第33話 レトロな壺の香りは新しい匂い?
「難しい道順だったね~」
「あぁ、ミムの助言がなければ僕たちは完璧に迷っていただろうね」
ヘカティアちゃんと話をしつつ現れたモンスターを無力化していく私達。
道は一本道に見えるが複雑だった。前方だけをみていると一本道だが、後ろを振り替えると二股に分かれている箇所がいくつもあった。
もし、仮にミムちゃんに遭遇せず魔神を倒しても、帰り道が分からずこの洞窟で息絶えていたに違いない。
ゲームを含めて、今までで一番複雑だと感じた経路だった。
「くんくん……
ミムちゃんはこのボルケノ山の道には精通しているようで、目印なしでこの洞窟内を移動できるそうだ。万が一迷ったとしても、正規ルートがわかるように主要なルートの分岐点付近に薬草花の匂いを少しだけ付けているらしい。
匂いに敏感な私にとって、ルートを暗記するより、匂いを辿った方が遥かに簡単だった。
「本当に、シイナは嗅ぐ
あれ、何でだろう。ヘカティアちゃんから褒められている気がしないぞ。
『犬のように這いつくばって匂いを嗅ぐ姿なんか、支配下のゴースト達に見せられないよ』と遠回しに言われている気がしてならないのだけど。
それから私はヘカティアちゃんの犬に成り下がったかのように、壁や地面をくんかくんかしつつ順路を突き進む。ライムちゃんも私の真似をしているのか、一緒に『すんすん』と嗅いでいるような仕草を見せていた。
そして、先へと進むと広い空間に辿り着いた。
ホールのように声が反響する。この空間が人口物なのか、自然が作り出した奇跡なのかはわからないが、ドーム状になっており、私とヘカティアちゃんの声が共鳴する。
ヘカティアちゃんが見つめる先に、大きな壺が佇んでいた。
「ヘカティアちゃん、あの場所の真ん中に『いかにも怪しいですよ』って雰囲気の大きな壺があるよ。もしかして、あの中にお宝が潜んでいたりして?! 壊しちゃう?!破壊しちゃう?!粉砕しちゃう?!」
「ははは、宝か。君がいた他世界には壺の中に物を隠すような習慣でもあったのかい?」
「いや、私の住む世界の風習と言うよりかは、私が遊んでいたゲームの世界の常識というか……」
ゲームという単語に対し、キョトン顔を向けられた私。ゲームを知らないヘカティアちゃんには『自分のいる世界とは別の世界を旅したり遊んだり闘ったりする事を擬似的に経験できちゃう優れものだよ』と伝えると、ヘカティアちゃんは今までにないようなくらいキラキラした表情を見せた。
「この僕でさえ、想像できない……他の世界を擬似体験できるアイテムが存在するなんて……シイナへの興味は増すばかりだよ」
そう言えば、この世界に来て無一文だった頃、アルハインの露店の樽の中を漁ろうとしたときに、店主のおっちゃん
樽を破壊して中まで確認しないかっただけ良心的な冒険者だと褒めて欲しいくらいなのだけど、この世界の常識は、私が現実世界でプレイしていたゲームの世界の常識とは少し違うみたいだ。
「あの樽は、残念ながら壊さなくても『既に開いている』という表現の方が正しい……かな」
ヘカティアちゃんはいつでも詠唱できる体勢を取り身構えていた。
「へ? 開いてい……」
その時だった。壺が大きく左右に揺れ、半開きになっていた蓋が地面へと落下した。
パリンと乾いた音が空間に響き渡る。
開いた壺の口から手が出現し、壺の縁をがっちりと握っていた。右手、そして左手の順に……
ただならぬ気配と、ケタケタ笑う不気味な笑い声がしたと同時に、壺から顔を覗かせた。
「ギャハハ。実に愉快だ。強そうな気配がしたから忌々しい龍が戻ってきたかと思ったぜ。隠れて不意打ちする予定だったが、迷子のガキ2匹が来るとはなっギャハハ!!」
頭を抱えながら嬉しそうに笑う者が一体現れた。
「あなたは壺屋のおじさんですか?」
「壺屋……まぁ、いい。こんな地下迷宮で無事に最深部まで運良く来た次いでに教えてやるぜ、俺様は泣く子も
「ゆうめい?」
と言うか、泣く子は最初から
「ほほぅ。俺様を知らない人間がいるとは、どうやら永く眠らされたようだぜ。いいさ、教えてやる」
壺おじさんの話では、大昔に、
「じゃあアースラーさんはモンスターじゃなくて、人間なの?」
「ほほぅ。面白い質問をしやがるな。元は人間だ、だが悪魔族と取引をして魔人化したからモンスターといえばモンスターさ。そして、
アースラーが人差し指を左右に振った瞬間、私とヘカティアちゃんの足元から白色の火柱が出現した。
いきなり火柱なんて激しめの舞台セットを発動するとは。流石は
私はライムちゃんの助けも借りて何とか直撃は免れたが、ヘカティアちゃんが直撃してしまった。
「ヘカティアちゃん、大丈夫?!」
「油断した……魔人のくせに古代詠唱で魔法を発動させるなんて、厄介な技を発動してくれるじゃないか」
片眼を瞑りつつ額の汗を拭うヘカティアちゃん。どうやら無事のようだけど、今の一撃で相当な体力を消費したようだ。
「おいおい。2人とも即死すると思ったのに、片方は生きているし、もう片方は無傷とは予想外だ。お前等、ただの人間じゃ……ねぇな?」
余裕を見せていたアースラーさんであったが、私達の対応に酷くびっくりした様子であった。
「うん、私達はゴーストと
「……。成る程な、気配から察するにゴーストと
「すごーい!! 魔人さんって知っている事が多いんだね~」
「シイナ、今回は相手が悪すぎる。奴は古代詠唱使いだ。私達が対処できるレベルを越えている。逃げた方がどうやら良さそうだ」
「ギャハハハハ。ゴーストのガキは俺より物知りじゃねーか。特別に、
悲壮感に溢れていたヘカティアちゃん。対照的に魔人さんは拳を握りしめながら高らかに笑っていた。
よっ、流石は
「凄いね、古代詠唱で発動したら魔法って真っ白になっちゃうの?」
「ガキ……ふん、まぁいい。
出現した白色の球体群。私を取り囲むかのように現れた数十個の球体は伸縮をした後に、それぞれが大爆発を起こした。
空気が揺れ、追いかけるように熱風の波が何度も押し寄せるかのようにやってきた。
「ゲハハハハハ。今のが、古代詠唱で発動させた【メテオドライブ】さ。上級冒険者の魔法使いでも、詠唱するだけで数十秒はかかる技だが、古代詠唱なら即時発動できるのさ、ゲハハハハハ!!」
「……ふ~ん。今のがメテオドライブて言うのかぁ。マナの消費が凄そうだし、術式が複雑そう……」
「おぃ……さっき俺は、お前を確かに当てた筈だ。跡形もなく消し去るように当て……」
アースラーは現場を見て一目でわかった。彼が当てたのはライムちゃんが産み出した、私の虚像であることに。
「ちっ……いつのまに」
笑みを失ったのはアースラーさん。いつしか笑うことを止め、私から少しだけ距離を取って身構えている。
そして、
反対に、私は笑みが溢れ出しては止まらない。
「……ガキぃ、何が面白い?」
「そりゃ新しいモノに触れあえたら、私は笑っちゃうの。特に、古代詠唱の『匂い』なんて未知の香りがしたからたまらなくて」
「はっ? 香り?! ガキは何を言ってっ……!!」
アースラーさんの足元から突如白色の火柱が出現させ、クビに直撃した。
「う……嘘だろ、シイナ。まさか今のは、もしかして古代詠唱……なのかい?」
「あ、うん。匂いから分析して真似てみたよ? 複雑でレトロな匂いだったから完璧に再現できるまではコントロールが難しいかも」
「あ……あり得ねぇ!! 匂いだかトーレスかは知らねえが、ガキが見様見真似で出来るわけがないっ!! 古代詠唱は即時詠唱と呼ばれ、魔法陣の展開を簡素化し、発動できる最速の詠唱法だぞ。恐れられ禁じ手となった手法を、初見のガキに真似されてたまるかぁ!!」
「禁じ手?! 通りで複雑な匂いだと思ったよ~」
「うるせぇ!! さっさと……」
「あ、火柱はもう匂いを知ったから、もう良いよ?」
「はぁ? うっ!!」
アースラーがまた火柱を古代詠唱で発動しそうな匂いがしたので、私はメテオドライブを即時発動し丸焦げにした。
「な、何故だ……古代詠唱は最速詠唱法。発動するタイミングを事前に察知し、対策するだなんてそんな事あってたまるかよ……」
「分かるよ? だってアースラーさんから発動
「いやいや、待て待て待ってくれ!!参った降参だ勘弁してくれ。何でも言うことを聞くから生命だけは……」
「そうだね。生命あってこそ……だよね? 私の言うことを何でも聞いてくれるなら助けてあげなくもない……よ?」
「へへぇ、有難い。生きてれさえ、何れ貴様を殺す機会……が……」
アースラーさんの顔色が変わった。邪気に満ち溢れていたオーラは失い、血色さえ良くなった。
「あれ? おかしいぜ。シイナ様を殺そうと企んでい……ん?! シイナ
「ははっ。哀れだなぁ~魔人で魔神のくせに。生きていれば殺害の機会に巡り会えると安直に考えたのだろうけど、シイナは亜種テイマーだ。一度でも彼女の支配下になってしまえば最期。あんたはこれからずっとシイナに『飼い慣らされる』事になるよ……」
「じゃあ、アースラーさん。襲った集落の復興と警備に全力を注いでね?」
「はっ? なんで俺様が地底人の手伝いなんか……
その後、私はミムちゃんを始め、眠らせていた集落の人達に事情を話し『魔人で演歌歌手のアースラーさんが集落の守護神になるように教育してあげて』とお願いした。
「じゃあね、アースラーさん。後は任せたよ?」
「ちっ。こんな羽目になるとはな。
「それって、ファナちゃん?!」
「さあな、名前までは
「そっか……教えてくれてありがとうね」
私達は集落を後にした。
「シイナ、君って人間は底がしれないなぁ」
「そう? 匂いが好きな一般人ですよ?」
「古代詠唱を匂いで習得するなんて、君以外ありえない芸当だ」
「そう? 壺の中にはお宝は入って無かったけど、古代詠唱の匂いというお宝に巡り会えたから凄くラッキーだったかもっ!!」
私はそう言うと、やや困惑した様子のヘカティアちゃん。
「シイナと普段一緒にいたファナの大変さが理解できたような気がするよ」
ボソリと毒を吐いたヘカティアちゃん。私は彼女の手をひきながら笑った。
「そのファナちゃんを早く見つけないとだね!!」
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