第26話 帰宅難民者から不安の匂い?

「何かあったね……これは」


 ヘカティアちゃんの言葉が私の心をぐさりと抉る。落ち込んでいる私を心配してか、ライムちゃんは私の頭の上に居座り、コカトリスの鶏冠とさかさんは私を温めてくれている。


 ファナちゃんがこの部屋に帰宅しないままもう3日が過ぎた。ギルド管理組合のローガンさんにも報告し、街の内外に亘りファナちゃんの目撃情報を集めてもらうよう頼んだが、彼女を見つけられる決定的な一打は生まれなかった。


「ファナちゃん、モンスターに食べられちゃったのかな……」

「それはわからないが、彼女程の実力があるのであれば、どんなモンスターからでも撤退は出来ると思う。僕の元にもファナがゴースト化したとの情報は無いからね」


「じゃあ、ファナちゃんは生きてるって事?!」

「安直だな。死ねば皆ゴーストになれるわけではない。様々な要素を兼ね備える必要があり、ゴーストになれたとしても、それは『偶然の産物』程度に思っていてくれ」


 ヘカティアちゃんの言葉を聞いて、また気持ちが底まで落ちてしまった。


 部屋の匂いはファナちゃんの香りがする。だからって補えるわけではない。やっぱりファナちゃんの匂いは、直接嗅がないと意味がない。


 ライムちゃんにお願いして、ファナちゃんの匂いの再現することに成功した。ヘカティアちゃんとの闘いで私の嗅覚スキル値が大幅上昇したのと、テイマーとしての値も上がったのが要因だと思う。


 再現出来たからって、今試しても意味がない。ファナちゃん本人が目の前にいる状態で、本人を嗅がず、敢えてライムちゃんを嗅ぎ『本人に気づかれないように間接的に嗅ぎたい』のだ。


 嫌がられず普段の可愛い顔を拝みながら、ライムちゃんから発せられるファナちゃんの香りを楽しむ。


 これぞ、クン活の奥義とも言える手法だろう。


 ガチャリ。


 私達の不安感を一掃してくれる音が扉から聞こえた。待ちわびた音であり、万策尽きた私達にとって最後の希望でもあった。


「ファナちゃん~!! 遅いよ~」

「あ……居たんだ」


「そりゃ居るよ~ずっと待っていたんだから~今まで何処に行っていt」

「すまない、ファナ。留守番している間、食糧庫の物をモンスター達に与えてしまったぞ」


『今まで何処に行っていたの?』


 私がファナちゃんに尋ねようとした瞬間、慌てたようにヘカティアちゃんが言葉を重ね、私の発言を遮った。


「……構わないわ。腐らせるよりマシよ……疲れているから私は仮眠を取るわ」


 そう言ってファナちゃんは帰宅して早々に寝床へと向かっていた。


(シイナ……僕の声が認識できるかい?)

「んへ?」


(静かに。僕だよ、ヘカティアさ。言葉を発せず君の心の中へ直接伝えているのさ。僕に伝えたいことを念じてごらん)

「念じ……?」


(あ~ あ~ 可愛い匂いがするのを隠すかのようにボーイッシュな格好を最近している、そのギャップが何とも堪らない、ヘカティアちゃんですか? どうぞ)

(……シイナ。君に負けてしまった事を今更ながらに後悔している僕だよ、オーバー)


 少し照れながらも呆れ顔を私に向けてくれている。良かった、心の中に聞こえてきたヘカティアちゃんの声は本物のようで安心した。



(んで、何でお話しせずに念じようと思ったの?)

(ファナには聞かれたく無かったからね。彼女は半獣。人間の君より聴力は良いのさ)


(なるほど~。寝ようとしているファナちゃんを起こさない為だねっ! ヘカティアちゃんは本当に気配り上手さんだね!!ダダンさんの店で食事してた時も頬についていたパン取ってくれたし~)

(君に仕えるモンスター達の苦労が眼に浮かぶよ。だが、残念だ。ファナの安眠もそうだが、これから私達がする話は彼女にとって不利な内容だ)


 ヘカティアちゃんは、私に口外しないように念押しをしたあと、コカトリスの鶏冠とさかさんに餌やりを行いつつ、念で私に伝えてくれた。


(ファナが失踪したのは『存在外』と関係がありそうだ)と。


(存在外に襲われて闘っていたってこと?! 独りになった所を狙われたのかな……でも、何でわかったの?)

(前に1度、数秒だけ存在外と遭遇したことがあるのさ。会ったのは前棲んでいた廃屋敷。間違って侵入してきたのだろう。僕はゴーストで、存在外と名付けられている、あの物体はネクロマンサーが死体から抽出した影。近い存在同士だから、纏っているオーラで解るのさ)


 ヘカティアちゃんの話では、ファナちゃんにその残り香的な物を感じたらしい。『匂いなの?』と食い気味に聞いてみたが『君が理解しやすい単語に置き換えただけで、本当の『匂い』ではないさ』とあしらわれてしまった。


(そっかぁ。疲れていたようだけど、怪我も無さそうだし無事で安心したよ~)

(いや……戦闘があったとしてもここまで存在外のオーラが付着するのは妙だ。戦闘以外で接触していたと考える方が正解なのかもしれない)


「さて、餌やりはおしまい。すまないが、シイナ。ファナの事をギルド管理組合に伝えて来てくれないか。僕はモンスターが騒がないように留守番しておくよ」

「えっ?!」


「『捜索願』出してたんだろ? 無事に帰ってきたのだから、捜索願の取り下げに行かなきゃ……だろ?」

「……あっ、ああそうか! うん、そうだね」


(頼んだよシイナ。ギルド管理組合長にファナと存在外の関係を伝えて来るのを失念しないでおくれよ。存在外の件は君達人族ヒューマンだけの問題じゃない。ネクロマンサーは過去にこの世界の種族の序列をかき乱した危ない存在だと言うことを忘れないでおくれよ)


 私はヘカティアちゃんの目を見つめゆっくりと頷いた後、部屋を飛び出した。


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