第25話 注意すべきだった同居者
「本当にあり得ない……」
独りになると普段思っている言葉が直ぐに口から溢れてしまうのは私の悪いところだ
。『本当にあり得ない』は最近の口癖のようで、シイナが私のモノマネをする時に良く使用されている。
私自身は意識していなかったが、シイナの指摘で初めて気がついた。
これまで、私はお姉ちゃんと過ごしてきた。第三者からの指摘など、私を客観的に捉える要素が皆無だった為、毎日が新鮮ではある。
だが、良いことばかりではない。
そう……悪いことばかり。
私がアルハインの街に来てからまともな日々を過ごせた試しがない。部屋中にはシイナの
右見りゃスライム。左を見ればコカトリス。真正面には
魔物の群れに完全包囲されている私。唯一の救いと言えば、低レベル帯のモンスターが私達を見るだけで、怯えて逃げてくれるくらいだ。
特にヘカティアは厄介だ。フレンドリーに接してくれる間柄ではあるので彼女に気をつかう相手ではなさそうだが、彼女の逆鱗に触れれば、瞬く間にゴースト族との種族間戦争が生じ、一瞬で人間や半獣人なんて秒で滅ぶだろう。
私やお姉ちゃんは半獣人。人族でも無ければ獣人族でもない。
種族別序列で言えば、人族よりも上だが、半端者の種族である為、肩身が狭い生活を強いられている。実態だけを見れば、序列最下位クラスの生活水準であることは否めない。
半獣人にとっては、人族のように比較的友好的な人間が、ちらほらいてくれる彼等と友好的な立場を築いているのが種族としては滅ぼすリスクは低いだろう。
種族が滅ぶと言えば、ネクロマンサーの件も気がかりだ。私達カルネージはスタンピード等で暴れ狂うモンスターを狩り尽くす為に組織した集団だ。
勿論、スタンピードを引き起こす恐れのある対象もターゲットにする場合もある。
だが、モンスターを狩るだけで本当に人類は安心して暮らせるのだろうか。
モンスターの死体から影を抽出し、操るネクロマンサーという存在がいるのであれば、私達の活動はネクロマンサーの戦力を上げる事に加担しているだけではないだろうか。
私は一刻も早くお姉ちゃんに情報を共有するためにアジトへと向かった。
『お帰りなさいませ、ファナ様』
本来であれば、私の帰還を出迎えてくれる見張り役がいて、そう声をかけてくれるのだが、今日は誰もいなかった。
この時、私は深く考えなかった。どうせ、見張り役の交代のタイミングだったのだろうと安易に答えを造りだし、疑いもしなかった。
居ない……
いない……
イナイ……。
アジト内には人の気配は無く、静まりかえっていた。まるで、私達が占拠する前の廃城に戻ったかのように、生命が存在しない。
この廃城は元を辿れば、ゴースト王女の、
彼女は
ヘカティアが私の部屋に来ているときに、私達カルネージが廃城を現在使用している事を伝えたが『僕も勝手に占拠していただけだからお好きにどうぞ』と簡単に承諾をしてくれた。
ただ、今の廃城の雰囲気は昔に戻ったかのようだ。ヘカティアとよく似た雰囲気が漂っていた。
一抹の不安から、ある仮説が私の脳内を掠めた。
『もしかして、存在外に襲われたのでは』と。
足音が乾いた空間内で響鳴する。全速力で走っている影響もあり、呼吸も荒れてきた。
「お姉ちゃん……はぁはぁ、大丈夫?!」
玉座の間についた私。息切れしていた事もあり、私の視界には自分の膝しか映っていなかった。
「……大丈夫なのは貴女の方よ、ファナ。どうしたの、そんなに息をきらせて……」
良かった。お姉ちゃんの落ち着いた声が私の耳に届いたので安心した。
私は息を整えた後、ゆっくりと顔を上げ、お姉ちゃんの声がした玉座の方を見た。
「あのね、お姉ちゃん! 私達にとって重要なこ……と……」
私は視界に映る全てが信じられず、言葉を喪った。
玉座に座るお姉ちゃんの膝の上には見覚えのある黒い猫がいて、大事そうに撫でられていた。
私はこの黒猫を知っている。宿屋で遭遇した個体とそっくりであった。私の経験から言わせれば、奴は猫ではない。
『存在外』だ。
「お……お姉ちゃん。城には誰も居なかったけど……」
恐ろしくなった私は、存在外の報告を急遽止めて飲み込むこととし、違う話題にした。
「あら……大丈夫よ。兵なら皆いるわ、ここに」
そう呟き、履いているヒールで床をこつんと音を立てたお姉ちゃん。すると、足元から禍々しい黒色の影が突如拡がった。そして、拡がった影から、黒色の人型の物体が現れた。
この影も私は見覚えがある。見張り役で私にいつも声をかけてくれていた方だ。
他にも、黒色のモンスターの影が無数に出現し、お姉ちゃんを慕うように周りを取り囲んでいた。
目の前に拡がる景色を受け止めたくは無かったが、半獣人の私でも解った。
『お姉ちゃんが、存在外を操るネクロマンサーだ』と言うことを。
「お姉ちゃん……この状況は、な……に?」
私の問いかけに対し、お姉ちゃんは不適に笑っただけでまともな返答はなかった。
お姉ちゃんが偽者という可能性もあったが、私が魔法を詠唱しようとした瞬間に【ホルトよ】と呟かれたので解除した。
【ホルト】は私とお姉ちゃんとの間で共有している合言葉の1つで「やめなさい」という意味だ。その言葉からだけでも私には解る。長年2人で暮らしてきた妹の私だからこそ解る。
間違いない。間違いであってほしいが、残念ながら目の前にいるお姉ちゃんは本物だ。
「素敵……でしょ。近い将来、私達の求めていた理想の世界を迎えられそうよ」
「理想の……セカイ?」
「えぇ。2人で味わった過去を一掃し、現在存在する穢らわしい存在を一掃し、綺麗な未来を迎えられる。……ふふ」
お姉ちゃんはその言葉だけを残し、存在外と共に大きな影に溶け込み消えてしまった。
「わ、私は……どうしたらいいの」
存在外を操る人物がお姉ちゃんだと知り、困惑し自分の考えが上手く纏まらずにいた。同時に、シイナの笑顔を何故か思い浮かべてしまった。
存在外は人類の驚異。実際、私は生命を狙われた。だが、私はカルネージの副代表。暴れ狂うモンスターの討伐に生命をかけてきた。
「私は……」
空席になった玉座を見つめたまま私は立ち尽くす事しか出来なかった。
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