第29話 ありがとうからは、お別れの匂い?

「次はアクアティカ産のエビを使った天麩羅テンピーラだ。鱈腹たらふく食べてくれよ?」

「やったぁ、凄くいい匂い~! いっただっきま~す!!」


 ダダンさん料理はアルハイン一、いや世界一美味しいと言っても過言ではない。選んでくる食材の目利きは素晴らしく、そして珍しくて美味しいご当地珍味を捜しあてるのも得意だ。


 アクアティカのは海に面している街であり、魚介類が豊富な街だそうで、ダダンさんの交渉術により、地産地消されていた幻のアクアティカ産エビを仕入れる事に成功されている。


 食材を活かした調理や味付けだけではない。食べる者を虜にする盛り合わせや量が程よい。『豪快っ!』な荒々しい盛り付けもあれば、『フランス料理?!』と見間違うくらいな繊細な盛り付けの品も出てくる。


 普段の発言や戦闘スタイルからは想像できない。


 そして、ダダンさんの芸術作品は私なんかに食べられる始末。


 しかも無料で。


 街の外で発生したスタンピードの案件を無事に終わらせた後、私とファナちゃんは夜ご飯を食べに来ていた。


 ヘカティアちゃんも誘ったが、『寝ているとはいえ、コカトリスが心配だから先に戻るよ』と行って一足先に戻ってくれている。


「どうだ、美味しいだろ?! 嬢ちゃんのツレも遠慮なく食べてくれ」

「いや、でも私は……」


「何だ? お前さんはもしかしてエビが苦手なのか? それに、店内にいるのにいつまでフードを被っているのだ?」


「ファナちゃんは、半獣人だから恥ずかしいんだと、あ~む。思うよろろうよたぶんらるん~ ん~!!プリプリるりるりしてて美味ろいしい~」

「あんたねぇ、喋るか食べるかどちらかにしなさいよ! それに『恥ずかしい』とかそんなんじゃなくて……」


「『半獣人がいると飯が不味くなる』そうぼやく人間がいるかもしれないから、店の為にフードで隠してくれているか?」

「か、勘違いしないで。騒ぐ人間が苦手な……だけよ」


「確かに、未だに種族の違いを毛嫌いする頭の固い人間は存在する。だけどな、半獣の嬢ーちゃん。この店で、そんなくだらない事を呟く人間がいたら冒険者でもある俺様の華麗なフライパン捌きで店の外まで吹き飛ばしてやるぜ、あはははは」


 店中に聞こえる程の大きな声を出してダダンさんは厨房へと消えていった。


「良かったね、ファナちゃん」

「ここの店主といい、ギルド管理組合のローガンデカイのといい、この街に住むおっさんは、みんな声量の調整が壊れているんじゃないの。はぁ、大声出したから熱いわ……」


 そう言いながら、り気無くフードを脱ぐファナちゃん。


 私は知っている。ファナちゃんは店に迷惑がかからないように気をつかっていたことに。ダダンさんもすぐに気づいてくれていたみたいだった。


 はぁあ~。


 人に気をつかうのに、素っ気ない態度を取るファナちゃん、本当に『すこ』なんだけど。加えて、人から優しくされた時に、どうしていいかわからず焦っているその表情は最高のデザートなんですけど。


 私はファナたんの耳が好きだ。感情が高ぶると様々な動きをしてくれる。愛でていたら気づかない間に私の口から涎が出てしまったおり、いつもファナちゃんから『あんたの口からスライム出ているわよ』と忠告される。


 すまない、ファナたんよ。嗅ぎたい対象を見つめていると、つい出現しちゃうのだよ。私の口の中のスライムさんが。


「……かいんですけど」

「え?」


「顔、近いんですけど。あんた、私が料理食べている隙に、私の匂いをまた嗅いでるんでしょ、どうせ」


 蔑んだ眼で私を見つめてくれているファナちゃん。あぁ、可愛い匂いがするくせにそんな表情しちゃって。表情と匂いのギャップがまたクン活を加速させるじゃないか!!


「そ、その顔可愛いからそのままでいてね……かき嗅いでいいデスカ?! 痛くシナイカラ」

「は?! いよいよ怖いわよ! あんたには時と場所をわきまえる常識はないの?」


 何を仰います、ファナさん。今まさに嗅ぎ時ですよ? 恥ずかしながら嫌がる表情を浮かべている今だからこそですよ。今嗅がないで、いつ嗅ぐの?


 勿論、今更ですよ?!


 ダダンさんのお店に入る前から隙を見計らってはずっと行っている。


 安心してください。

 嗅いでますよ?


 物理的に顔を押し退けられる私。ただ、ファナちゃんの手はすべすべで気持ち良かった。


 こうして、ファナちゃんと楽しい夕食タイムを終えた私達はダダンさんの店を後にした。


 日中の暖かさとはうって変わり、帳が落ちた本日の夜はいつもより風が冷たく感じた。


「うぅ……寒いね、ファナちゃん」

「……ねぇ」


 ファナちゃんから呼び止められる私。立ち止まったファナちゃんと私に少しだけの空間が空いた。


 距離にして約3m程だ。すぐ側にいるが、お互いが手を伸ばしても微妙に届かない距離。


 立ち止まっているファナちゃんを見ていたその時、少しだけ風が吹いた。ゆっくりと冷たい風が頬を撫でるように過ぎ去った。


 この時私は、ファナちゃんとはもう会えなくなるんじゃないかという不安な気持ちが生まれてしまった。


 直感と言うには根拠が乏しい。だけど、ファナちゃんからは寂しそうな匂いがする。


「どう……したの?」


 聞き返すのが怖かったが、それでもこのままお話しをしないわけにはいかなった。


「大衆の料理店で食事が出来て……いい思い出になったわ。その……ありがとう」

「……んもぉ!! そんな事で深刻な顔してたの? 愛の告白かと思ってびっくりしちゃったじゃない」


「告白……ね。シイナの手を取ってえらんでも良かったのかも……しれないわね」


 えっ?!

 何々? どういう事ですか??


『あんた馬鹿じゃない!!』と恥ずかしがりながら罵ってもらえる事を期待したのだが、私の冗談を複雑な表情を浮かべたまま苦笑いをしているファナちゃん。


 止めてよ……

 いつもらしくないよ。


「ファナちゃん……」

「あぁ、私寄るところがあるから、先に部屋に戻っててくれないかしら? 部屋は……好きに使ってくれてて構わないから」


 そう言い、ファナちゃんはいそいそと逆方向へと走って行った。


『行かないで』

 この一言を言えば、優しいファナちゃんの事だから止まってくれたのかもしれない。


 だけど、私は呼び止めることができなかった。


『存在外』


 私の心の中に発生した、黒いモヤモヤの感情が私の言葉を詰まらせた。


 私に話してくれない理由って……

 ガスクラウドの時だって、人命救助してくれていたじゃない……


『存在外』は関係ないって言ってよ……


 また独りになっちゃえば、存在外が現れてファナちゃんを襲うかもしれない。


「寄るって……独りだと危険だよ?」

「……えぇ。だ、だいじょーぶよ?! えっら何? Fランクのあんたに心配されるだなんて、上級冒険者として、凄く心外なんですけど」


 はははと笑いながら答えるファナちゃん。

 どうしてなの。空回りしているって言うか、無理に笑っている感じしかしないよ……


 私は、ファナちゃんの本心が聞きたいよ……


 こちらの言葉の整理が追い付かず「う、うん……行ってらっしゃい」と伝えることが、今の私には精一杯だった。


 【引き留める】【私もついていく】【話を聞く】【無理やり抱きしめて、私が安心するまで嗅ぎ散らかす】


 様々な選択肢があった筈なのに、段々小さくなる彼女の背中を私は見つめることしか出来なかった。


 彼女の残り香も冷たい風に運ばれ、そもそも存在していなかったかのように消えてしまった。


 2人で楽しくご飯を食べた夜。これからファナちゃんは街に溶け込み始めようとしていたのに。


『寄るところがあるから』と歩きだしたファナちゃんをお見送りした肌寒い夜。


 これが後に、本格的な行方不明となるファナちゃんと私との最後のやり取りだった。

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