第32話 充満したガスから就寝時間を報せる匂い?

「熱いね……」


 さすが火山活動を絶えず行っているだけはある。他のダンジョンとは違い、サウナの部屋を探索しているかのような感覚だ。


 とは言っても、少し汗をかく程度で過ごせてはいる。喉が焼ける程の温度でもなければ、ガスが充満して歩けない訳でもない。


 私みたいな駆け出し冒険者であっても内部散策くらいは楽しめるくらいだ。


 ……と言うのは冗談でして。


 冷やっこいライムちゃんが、熱冷しのシートの様に、おでこ付近に密着してくれているお陰で、私みたいなFランク冒険者でも平気な顔して歩けている。


 可能であれば分裂していただき、両脇に挟みたい。


 熱中症に効果的なのは額より脇を冷やせとか、なんとか。私の愛読書の漫画のキャラでさえ、脇でおにぎりをギュッギュッと握っていたくらいだから、人類は脇に何かを挟まずにはいられない生物なのかもしれない。


 だが、ライムちゃんはさぞかし嫌がるだろうし、それは次の機会まで残しておこう。 


「暑い場所の散策は初めてかい? シイナ君は冒険の経験は少なめだからね~」

「逆に……ヘカティアちゃんは経験豊富そうだね。私の代わりにダンジョン探索のナビをしてくれても良かったのに~」


「それはちょっと出来ぬ提案のようだ。僕が先頭に立てば、君が死ぬ所を見逃すかもしれないじゃないか」


 私の生死の行方をバラエティ番組を観ているかのような感覚でさらりと言うんじゃありません。私が死にそうなら全力で助けてください。何でもしますので。


「さぁ、談笑はここまでのようだね」


 ヘカティアちゃんの声のトーンが少し下がった。口は笑いながらも、表情は堅くなっている。


 私達の目の前には大きな空間が広がっており、簡易的な家が並んでいた。どうやらここは居住エリアみたいだが、物知りのヘカティアちゃんに尋ねても「ここまで潜入したのは僕も初めてだよ」と小さな白旗を上げていた。


 中から武器を携えた人間がぞろぞろとやって来た。表情は皆険しく、私達をいつ殺そうかと殺気だっていた。


「お、お前達も地底の秩序を乱す化物だな?」

「ば、化け物?! い、いえ、私達は先ほどボルケノ山洞窟の入り口から入ってきた人間と……」


『こちら、ゴースト種族王のヘカティアちゃんです』と元気に紹介しようとした所で言葉を遮断した私。


 人間からすればゴーストは化物にしか見えないだろう。


 う~ん、何てお答えしようかな……。


「答えられないのは怪しいな。平穏に暮らしていたのに、黒い幽霊みたいな化物に集落は襲われ、地底にいる神獣様の生命を汚そうとした。俺達は外部からの穢れは許さねぇ!!」

「そうだ、そうだ!! 汚い生物は汚れきった地上に帰りやがれ」


 相次ぐ罵倒が私達へ降り注がれた。お互い、まだちゃんと名乗ってもいないのに、彼等から向けられた嫌悪感からは独特な棘を感じた。


 そして、武器を持っていた人間の1人がしびれを切らしたのか、剣技を発動しようとさした。一方で、ヘカティアちゃんは姿を消し、目にも止まらぬ速さで彼の背後を取っていた。


「なっ……消えた?! ひ、ひぃ……」

「僕はね、シイナとは違って優しくはないよ。君達を殺すことくらいで躊躇したりはしない」


 ヘカティアちゃんは彼の背後からボソリと呟きつつ、死神が持っていそうな大きな鎌を首に当てていたので、私は全力で止めた。


「待って、ヘカティアちゃん」

「殺そうとした者に、僕は容赦しない。僕に何かあれば、全ゴーストなかまがここに集まり、戦争になってしまうからね」


 確かにそうだ。

 この世は弱肉強食であり、強い者が生き残り、弱い者がこの世を去る。自然の摂理であり、ヘカティアちゃんの『殺そうとした者に容赦しない』という姿勢は生物としてはハナマルだ。


 だけど、落ち着いてヘカティアちゃん。


 私がヘカティアちゃんを呼び止めたのは別の事が聞きたかったの。『どこからそんな大きな鎌を取り出したのか?』と『首をはねる以外にその鎌の使い道ってあるの?』の2点だ。


 透明化した鎌を具現化したのだとは思うが、鎌の使い道の方が私は知りたい。農作業をするにはデカすぎるし、室内に入るときに『カンッ』とぶつけてしまいそうだ。


 私の知りたい欲のせいで、彼の生命は結果的に助かったけど、まぁ、それでいいや。


 今更になって冷静に考えてみると、私達に向けられた敵意は勘違いの可能性が濃厚だ。避けられる戦闘であれば無理に応戦する必要はなかったので結果オーライか。


 仕方ない。私も何かしようかな。


 私は黒い煙幕を発生させ、視界を暗闇へと変えた。


 ガスクラウドが使用していた煙幕を見様見真似で発動してみた所、現場は大惨事になってしまった。


「なっ……」


 一瞬だけ怯む声を上げたかと思えば、地底の居住エリアから出てきた者全てがその場に倒れてしまった。


 私は煙幕で撹乱させ、その隙にこの場から離脱しようとしたのだが、私が発動したガスクラウドの技の影響により無力化してしまった。


 ちょっと! 思っていた展開と違うんですけど!!『ケッホ、ケッホ。何だよこの煙幕は。わかった、攻撃しないから解除してくれ~』みたいな展開を希望していたのですが?!


 この技のトリセツ誰か私に貸していただけません?


「あれ、みんな倒れちゃった……」

「成る程な。僕が手を下さなくとも、一瞬で全員を黙らせてくれるとは流石シイナだな」


「いやいやいやいや、違いますよ?! 間違ったんです?!」


 必死に否定したが、何を間違ったのかがわかりません。何故皆さん横になられたのでしょう。煙幕を出したのは私ですが、それでも私はやっていません。無実です、ノーギルティなんです。


 私はただ、ガスクラウドが使用した技を真似し、視界を悪くして、その間にヘカティアちゃんを連れて、この居住エリアから脱出する算段だったのに……


 ヘカティアちゃんに現場検証していただいた結果、私が発動した煙幕には催眠効果も付与されていたらしく、それで皆が倒れちゃったらしい。良かった~皆さん死んでなくて。


「惜しい」


 ぼそりと悔しがるヘカティアちゃん。こらこら、そこ。何悔しがっているの? 死んでいたら、魂抜き取ってゴースト族の総人口増やそうとしていたんでしょ?


 死体を求めるだなんて、ネクロマンサーと同じレベルの悪党だよ。駄目だよ、亡骸なきがらさんを叩き起こして再度働かせようと再雇用契約を結ぶのは。


 そして、この集落の人は死なず寝ているだけ。結果的に良かったよ、大成功!!


 さぁ、私達は居住エリアをおいとまさせていただきますよ~っと。


 こっそりこの場から出ようとした時、ある声がした。


「お……おねちゃん達は、悪くないお化けさんなの?」

「きゃっ! 誰?!」


 居住エリアにもまだ人が残っていたようだ。幼い女の子が涙目になりながらもこちらの様子を窺っていた。


「大丈夫だよ~私達は人間。黒い影のようなオバケと違って、私達は襲わないよ」

「……おねちゃん、嘘ついてる」


「んへ?」

「強いお姉ちゃんは人間だけど、そっちのお姉ちゃんはお化けだもん……」


「もしかして、ヘカティアちゃんがゴーストってわかるの?!」

「うん……私、生まれたときから何でも見抜けちゃう体質なの……」


 自分の事をミムと名乗り、この集落に住んでいる8歳の女の子が声をかけてきた。ミムちゃんの話では、黒いお化けが集落を襲い大打撃を受けており、住民は皆、気が立っているとの事だった。


「成る程な。安心しろ、人間は眠っているだけで、シイナは誰も殺してない」

「ありがとうおねえちゃん。でも、このボルケノ山ももう破滅しちゃう。起きたらみんな逃げないと……」


「破滅? どうして破滅しちゃうの?」

「このボルケノ山に封印されている魔神が暴れ始めているの」


 ヘカティアちゃんの予想通りだった。魔神の封印を護っていた神獣が襲われ、この場から離れた事で魔神が復活してしまったのだ。


 依頼書のターゲットは魔神で間違いなさそうだ。


「強いおねえちゃん達、魔神をやっつけてくれない?」


 ミムは目に涙を貯めながら必死にお願いをしてきた。


『集落を護りたい』


 襲って来た人達も、ミムちゃんも願いは同じだった。


 存在外が神獣を狙った理由はまだわからない。だけど、存在外の影響で多くの人が困っている事だけは理解した。


 私は冒険者だ。自分の行動理由は把握しているつもりだ。生命をBETかけてでも向かいたい方向はある。


「ミムちゃん、魔神がいそうな場所を教えて」


「良いのかい、シイナ。彼等は僕達を殺そうとしたのだよ?」

「ね。もしかしたら、私この場で死んでいたかもね。今ゴーストになろうが、人助けして100年後に自然死しようが大差ないでしょ? だったら、生きている間は人助けでもして時間を潰さないとね~」


「ははは。君は本当に面白いね~命をかけてでも魔神との時間潰しを選択するとは。そしていつも希望を捨てていないその眼。ゴーストルールで時間潰しをしたあの愉しさはやっぱり本物だったよ!!」


「ミムちゃんからルート教えてもらったよ。これで私でも案内できる。ついて来てくれるよね?」

「あぁ、勿論さ。僕等、ただの種族ごときが、格上の魔神との闘いを選択するだなんて、無謀過ぎて血が騒ぐよ」


 道順を教えてくれたミムちゃんとお別れした後、私はヘカティアちゃんと先を目指した。

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