第28話 定形外は少しお高い匂い?

「嘘でしょ……」

 戦地で待ち構えていたのは私の想像を絶する光景だった。


 闘おうとした者、この場から離れようとした者、そして恐怖に屈し、そして怯えながらその場に居合わせた者。


 抱いた想いはそれぞれ違うが、迎えた悲劇は同じだった。


 息はあるが呼吸が浅い。傷ついた人が余りにも多い為なのか、負傷していない人を捜す方が難しいとさえ感じた。


「ライムちゃん!」


 私の声でライムちゃんは沢山分裂し、負傷した人の回復に向かってくれた。回復速度はやや低下するものの、それでも重傷者を1人でも多く救うにはこの手法が有効。


「な……新しいモンスターまで……もう終わりだ」

「み、皆さん大丈夫です。皆さんの額に乗っているスライムは皆さんを治療してくれます!」


 そう伝えると、ライムちゃんを怖がる人はいなくなった。


「嘘だろ、回復魔法でも塞がらなかった俺の脚の傷口が消えた……だと?」


 ライムちゃんは私と違って優秀な生き物だ。姿、形を変え、その場の最適解を実行する事ができる。


 モンスターとは最高の生き物であると同時に、最高嗅ぐ対象でもある。


「あった。モンスターがいそうな地点はあの辺りだ」


 対して、私の動きはというと完璧とはいかない内容であった。ガスクラウド本体の群れを未だ発見できず、『辺りが暗闇に包まれている一帯にいるのだろう』というぐらいの予測しかできていない。


 私は暗闇に入り込むなり、シープボルトのオーラを纏った。あの時に嗅いだ匂いをイメージすれば、私はオーラを纏うことが出来る。


「皆さん、私の光が見えますか?!」

「【ガスクラウドより明るい人間が闇の中から照らす。攻撃班は攻撃体制で待機】という信じられない作戦が伝わってきたが、始めは嘘だと思った……。まさか作戦通りになっている……あり得ない」


 攻撃隊の方からも漏れた声。辺りを明るくするくらいならお任せください。災害時の闇夜を照らす必要不可欠品、一家に一人【香山椎菜】をどうぞよろしくお願いしますっ!


『光輝くオーラは暗闇を晴らす』


 ダンジョン探索の最深部で存在外に狙われた時にでも成功していたが、その時の闇と、ガスクラウドが生み出した闇の性質が同じかはわからなかったのが本音。


 ぶっつけ本番で試してみたが、光が勝っているようでひと安心だ。


 ふわふわ×もこもこ×ピリピリ×くんかくんかで私を虜にしたシープボルトさんの光は何よりも輝いている。


 また会えたらいっぱいスキンシップとりたいな~。


「ははは……見えるっ!!敵が見えるっ」


 私の発光により、ダメージディーラー部隊が確実にガスクラウド達を仕留め始めていた。ガス状とはいえ、不定形モンスターに分類されるからライムちゃんとは近い種族。


 更に、聴力もない為、他種族との接点も無く、こちらから寄り添おうとしても一方的に攻撃するだけらしい。


 ガスクラウドが発生させた濃い煙幕が晴れるのもかなりの時間がかかる。ガスクラウドを次々に仕留められているとはいえ、まだ全体の4割程しか煙幕は解消されていない。


 私は広範囲に渡り充満している煙幕に近づいたとき、


 事件は起きた。


 身の毛もよだつ殺気に私の歩みが止まった。何かに睨まれたような感覚が私の身体を硬直し、呼吸するリズムさえ狂ってしまった。


 殺気がする方へ視線を向ける私。


 黒煙の中から紅い玉が光っていた。紅い玉は水晶のように光ってはいるが、真ん中に黒く鋭い線があった。


 まるで爬虫類の眼に似ていた。これから殺す標的が逃げないように監視しているかのような……


 いや、そうだ。疑念は確信に変わった。


 私は慌てて距離を取ろうとしたが、耳をつんざく咆哮に脚がすくみ動けなくなった。


 聞き憶えのある轟音に似ている。私がこの異世界初めて遭遇したときに、死を覚悟させられた巨大なモンスター。


「グォオオオオ!!」


 咆哮により、一瞬だけ姿を捉えた。この黒煙の中にいるのは神獣クラスのモンスターがいるようだ。


 立ち込める黒い煙幕の影響により、また視界は黒い世界で覆われた。


 一寸先の前後左右が全く確認できない中、私だけ光を纏うのは自殺行為だ。かと言って、あの神獣らしきモンスターが私の存在を認識しておいて逃がしてくれるとも思えない。


 光を纏い続けるべきか。それとも闇に紛れて手探りで神獣クラスのモンスターとの距離を取る……いや、暗視系の数値が高かったり、バフをされた段階ですぐに不利だ。視力が劣っていたとしても聴力が高ければ同じ事……


 どうすれば……


「メェ~」


 万策尽きそうだった私の耳届いたのは、小刻みに震えた独特の音。やや小さく、耳を澄ませていなければ聞き流す程だ。


 そして、聞き覚えのある鳴き声でもある。


 私の周りにはシープボルトの群れが集まってくれていた。それぞれが電気を帯び体毛辺りを小さな稲妻が走っている。


「も、もしかして……私の為に来てくれたの?」


 そう聞くと、群れの中から1匹が前にやってきて「メェ~」と返事するかのように鳴いてくれた。


 あの子はこの前一番嗅いだ子だった。私は憶えている。


 感謝の気持ちが溢れ出てしまった。この子達は私がテイムしている生き物ではない。正真正銘の野生のモンスターだ。


 私がこの子達のオーラを真似したから集まってくれたのだろう。


「もこもこさん達、あの黒煙一帯を一緒に晴らしてくれる?」


 私の指笛の合図に合わせ、もこもこさん達は散り散りに走り出しては全力で発光してくれた。


 それまで闇が支配していたが、多くの光が辺りを照らし、見えていなかった全容が姿を現した。


 姿を現したのは、紅い龍型の大型モンスターだった。私が以前出会った蒼い神獣ネプトゥヌスによく似た個体だった。空気感から察するに、あれは神獣だと思って間違いない。


 野良のモンスターとは発せられる圧の量が違った。この場から直ぐにでも逃げ出したくなる程の存在感だった。


「うむ、大型モンスターがスタンピードの原因だとは予測していたが、神獣とは……」


 ローガンさんは大剣を握っている手を自分の肩に乗せ、いつでも闘える状態で静観していた。


 ローガンさんだけではない。本作戦に参加したメンバー全員が目の前に拡がっている光景に絶句した。


 闇から姿を現せたのは、紅い神獣と存在外だった。神獣の身体の所々に存在外が付着しており、神獣にまとわりついては攻撃していた。


「く、組合長、存在外と神獣が交戦中です……我々は生きて帰れるのでしょうか……」

「うぬっ……ワシ等はどうす……君達、下がりなさい!!」


 苦しんでいる神獣はローガンさん達がいるところへ移動し、口を開け噛み殺そうとしていた。


 迫り来る危険に対し、逸早く反応できたのはローガンさんただ1人であった。


 握りしめた手とは逆の手で刃を抑え、両手で神獣の攻撃を受けている。神獣はローガンさんを噛み殺そうと何回も口を閉じようとしているが、ローガンさんは剣で受けたまま力を弛めることはなかった。


 ただ、地面に接地している両足が徐々にめり込み始めている。


「まさかこんな所で遇うとはのぅ、神獣よ。ワシの事を忘れてはおらぬだろうな。目に負った傷……そして積年の恨み……今こそ晴らそうぞ?!」


 神獣の攻撃を受け流し、その勢いを活用しながら軸足から回転し、攻撃に転じようとした。


 ノータイムからのゼロ距離カウンター。誰もがローガンさんの攻撃が当たると思ったその時……


 神獣についていた存在外が針状に姿を変え、ローガンさんの軸足を狙った。


 咄嗟に攻撃モーションを解除し、回避を試みたローガンさんであったが、数本だけ、その太い太股に刺さっていた。一旦距離を取り、黒い針を抜いたローガンさん。彼の太い太股から紅い液体が流れ始める。


「ぐっ……神獣だけでも厄介だが、存在外がここで邪魔をする……だと? ワシはのぅ、神獣を……貴様等を倒さなければならんのじゃ!!」


 ここまで声をあらげているローガンさんを見るのは始めてだった。普段の冷静な彼の姿は無く、バーサク状態に近い雰囲気があったので、私はライムちゃんにお願いし、ローガンさんを下がらせた。


「す、すまぬ……理性を失っていたようじゃ。礼をいうぞ、ライム殿ちびすけ。じゃが、神獣と存在外が交戦中であれば、下手に近づかぬ方が良いのかもしれぬ……」


 事実とすればそうだ。だが、存在外は街の人をはじめ、多くの場面で驚異だと感じた。存在外を操るネクロマンサーが人助けで神獣と交戦しているとは、私には到底思えなかった。


 もこもこさんを数匹だけ帯同させた私は、神獣と存在外が交戦している場に飛び込んだ。


 明らかに苦しんでいる神獣。纏わりつく存在外を排除しようと違うオーラを帯びようとした瞬間、しなる神獣の尾が私の身体を砕こうと攻撃してきた。


 ライムちゃんのプルプルボディが緩衝材となり大事には至らなかったが、ライムちゃんの眼は困った表情をしてダウンしていた。


 物理攻撃を無効化できるライムちゃん。蒼い神獣ネプトゥヌスの攻撃の際は無傷だったのに、今は痛がるということは、単純な物理攻撃ではなく、何か魔力や別の力が付与された状態で攻撃してきている可能性がある。


「ありがとうライムちゃん。これからの作戦は『たいりょくおんぞん』で行こうね。それと……」


「シイナ君、いったい何を……」

「次は私が応戦します。ローガンさんは皆さんを護ってください」


「いや、良さぬか! 状況はもう当初と大幅に変わっておる! 君にこれ以上危険な目には遇わせられぬ」


「大丈夫です、任せてください」


 私は灰色のオーラを纏い、特殊能力【死の決闘】を発動させた。ゴースト龍のドラちゃんが私にかけた呪縛。


 闘うまで逃げられないとう、逃走不可避の特殊技だ。これに掛かった対象者はバーサク状態に似た状態異常に陥り、そして好戦的になる。


 思ったとおりだ。私が発動した【死の決闘】に存在外はまんまと引っ掛かった。纏わりついていた神獣から剥がれ落ちるかのように存在外は地面へ。そして、影の群れは私の方向を見ていた。


 紅い神獣はというと、私よりレベルが高いようで【死の決闘】の効果を無効化していた。流石は神獣と呼ばれ恐れられていることだけはある。


 神獣の翼を蝕む者はもういない。バサリと勢いよく拡げ、上空へと消えていった。


「良し……かはわからないけど、これで神獣を困らせていた存在外にお灸を据えられるね」


 私の姿を確認するなり、なりふり構わず高速で這いよりながら影の群れが襲ってきた。


「反省の色をみせてくれれば、私も少しは手加減したんだけれどなぁ~」


 私は青色のオーラを拳に集めたあと、向かってきた存在外達に向かって空手の突きのようなモーションで次々と『遠当て』をしていった。


 空気の振動が当たった瞬間ら黒い砂が空気中を舞っているかのように爆散した。う~ん、サーペントだいじゃんの力を纏って行う衝撃波が破壊力有りすぎて癖になりそう。


 ガスクラウドが発生させていた黒い煙幕とは違い、空気中を漂った瞬間に色を失いはじめ数秒で消えてしまった。


「たまげたわい……テイムしたモンスターの技さえ操る能力、これがシイナ君の力なのか……」

「違うわ」


 ローガンさんの言葉を即否定。声の主はファナちゃんだった。


「ファナちゃん!!」

シイナあのばかはテイムしていない野良のモンスターの技でさえ操っているわ」


「そう。シイナは野良のモンスターが発動した技でさえ習得している。僕から言わせれば、シイナの方が唯一無二の『存在外』だと思うけどね」


 ヘカティアちゃんも現れ、ローガンさんの横でふわりと浮いていた。


「君が……シイナ君が話してくれた噂のゴーストのトップかね?」


「あぁヘカティアだ。僕の記憶では、君は斬撃を波動として飛ばせる、比類なき人類最強の剣豪『剣狂のローガン』だと思うのだが」


「あっはっは。そいつは古い情報じゃのう。今はただの、しがない役員じゃ。それに、シイナ君を見ても、ワシがまだ『人類最強』などとそんな事が言えるかのう?」


 気づけばファナちゃんもヘカティアちゃんも来てくれていた。ファナちゃんは人形を操り人命救助を、ヘカティアちゃんは残りの存在外がいないか索敵しつつ、ガスクラウドが街の方角に迷い来ないように見張り番を務めてくれた。


 紅い神獣は無事に逃走し、ガスクラウドの件も落ち着いた。人命救助も無事に完了し、ローガンさんの号令により、作戦は終了を迎えた。


 ファナちゃんは身体を休めたい程疲れていた筈なのに、街のピンチだと知り、駆けつけてくれたのだろう。


 本当にファナちゃんもヘカティアちゃんと同じで優しい。


 ……ただ、ファナちゃんの顔はいつもよりまして寂しそうな表情をしている。私と目を合わさなくなったようにさえ感じた。


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