場所さえも失ったという現実を理解したのだ。
知ってからの絶望感は私の心を蝕んだ。思い出す度に何度も涙が溢れては止まらなかった。しかし、住むところが亡く、野宿を強いられた私達は、音を立てることも出来ず、服に口を抑え声が漏れないようにしながら泣いて過ごした。
喉の乾きも、空腹も、悲しみも限界を迎えた時、何をすることも出来ず、何をしたいということも沸かず、ただただ無心に倒れこんでいた。
「お姉ちゃん……もう諦めようよ。ママやパパに会いに……行こうよ」
「諦めないで、ファナ。貴女だけでも生きてほしい……モンスターさえいなくなればファナは安心して暮らせるわ……私に力さえあれば……」
ーーーー
生きる意味を失い、お姉ちゃんに『もう諦めようよ』と呟いた、あの日の夜と同じだ……。
希望も、未来も、何もない。
どう足掻いても、待っているのは絶望の悲しみが私の心をまた襲う日々だ。
「私は……もう……」
水を忘れた砂漠のような荒れ果てた私の心に、一滴の潤いが浸透した。
『ファナちゃん!!』
私の名を呼ぶシイナの声。温かく、そして優しい声だ。これまで、幾度なく私の危機を救ってくれた。
眼を開くと、龍と私の前にシイナがいた。
「ちょ、危ないわよ!! そこを退きなさい」
「にへへ~大丈夫」
絶体絶命の中、シイナは普段通りの笑顔を私に向けている。
眩しい笑顔。シイナの瞳には希望に満ちた輝きを放っていた。
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