第31話 素人による案内は正解ルートの匂い?

「方角とすればこっちで良いんだよね?」


 洞窟の中を突き進む私。やや後方からはヘカティアちゃんが、ちゃんとお供してくれていた。進路を開拓する無防備な私に変わり、背後から迫り来るモンスターを懲らしめてくれていた。


 道案内なんて苦手でして。

 ダダンさんとサーマルさんと3人でキノコ狩りした時も、お二人におともしただけでして。本来であれば、先頭を歩く人間が周囲への警戒を行いつつ、道を進むのだが、今回はヘカティアちゃんにモンスター退治をお願いしてある。


 だが、文句も垂れていた。


「僕達を襲いに来るならヒト型のモンスターに来て欲しい」と。


 ゴースト族は他の種族とは違いユニークな点がある。それは他の種族が亡くなった際にいくつかの条件を満たしていれば、低確率でゴースト族としてその場で生まれ変わるらしい。


 そして、ユニークだと感じたのが【ヒト型の生き物が亡くなった際にゴーストに成りやすい】という点だ。


 確かに、ゴーストと言えばヒト型の幽霊をよく見かける。逆も然りで、モンスターの外見をしているゴーストを私はまだ見た覚えがない。


 私がプレイしていたゲームも、ゴースト犬は出ずゾンビ犬が主流だった。ヘカティアちゃんに聞いたとしたら『たましいで動くのがゴーストで、死体そのものが動くのがゾンビさ』みたいな事をレクチャー受けそうだから今は遠慮しておこう。


 私にはお話する余裕はなく、このルートをこのまま進んでいいか迷っている真っ最中なのだ。


 私がオロオロしていると、ヘカティアちゃんが困った様子で私に尋ね返してきた。


「舵取りをしている君が『行く方向が正しいか』を僕に聞いちゃ駄目なやつ……だよね?」と。


 そう。最前線の私にお供してくれているヘカティアちゃんは問答無用でついて来てくれている。そんな彼女に道順を聞くのは確かにお門違いではある。


「その質問は僕も困るから、シイナが潔く『宣言』してくれるほうが助かるかな~」


 成る程、宣言か。


 そんな大それた事をするのは恥ずかしい気はするが、ヘカティアちゃんが出してくれた助け船だ。ここは素直に声高らかに宣言するとしよう。せーのっ!


「道に迷いました」

「……はい、良く言えたねシイナ、エライエライ」


 胸を張って宣言した私に対し、ヘカティアちゃんは咎める事なく、笑顔で受け止めてくれた。一緒に旅をしているのがファナちゃんであれば、


「はぃ?! 方向音痴とか冒険者として致命傷過ぎるわよ!! スライムの言葉が理解できるならモンスターに道案内してもらいなさいよ」と今頃罵られていたに違いない。


「迷子になったのに、ヘカティアちゃんは怒らないから優しいなぁ~」

「ん? 僕は優しくはないぞ?」


「優しいよ。ファナちゃんと旅したら『ポーションガブ飲みしないっ!』とか怒られちゃうんだもん」

「ははは、その行動はシイナらしいな。シイナの事だから、遭遇したモンスターに対して『ねぇねぇモンスターの匂いを嗅いで来て良い?』とか興奮しながらファナに尋ねていそうだな」


「な、何でわかるの?! もしかして、透明化して私とファナちゃんの旅を覗き見していたの?」

「ははは。僕は、シイナとは違って悪趣味は無いから安心してくれて良い」


 くん活を悪趣味と断言された私。ヘカティアちゃんはゴースト族であり、睡眠を取るという事がない。眼を閉じているタイミングはあるが本人曰く「眼が疲れるから閉じているだけで起きている」とのこと。


 ファナちゃんのように、ぐうぐう可愛い寝息を立ててくれれば、その隙にクン活が始まるのだが、ヘカティアちゃんは睡眠を必要としない為クン活をする暇が無い。


 ガードが固いヘカティアちゃんを嗅ぐ方法は限られている。


「嗅いで良い?」とお願いすると「好きにすれば?」と返答が返ってくる。良い返事ではあるのだが、私がクン活をしている間もヘカティアちゃんと眼が合うので気まずい時間が多々流れる。その為、私も集中してヘカティアちゃんの匂いを堪能できなくなる。


 つまり、ヘカティアちゃんを攻略するのは極めて難しいのだ。さすが、ゴースト種族の長だけのことはある。


「ヘカティアちゃんの趣味とかへきとかないの? ずっと私と一緒にいてくれてるけど、遊びに出掛けている様子もないから」


 そう。私とファナちゃんがずっと生活を共にしているが、私とヘカティアちゃんもずっと同じように行動している。廃屋敷から移動してもらって以降ずっと一緒にいる。


 鶏冠とさかさんのお世話をするために部屋に残ってはくれるが、それ以外は大体一緒にいてくれている。


「趣味かぁ……シイナ観察かな?」

「へっ?! 私??」


 ヘカティアちゃんから思わぬ返答が届いてしまい興奮する私。


「あぁ。シイナが死ねば同じゴースト族になる可能性があるだろ? 役職は何をしてもらおうかとずっと考えているのが趣味かな」


 ……こら。

 少し喜んで損したじゃないか。


 道に迷ったところでヘカティアちゃんは困ってなどいなかった。私が飢え死もしくはモンスターに殺されたとしても、ある基準を満たしていれば、ゴーストになってしまう。


 ヘカティアちゃんからすればそれは喜ばしいことなのだろう。『ある基準』とは明確には存じませんが、ヘカティアちゃんは種族長だ。グレーゾーンに属しそうな卑怯な方法を用いて私を同族にしたがるに違いない。


 仮のゴースト体験は凄く快適ではあったが……


「もう暫くは人間でいたい」

「ん? 人間で遺体いたい?! シイナはこの洞窟で死んでくれるのかい?」


「……こらこら。何喜んでいるの。ヘカティアちゃん、もしかして勘違いしていない? 『いたい』よ『いたい!』。ヘカティアちゃんの事だから死体の方の『遺体いたい』と勘違いしているんでしょ? 変な期待しないでね?」

「あはは残念。でも大丈夫。僕は期待しかしていないさ。シイナはか弱い人間だ。寿命は短い。100年くらい待てるさ」


 100年を『くらい』という言葉でひとくくりにしちゃったヘカティアちゃん。1世紀も待ってくれるのであれば、次の転生はゴーストでも構わないかもしれない。


 しかし、今から100年後だと私は119歳だ。この世界に発達した医術があるかはわからないけど、そこまで長く生きたいとはあまり思わないです。


 まだ死にたくはないが、残念な事に現在迷子であることには変わりない。優しいヘカティアちゃんの事だから「今から引き返そうか」と相談しても素直に従ってくれそうだ。


「シイナ。僕たちが次のターゲットにしている依頼クエスト名は憶えているかい?」

「クエスト名? 確か【ヒューデル近郊に暴れる謎の生物有り】だったような……」


 そう。『謎の生物』と書かれていた。『存在外』や『影』等と言った言葉は使用されていなかった。


 ついこの前までは、謎の生物という表記も多数存在していたが、存在外はネクロマンサーが生み出した影だと認識するようになってからは、『謎の生物』と言った曖昧な表現の依頼書はほぼ出回らなくなっていた。


 依頼書のタイトルはギルド管理組合の職員で考えており、モンスター絡みの依頼であれば職員が現場に赴き、内容を精査している。


 つまり、存在外を知っている職員ですら『謎の生物』としか表記できないと言うことだった。


 もしかすると、その生物はネクロマンサーの可能性も含んでいる為、今回はこの依頼書から手をつけたわけだ。


「ヒューデルとは火山活動で有名な、ここ『ボルケノ山』の麓に位置する街だ」

「えっ……待って。ヒューデルって街の名前って知ってて、ここがボルケノ山って知ってたのに、間違っている事を指摘もせずついてきたの?」


 私はぷんすかと怒りながらヘカティアちゃんに問いただすと、彼女は笑いながら答えた。


「あぁ、僕は知らない事の方が少ないからね。先日、君が遭遇した紅い龍はこのボルケノ山内にある洞窟を守護していた神獣さ。その神獣が存在外に襲われ、この洞窟から離れざるをえない状況になっていた。そこにガスクラウドの件で出動したシイナと神獣が鉢合わせをしたのさ」

「すご~い!! 何でも知っているんだね」


「じゃあ、シイナに問題だ。神獣には守護する者と、移動する野良の神獣と2種類に分類することができる。紅い龍は守護をしていた。では、このボルケノ山で何を守護していたかわかるかい?」


「えっ……何だろう。お宝とか?!」

「良いね。十分にあり得る。だが今回は不正解だ。紅い龍が守護していたのは、永らく封印されている魔神だ」


「……えっ。じゃあ……」


 ヘカティアちゃんの読みでは、今回の謎の生物は守護する紅い龍がいなくなった事で、封印から解放された魔神の可能性があるとの事。復活したてでまだ力を蓄えられておらず、このボルケノ山の内部で行動しているかもしれない。


「だから、私が道に迷子になっていてボルケノ山の洞窟に入っちゃってても止めなかったんだね?」

「そうかもね。さぁ、ここからが本番さ。何せ魔神に会いに行くのだから」


 私達は引き返さず、奥へと進んだ。

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