第27話 種族階級を揺るがす者は強者の匂い?

「その様子は急の案件のようじゃな……」


 大声で語りすぎる組合長でさえボリュームを絞り、言葉を選んでいるかのように静かだった。その為、ギルド管理組合の事務所が普段より静かで広く感じた。


 他のギルドメンバー同士の会話や、武器が鎧に当たり擦れる金属音でさえ私の耳に届いてくる。


 私の顔を見るなり組合長さんは奥の個室へ直ぐに案内してくれた。受付嬢のアーリエさんも慌てた様子で同席をしてくれている。スカートをパンパンと払う仕草さえ焦っているように感じた。


 まずはファナちゃんの捜索願を取り下げたい旨を話し、無事に家に帰ってくれた事を伝えると、2人とも顔を合わせて力んでいた肩を下ろしていた。


 どうやら2人ともファナちゃんの生命の心配をしていたらしい。


 そもそも、ファナちゃんに関してはギルドの依頼クエストとは別件で行方不明になったので、本来はローガンさん達は管轄外ではあるが、彼等はあらゆる手段を講じ、私達に寄り添ってくれていた。


 本当にここの人は良い人ばかりだ。


「……シイナ君。ファナ君が帰ってきたというのに、どうしてそんな顔をしておるのかね?」


 私はこの時に初めて、ヘカティアちゃんの存在や、ファナちゃんが『存在外』絡みの件に関わっている可能性があることを示唆した。


「良く……我々に話してくれたのぅ。安心しなされ。ファナ君は我々ギルド管理組合にとって掛け替えのない登録者じゃ。全力で存在外の驚異から護りぬくことを約束するぞ」


 これ以上ない頼もしい言葉をいただけた私。思わず溜め込んでいた空気を口から「ぷしゅ~~」とゆっくり吐いた。頭に乗っていたライムちゃんも私に合わせて膨らんでいた身体をゆっくりと萎めていた。


「ふぃ~~。ファナちゃんを牢屋に隔離するとか言われちゃったらどうしようかと思っちゃったよ~」

「あっはっは。我々はそんな野蛮な事はせんぞ。他種族の族長を仲間に率いれておるシイナ君の方がファナ君より【保護対象者】かもしれぬがな、あっはっは~」


 ローガンさんはそう言っていつものように笑い飛ばしていた。


 その時だった。

 ドアをノックする激しい音が続き、ガチャリと開ける者が現れた。


「お、お話し中失礼します!!組合長、緊急事案です、お話し宜しいでしょうか?」

「こ、個室来客室への接触は、限られた職員以外は禁止ですよ!」


 アーリエさんは困った様子ではあったが、ローガンさんが彼の行いを許して場は収まった。


 入ってきた者はアーリエさんが普段身にまつけている職員証と同じ物をつけていた。彼は、依頼クエスト情報を収集する係りの人らしく、普段はアルハインではなく、街の外にある常設キャンプで仕事をしている方とのこと。


「キャンプ側の職員の君が、慌ててワシを訪ねて来たのだ。街の外で『何か』あったのかね?」

「は、はい! モンスター討伐の緊急案件です!」


「シイナ君、折角来てくれたのに、中断させてすまない。緊急案件ゆえ、今から作戦会議をしなければならない。ワシ等は場所を変えて……」


 ローガンさんと駆けつけた職員さんと2人で部屋から出ようとしていた所を私は彼等を呼び止めた。


「待ってください。急を要する話ならこの個室を利用してください。差し支えなければ、私もこのまま残り、お話しを聞いてても良いですか?」

「待て待て、シイナ君っ! 君は最近立て続けにモンスター討伐や存在外の件で疲弊しておる筈じゃ! お主の事じゃ。話を聞くだけではなく、参加したいと言うつもりじゃろ?」


「大丈夫です。街のピンチに活躍してこそ、冒険者です」


 私はローガンさんの眼を見つめた。彼も私を見た後、いつもの笑顔が戻った。


「ふっ……君は不思議な人間じゃのう。良かろう、時間も惜しい。この場で情報を共有してくれるか、サギラス君?」


 ローガンさんの鶴の一声により、この部屋の空気はガラリと変わった。ある職員はテーブルいっぱいに地図を拡げ、違う職員は大きめのボードを用意し、時系列を書き出していた。


「それでは、緊急案件に関する作戦会議を行う。サギラス君、状況説明を頼む」

「報告しますっ!」


 アルハインから東の方角で大規模なスタンピードが発生しているらしい。野外調査班が見つけ、鎮圧に向けた戦闘を開始したが数に圧されて撤退。サギラスさんに情報が入り、すぐアルハインへ応援要請に来たとのことだった。


「スタンピードは街に向かって現在移動中であります!」

「うむ、ご苦労。街への被害を0にするには街の外で闘う必要がある。スタンピードしたモンスターの種類は把握出来ておるのか?」


「はっ! 生き残った野外調査班からの情報では『ガスクラウド』を中心としたスタンピードです」


 サギラスさんの話を聞いて、ローガンさんの手がピタリと止まり頭を抱えた。


「……寄りによって、ガスクラウドとは運がないのう……」

「すみません、ガスクラウドって強いモンスターなのですか?」


 私の質問に対し、アーリエさんが優しく答えてくれた。


「ガスクラウドは不定形モンスターで、気体系のモンスターです。濃い煙幕等を使用する為、なかなか対策し辛いモンスターです。シイナさんの頭に乗っているスライムも不定形モンスターの内の【液体系】に分類されています」


 毎度分かりやすい説明ありがとうございます。要は気体系のライムちゃん達って事ね。


「アーリエ君の言ったとおりじゃ。ガスクラウドは普段滅多に遭遇する事がない。加えて、辺りを暗闇に変えるフィールド変化系の特殊技を多様する厄介な相手じゃ」


「ゴーストのヘカティアちゃんか、ライムちゃんに対話させる方法はどうですか?」

「残念じゃが、ゴースト族やスライムとガスクラウドは別の分類なのじゃ。言葉が通じる相手か解らぬ以上、接近しすぎると取り返しのつかない悲劇が起きるやもしれぬ」


 そっか。対戦せずに終わらせる方法はどうも無さそうだ。


 だが、私が提案した当初案以外に違う案は誰からも提案されず、会議は難航の匂いが立ち込めた。


 何か、このピンチを打開できる新しい光があれば……ヒカリ?


 脳内にある作戦を思い付いた私は、第2案目を提示した。詳細を伝えた瞬間、この場に居合わせた一同の曇っていた表情が嘘のように晴れ、各々が頷いてくれていた。


「く、組合長!!」

「うむ、サギラス君……現場の君達も同じ気持ちであれば、我々とも同じだ。

『シイナ君が最後に提案さしてくれた案をギルド管理組合の本作戦とし、参加可能なギルドを連れ直ちに行動に移せ、以上各自配置へ向かえ』」


 組合長さんの太くたくましい声から号令が発せられた。職員は持ち場へと急いで向かった。


「シイナ君。また君の力を借りる事になるが構わぬか?」


 笑顔とともに付き出された右腕はがっしりとしていた。私も笑顔で握手をし『任せて下さい』と言葉を添え、ローガンと一緒に戦地へと向かうことにした。

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