第35話 すれ違いから逆転の風の匂い?

「流石、亜種テイマーね。私が知らない間にまた強くなっているわ……」


 ファナちゃんが私を褒めてくれることは今まであまり無かったので、凄く新鮮な気持ちになった。非常に嬉しくて、はしゃぎたいほど幸せなのだが、私は浮かれはしなかった。


【ファナちゃんとお話ししたいから】


 今の私にとって、唯一の目標であり願いだからこそ、私は自信を持って行動できている。


 神獣からの攻撃をかわすことに全神経を注いでいるのも気持ちが影響しているのであろう。


 そして、私の身体が軽いと感じているのは、気持ちの面だけでなく、身体能力的にも上がっていることが影響している事を物語っていた。


 レベルアップしたり、様々なモンスターの匂いに触れてきた事で、私の力となり知恵となり、技となり、そして行動の幅が増し、そして強くなっている。


 神獣と言えど、今は存在外に支配され、ファナちゃんの操り糸により無理矢理行動を強いられている。自発的に、能動的に動いているわけではないこともあり、最速の攻撃とは言い難い程の動きだ。


 既に持ち合わせている能力で十分に対応出来ている。


 ヘカティアちゃんは、神獣に取り憑いている存在外の除去及び駆除作業に専念してくれていた。


「私が、能天気に依頼クエストを堪能している間にも、ファナちゃんは悩み苦しんでいたんだね……」


「その点は大丈夫よ、シイナ。私が悩んでいる点は、あくまで『カルネージ』の副代表ナンバー2としての悩みであって、敵である貴女に相談することでもお願いすることでもないの。シイナは人が良すぎる事が長所でもあり、欠点でもあるわね」


「えへへ~」

「だからお願い。大好きな貴女達を傷つけたくないから、素直に引き下がってちょうだい。これ以上、私を苦しめないで……」


「大丈夫。ファナちゃんの為なら、私はいくら傷ついても構わない。ファナちゃんとこれからも寄り添いたいし、一緒に馬鹿やって笑っていたい。そして、【私に嗅がれてほしい】。だから、もう少しだけの辛抱だから……ね」

「何よ、最後の方だけ力説しちゃって……調子が狂うわよ。どうして、あんたは私の事を慕ってくれるのよ。軽蔑した眼差しじゃなくて、いつもの顔で私の事を見れるの……」


 あぇ? わかっちゃいましたか。

 

 久しく本物のファナちゃんの匂いを嗅いでいないので、早く嗅ぎたくて堪らない。禁断症状が大変なんだから。


「ファナちぁ~~ん!!」と叫びながら衣服を脱ぎ散らかしつつジャンプする秘技『ルパンダイブ』を披露したいのは山々やまやまなのですが、荒野のど真ん中でパンイチの娘がいたら、それこそ異変だ。


 存在外が焦って、私の身体を隠そうと取り憑いてくれるかもしれない。


『いつもの顔でファナちゃんを見てる?』いえいえ、そんなことはございませんよ?


 私はファナちゃんを、お嗅ぎたい下心が表情に滲み出ていると思うのですが。もしかして、遠回しに『あんた、いつもニヤけてるわよ?』と仰りたいのですか?!


 それは治しようがありません。生まれつきの顔でございます。ニヤけ顔へのお問い合わせは、前前前世の私か、先先々代くらいの御先祖様にご相談ください。



 さて、神獣を纏っている存在外は今も尚も私やヘカティアちゃんを殺しにかかっている。


 私は解っている。今の攻撃だってファナちゃん自らが指示したことでは無いことくらい。


 黒く染まった糸で操り指示しているが、時折その糸を解除している事を私は匂いで察知している。


 そして、その時に神獣は私達に攻撃をしかけているのだ。


 恐らく、神獣も纏わりつく存在外から逃れたい一身で暴れているだけだ。だからこそ、単調であり、生身の人間である私ですら避けられているのだ。


 そして、


 ファナちゃんも、そして神獣からも匂いがする。


『不安と疑念からくる迷いの匂い』が。


 迷いは行動の全てを鈍らせる。全神経を司り、司令塔でもある脳からの伝達。その行為の精度がくすみ、霞み、そして曇るのだ。


 結果として、迷いに惑わされた行動では良き成果をあげることはできない。


 だからこそ、私は今もまだ生きている。


「ファナちゃん、もうすぐだからね?」


 私は身構えた。


 全神経を集中させ、そして過去に味わった匂いを思い出す。


 初めて出会った時に感じた風。全てを吹き飛ばすかのように雄々しい風は、ある大神官が発生させた気流であった。


 今となれば、初めて出会ったあの大神官ヘルメスくんは私に、逆境から甦る逆転『風』を伝えたかったのかもしれない。


 全ての事象に風を。


 悪しき流れに対し、神聖で新鮮な風で全てを洗い流すかのように。


 匂いを通じて、時を遡り、そして時を駆け巡り、今私の脳へと伝達作業が終了を迎えた。


「思い出した……あのときの風の【匂い】今の私なら忠実に再現できる……」


 無色のオーラを纏い、今ファナちゃんと神獣に向かって身構えた。


 放つ直前、回りの音が一瞬にして消えたように感じた。全ての物が止まり、私の心臓の音だけが聴こえてくる。


 ドクン。ドクン。


 リズム良く奏でる音は、耳を澄ませない限り聴こえてはこない。だが、この場に居合わせた誰もが、私の心臓の鼓動を聞いてくれているような、そんな不思議な気持ちになってしまった。


 閉じていた私の眼が開く。


春疾風ハルハヤテ


 呟いた声と共に、私が巻き起こした風が渦を巻き、空間の全てを巻き込んだ。


 神獣は風に吹き飛ばされぬよう、一生懸命その場で踏みしめている。


「う、嘘だろ……『ハルハヤテ』は問題児神官ヘルメス・レターソンだけが使用していた唯一無二の技だぞ?! 良い風だ、何百年振りに見た以来だよ、懐かしい……な」


 ヘカティアちゃんも身を屈め吹き飛ばされないようにしていた。


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