第34話 求めた声は哀しげな匂い?

 魔人アースラーさんの話では、神獣は存在外から逃げるように北の山脈付近へ逃げて行ったとのことだった。


 もし存在外達が神獣を執拗に追いかけているのであれば、北を目指せば会えるかもしれない。


【ラプマプタン地方で紅い大型モンスター有り】


 このタイトルの依頼は依頼書として一旦は受理されたらしい。だが、不備により保留となっている案件だとアーリエさんが教えてくれた分である。


 被害状況が有り、討伐の依頼や調査系の内容であれば依頼クエストとして正式に認定を受ける前提として保留されていた。


 不備内容ではあるが、私個人が気になっていた為、特別に借りている案件でもある。


 魔人アースラーさんの話と方角も合致している為、この紅い大型モンスターは私の予想では神獣だ。


 ヘカティアちゃんと一緒にラプマプタンへと向かった。


 道中、野生のモンスターと遭遇することなく進むことができた。神獣や存在外の出現の影響かなとヘカティアちゃんに話していたら「シイナのオーラが怖すぎて隠れているんだろ」と呆れられた。


 確かに、私は仲良くなったモンスターの技を使用できたり、匂いを憶えた技等は真似している。だけど、あくまで『真似』であってオリジナルより優っているだなんて思ってはいない。


 古代詠唱だって魔人アースラーさんより上手いだなんてまったく思ってもいない。


 ただ、『嗅覚』だけは誰にも劣る気はしない。みきり発車だとバカにされても構わない。このまま進めば『ファナちゃんに会える』そんな匂いがしてならなかった。


「ラプマプタン地方は、別名『無差別地域』て呼ばれている。定住している種族やモンスターは存在せず、仮に遭遇した場合は必ずと言っていい程戦闘に発展する危険地帯だ。知ってたかい?」

「ううん、知らなかったよ~。それに知っていたとしても、ファナちゃんがいそうな案件なら迷わずに飛び込むよ?」


「ははは。シイナらしい返事だね。魔人をも従えちゃう君の事だ。僕なんかが止めたところで素直に従ってくれるだなんて思っちゃいないさ。ただ……」


『危険地帯だから今まで以上に注意を怠らないように』


 ヘカティアちゃんは私の身の心配をして助言してくれた。


 私には解っている。嫌な顔せず、私の後ろから同行してくれている理由を。


 私の生命を狙っているわけでもなければ、私が死ぬ様子を見逃さない為でもない。


【私の事を心配し、気にかけてくれている】からだという事を。


 私のワガママに付き合ってくれている彼女の存在は、私に取って大きな財産だ。


 そして、私もヘカティアちゃんも想いは一緒だ。


【ファナちゃんと無事再会できますように】


 幾度なく想い、何度も聞きたいと願った声はラプマプタン地方の荒野でようやく聞くことができた。


「シイナ、ヘカティア……まさか、ここまで来ちゃうとはね……」


 初めてだった。

 毎日一緒にいたのに、ここまで寂しそうなファナちゃんの声を聞くのは。


 私が求めていた声はこんな声色では無かった。


 いつも少しキツ目の言い方だけど、どこか優しさがあって、思いやりに溢れて、それでいて素直で。


 どの場面の言葉を切り取っても私達が大好きなファナちゃんがそこにはいた筈なのに……


 今はその面影は無かった。


「私やヘカティアちゃんは、ファナちゃんに会いたくて来たんだよ……来ない方が良かったの?」


 少し無言が続いた後、ファナちゃんは小さな声で答えてくれた。


「……そうね、こんな辛い想いをするくらいなら、初めからシイナやヘカティアとは会わなかった方が良かったのかも……ね」


「ファナちゃん……」

「むしろ、私の責任だわ。シイナが我々『カルネージ』側で危険視していた亜種テイマーだと最初から解ってさえすれば……」


「すれば……何? ファナちゃんは私を殺そうとしてたの?」


 ファナちゃんは下唇を噛み締めながら、怒るように大声をあげた。


「……今となっては、わからないわ!! あんたみたいなお人好し、今まで出会って来なかったわよ! ……わからないから……辛いのよ……」


 言葉は徐々に掠れ、最後は上手く聞き取れなかった。


「カルネージ……暴れ狂うモンスターの撲滅を目指している集団。僕も名前くらいは聞いたことがあるが、胡散臭い団体にファナが加盟しているとはな……」


「ヘカティアちゃんは何でも知っているんだね~」

「いや、知らないさ。実際はどういう活動をしていて、何が真の目的なのかを。そして、神獣である『紅き龍』を漆黒の存在外で覆い、なぜ拘束しているのかも」


 紅き龍は蠢く黒い影に制圧され、まるで龍型の存在外かのようになっていた。ファナちゃんはその龍の上に立っていた。


「私も、驚いたわ……お姉ちゃんの職業ジョブがネクロマンサーに転職していただなんて。今では、私もお姉ちゃんが何をしたいのかは、妹の私でさえわからないわ……解るのは、存在外に侵された神獣は私の操り糸で操作でき、貴女シイナがカルネージにとって驚異ってことぐらい……」


 ファナちゃんは魔力を駆使し、ふわりと宙に浮かび始めた。


 黒い操り糸がくろい龍にまとわりつき、苦しそうではあるが私の方を睨み吼えていた。


 一体何が正解で、何が答えかなんてわからない。ただ、目の前には闘争心に充ちたモンスターが此方を威嚇しており、私とヘカティアちゃんは応戦する体制を整えてきた。


「今更ながらにして、最後の自己紹介よシイナ……私はカルネージの副団長ナンバー2ファナ・エスフィリアス。操り師パペッティアの使い手で神獣をも操る上級冒険者よ……」


 ファナちゃんは操っていた黒い糸を手繰りよせ、それに反応するかのように黒龍も動き始めた。


 単調な動きであった為、避ける事には成功したがライムちゃんの様子がいつもと違っていた。


「どうしたの? ライムちゃん」

「キュ……」


 小刻みに震えながらも、闘争心だけは何とか見せてくれた。だが、いつもみたいなハリも艶も、覇気もなく、どんよりした空気に包まれていた。


 私は亜種テイマー。レベルアップしたことでライムちゃんの声から本音を聞き分ける事ができる。


 ライムちゃんは『ファナと本当に争わないといけないの?』と私に聞きたがっていた。


 私だって、ファナちゃんとは闘いたくないし、傷つけたくもない。


 何故、カルネージという団体は、存在外を操り、多くの人を襲っているのかも私にはわからない。ファナちゃんが、私を危険視しているのかも……


 ただ、苦しそうなファナちゃんの行動を止めさせ、話を聞くことが何よりも大事だと言うことを、ライムちゃんをはじめ、ヘカティアちゃんにも念を通して伝えた。


「シイナがそう思うなら僕は手伝うまでさ」

「うん! お願いっ! ヘカティアちゃんには強力きょうりょだから協力きょうりょくして」


「ははは。こんな時に言葉遊びだなんて、やっぱりシイナは楽しい人間だ!」


 ヘカティアちゃんから笑顔が見えて安心する私。彼女程頼もしい存在はいない。


 大好きなファナちゃんと、ちゃんとお話しもしたいし、悩みも聞きたいし、困っている事があれば一緒に背負いたい。


 先ずは彼女を止める事から。

 存在外を使用し、神獣を拘束し、何がしたいのかはわからないけど、それでも私達は止めたいと心からお申し、行動したい。


 何かが変わるかも。


 淡い期待ではあるが、それでも望んだ未来を迎えられる可能性があるのであれば、チャレンジしたい。


 ヘカティアちゃんのように笑いながら取り組みたい。


 私達とファナちゃんとの闘いが今まさに始まろうとしていた。

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