第24話 住所不定者増で人口密度増の匂い?

「有り得ないわ」


 ぼそりと呟くファナちゃん。彼女の目の前には巨大な卵が1つ。これは、鶏冠とさかさんが今朝産み落としてくれた朝どれ新鮮卵である。貴重なタンパク源を担いそうなポテンシャルを秘めている食材がリビングにゴロリ。


「どうするのよ、この卵……あんたの知り合いのコックに相談して活用してもらいなさいよ」

「残念ながら、ダダンさんは別の港町へ新しい食材の販路拡大に向けて出張中だから無理かなぁ~えへへ」


「『えへへ』じゃないわよ。じゃあこの大きな卵どうするのよ。私達この卵を調理出来る程のキッチンスペースなんて無いわよ?」

「ね~。こんな事なら、ヘカティアちゃんとの闘いの時のお願いを『新しいシステムキッチンを下さい』にしてたら良かったね~」


「いやいや、僕はゴースト族の長であって、神では無いさ。から何かを生み出すような願いは専門外さ」

「卵の件も由々しき事態だけど、なんでヘカティアあんたまで私の家に居座ってるのよ!! 私、ゴースト嫌いって知ってての狼藉ろうぜきかしら?」


 ファナちゃんが不機嫌なのは、鶏冠とさかさんの案件だけではなかった。ヘカティアちゃんが潜伏していた廃屋敷から彼女を追い出しちゃった結果、住む場所を無くした。その後、ヘカティアちゃんは私に取り憑く事で丸く収まったのである。


 コカトリス亜種に、

 スライム亜種に、

 ゴースト王女+私まで……


 香山ファミリーは、ファナちゃんの家に転がり込む結果となり、開放的な部屋がご自慢のファナちゃんの家が今では賑やかな部室状態になってしまった。


『私の部屋を化け物小屋にしないでくれる?』と事あるごとに怒られは冷たい目を向けられるが、何だかんだ言って最終的には私達の面倒を見てくれている。


「会話ができるヘカティアちゃんも加わったから、女子トークし放題だね」

「あんたは黙っていなさい"!!」


 存在外の出現が確認されて以降、街の雰囲気も少し変わってしまった。私がご贔屓ひいきにしていた宿屋も休業中。おまけに鶏冠とさかさんが巨体の為、ある程度広い居住地が必要。ファナちゃんとはペアを組んで以降お世話になりっぱなしだし……


 それに、毎朝誰よりも早く起きて寝息をたてているファナちゃんに対するくん活もしなくちゃいけないし……


「はぁ……困ったなぁ~」

「おや、シイナでも悩む事があるんだな」


「うん街中で『存在外』っいう、変な生き物がひょっこり現れてから大変なの。『シュッ』って現れては『スパッ』と姿を消しちゃうんだぁ~」


 私はヘカティアちゃんに説明をしようとしたが『擬音語ばかりでわかりにくいかな』と苦言を頂戴してしまった為、しっかり者のファナちゃんが交代して説明をしてくれた。


 やっぱり、ファナちゃん!! 相手が理解しやすい言葉を選びながら無駄無くスマートに説明していた。私の場合、主語と擬音語ばかりになってしまう。


 そんな私が現実世界で付けられたあだ名が『主語しゅご大名』と『擬音ぎおんの女』。主語大名は歴女みたいで良かったんだけど、『祇園の女』は流石に困った。


『嗅ぐや姫』だの『ギオンの女』だの。学生の時の恥ずかしい過去である。


「成る程。影のような黒い生き物・・・がね……」

「そうなの。情報も乏しくて、出現情報以外、わかってない事ばかりで~」


 私がそう言うと、ヘカティアちゃんは珈琲を飲んだあと、ニヤリと笑った。


「君達には、あの物体が『生き物』に見えているのかい?」


「えっ?」

「え?!」


 ヘカティアちゃんの意外な一言に私とファナちゃんは声を揃えて反応してしまった。


「猫の形して逃げ回ったり、洞窟で遭遇したときは、灯りを奪う行為を最優先して私達を襲ってきたわ! 意志があるから生き物で間違いないでしょ?! それとも何、あんたも存在外を見たことがあるわけ?」


 ファナちゃんの質問に対し、数秒間だけと即答した。


 珈琲を飲み干した彼女は腕を組みこう話した。


「どうだろう。見たかどうかで言えば、グレーかな。……ところで、君達の前にいる僕は何だい?」と。


 勿論、私達の目の前には可愛いゴスロリ姿のヘカティアちゃんが腰に手をあてて『えっへんポーズ』をしている。まさか、私に取り憑いてくれるとは思っていなかったので、毎日が目の保養である。


 それを言うなら、私の周りにはファナちゃんを初め、アーリエさんと美人さんばかりだ。目の保養どころの騒ぎではない。これはまさに視力のバフが永続的に施されているのと同等だ。


 そんな可愛いヘカティアちゃんはゴーストだ。ゴーストは生きているのか死んでいるのかわからない存在ではある。だが意思を持ち、こうして女子トークに華を咲かせている。


「じゃあ、何? 存在外はゴーストで、あんたが犯人って事?」

「それは早計だよファナ。惜しいが答えではない」


「じゃあ、存在外って何なの?」


 私はヘカティアちゃんに質問した。少し黙りこんだ後、私の瞳を見つめた彼女はゆっくりと答えてくれた。


「君達が存在外と読んでいる、あの黒い物体は『生き物』ではないよ。あれは、ネクロマンサーが生んだ影の虚像。我々ゴーストとは似ているが、違う別の物体さ」


 ヘカティアちゃんの話では、長い歴史の中でネクロマンサーという職業ジョブの人間が過去に1人だけ存在していたらしい。ネクロマンサーは死者から影を吸い取り、具現化して操る事が出来る操作系魔法使いだそうだ。


『まさかこの時代にもネクロマンサーがいるとは……』と呟きながら考えこむヘカティアちゃん。


「ネクロマンサー……聞いたことがあるわ。この世界を破滅に追い込んだ驚異の存在……」

「その通り。ファナは『人形』という、すでに形として存在している物を操る『操り師パペッティア』。対して、ネクロマンサーは死体から影という無形物を抽出して操り、支配下にする。君と真逆の職業さ」


「へぇ~」

「それに、シイナとも真逆さ。君は生きている・・・・・モンスターを手懐ける『テイマー』。ネクロマンサーは死んでいる・・・・モンスター等から影を抽出しているからね」


 ヘカティアちゃんの言うとおりだ。ネクロマンサーという職業ジョブは私とファナちゃんとは対として存在している職業だと感じた。


「存在外は影……か。だから匂いがわからなかったのかな~」

「それはどうだろうね。ただ、影すら匂いを帯びているのであれば、シイナは這いつくばってってでも確認しそう……だから、『はしたない真似』だけは止めておくれよ?」


 んはっ!! 私としたことが、探求心のせいで気がつけばヘカティアちゃんの影をくんかくんかしようとしていた。


 何故私の行動が分かる!! 流石はゴースト界の頂点だけの事はある。


 よし、ヘカティアちゃんの影を嗅ぐのは明日にしよっと。


 ただ、これで有益な情報は得ることは出来た。存在外の正体がわかったことで、アルハインの街のギルドとして今後どう動くかの方向性は組合長さんが示してくれるだろう。


「私は朝食が終わり次第ギルド管理組合に行くけど、2人はどうする?」


「私はパスよ。最近闘いばかりで疲弊しているし、またあそこへ行けば次の依頼クエストを強制させられそうだわ。ゴースト種族の長の次は、龍人族の長が出てきそうな勢いだし。それに行きたい場所もあるわ」


 ファナちゃんはパス。ヘカティアちゃんは次の珈琲を空中で操作しながら注いでいた。


「僕もパスかな。コカトリスが街へ暴走しないようにするためにも見張り役が必要だろ? 帰る場所も無いから、僕は大人しくここで留守番をしておくよ」


ヘカティアあんたは、私が苦手なゴーストで、しかも種族のトップだから、半獣人の私とは一生わかり合えないと勝手に思っていたけど、あんたみいな常識人が居てくれて助かるわ」

「あはは。『勝手な思い込みは身を滅ぼす』シイナから教えられた教訓だね、僕も思い込みには気をつけるよ」



「ねぇねぇ、私は~?! 傍にいて助かってる~??」


「あんたは、鶏小屋作る資金でも早く調達してきなさいっ!!」


 私は追い出されるかのように出発を急かされた。ファナちゃんを怒らせてしまいしょんぼりする私。帰るときは美味しいお菓子でも買って帰ってあげるとするか。


 ファナちゃんへの餌付けは何がいいかを考えつつ、私は独りでギルド管理組合のある建物へと向かった。

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