第23話 ゴーストをバスターしたら、ご褒美の匂い?

 気づけばヘカティアちゃんも笑っていた。狭い空間にふわふわ浮いている彼女。


「生身の人間で、まさかここまで強いお客さんが来るだなんて思いもしなかったよ」


「シイナっ! 出現ポップしたゴースト系モンスターは私がなんとか片付けたわ! 後はヘカティアだけよ」

「は~い、ありがとう。これで誰にも邪魔されず堪能できるね」


「君達で僕の部下を一掃するとは。流石アルティメットフレアを詠唱できる大魔法使いだ。ファナもこのままゴーストになってくれたら、幹部クラスなんだけどな」


「聞こえてた~? ファナちゃん、ヘカティアちゃんからオファー来てるよ?!」

「無論、お断りよ」


「あははは。シイナにファナ。君達と楽しい時間が終わりに近づくのは残念だ」


「大丈夫、終らないよ~」

「……あぁそうか。君達がゴーストになるからこれからはずっと一緒か」


「違うよ」

「……じゃあ何が終らないんだい?」


「私、ヘカティアちゃんから『匂いを嗅ぐおねがい』をまだ叶えてもらっていないもん。達成するまでは死んでも諦めないからね?」

「……おねがい……匂い。あぁ、もしかして、僕の匂いを確認したくて闘ってくれているのかい?」


「うん。そうだよ?」

「あはははは。いいね、それ! 種族より匂いを優先するだなんて! 拘りやへきは行動理由としては純度が高くて折れにくい。シイナの曇り1つない純粋なその眼が失望の眼に変わったとき、君はどんな表情になるのだろう。絶対にいいゴーストになれるよ?」


 とてもいい表情を見せてくれた。漲る興奮を理性で抑えつつ平静を装いながら話してくれているのが見てわかる。


 だけど、それはこっちだって一緒。


 ここまで容姿が可愛い個性的なゴーストっが目の前に現れてくれたのに、確認しないわけないじゃない。


「うん。だから……ね?『匂いはありませんでした』とか、私が失望することが無いことを祈るね」

「ははは。僕の圧に屈しない人間はシイナが初めてだよ」


 彼女の背後から灰色の龍が突如現れた。眼球は無く、胴体から尾に向かうにつれて存在が消えていた。


 ゾンビとは違い、皮膚が腐っているような感じはない。ただ、存在自体が灰色で覆われており、やや透けていた。


 それでも感じる。存在自体から発する強者の波動を。恐らくヘカティアちゃんと同等クラスの火力はあってもおかしくはない。


 そして、先程近づいたときに感じたヘカティアちゃんの存在感。ただ、宙に浮いているだけなのに、そこから終焉に似たどす黒い覇気を感じ取った。


 断言していい。サーペイントや、ローガンさんのような『強さ』の熱量とは違った次元の力を有していそうだ。


 ふ~ん。


 ゴースト女王に、ゴースト龍まで嗅げるチャンスがあるだなんて控えめに言って最高かよ。


 彷徨に合わせゴースト龍は私に向かってやって来た。……が、先程まであった姿は移動している途中で完全に消えてしまった。


 目視では確認できない。ただ、ずっと感じている圧による緊張感は継続したままだ。


 ヘカティアちゃんの話では、あの龍さんの特殊能力【死の決闘】が発動しているらしく、私はこの場から逃げることが出来ないらしい。


「その龍は消えるよ……ゴーストだからね」

「そう……なんだ」


 私の頬に温かい痛みが流れる。姿は見えないが、確実に龍さんは私の命を狙っていた。


 いや、正式には違う。私はゴーストなので生きているかどうか怪しい。


 私を殺そうではなく、存在すら消そうとしている。


 存在すら居なくなれば、種族間争いなんて発生しない。何が『時間潰し』だ。ヘカティアちゃんも龍さんも、私達の存在すら奪おうとしている『存在潰し』だ。


 だけど、諦めるわけにはいかない。私は纏っていたオーラを変え、電撃に変えた。


「見えなくても、近くに入るなら一緒……かな」


 電撃の範囲魔法を詠唱した私。辺りを無数の電撃が矢のように走り、対象物に対して命中していた。


 それまで消えていたゴースト龍はまともにダメージを受けてしまい、その場でぐったりと項垂れている。


「なっ、一撃で僕の見えない龍を捉えた?!……状態異常の麻痺まで付与しているとは」


 さて、

 くんか、くんか、くんか、くんか。


「おぉ~! すご~い!! ゴーストタイプの龍さんってミントみたいな清潔感ある匂いがするぅ~~。これはこれで癖になりそう!! 幼い時、道端に生えてるミントばかり嗅いでたの思い出すなぁ~」

「あんたを殺そうとしていたモンスターさえ嗅ぐなんて、底抜けの変態ばかね。でも、龍を倒したのなら、次はあいつを倒しなさいよ。このままだと私達ゴーストにされるわよ?」


「んへ? 倒してないよ。まだ龍さんは生きてるよ?」

「な、なんでトドメをささないのよ!! もう麻痺の効果が解除されてるわよ!!」


 勿論。龍さんが死んで消滅でもされれば、それこそ嗅げないじゃないか。残り香だけで満足しろだなんて、そんな我慢私には耐えられない。


「グ……グォ……」

「ヤバイわよ! 本当にまだ生きてるじゃない」


「大丈~夫。ねぇ、龍さん。暫くの間嗅いでて……いい?」


 私がそう質問すると、龍さんは瀕死の状態から起き上がり、大きな彷徨をあげた後、頭を私に近づけてきた。


「え? なでなでもしていいの? よ~し」


 その瞬間、私の身体に龍さんと同じオーラが纏った。


「すご~い! 私のオーラ、龍さんと同じ灰色になったぁ~!!」


「信じられない……僕のしもべを懐柔したっていうのかい? 最上級テイマーでもBOSS級モンスターを仲間にするだなんて聞いたことがない。君はいったい……」

「私、亜種テイマーって職業ジョブなんだって」


「亜種テイマーだって?! ははは、懐かしい名だね。その悪魔じみた職業ジョブ名を聞くのは何百年振りだろう。すっかり存在を忘れかけていたよ。ますます君に興味がわいた」


 ヘカティアちゃんは灰色の大きな槍を具現化し、此方に向けて投げつけてきた。眼にも止まらぬ速さの攻撃に反応できない私。


 異変にいち早く気づいてくれた龍のドラちゃんは翼で私を護るように包んでくれたが、攻撃が当たった瞬間、その巨体は地面へと倒れこんだ。


「ド、ドラちゃん?!」

「新しい主を護るのとは、流石ゴーストワイバーンだ。大丈夫、神経毒により動けないだけだから心配はいらないよ」


「良かった。次はヘカティアちゃんだね」

「僕は君にテイムされる程脆くはないよ?」


 ヘカティアちゃんの言葉通り、ドラちゃんとは違い、闘いには困難を強いられた。


 私の現在の種族は(仮)ゴースト。どんなオーラを纏って攻撃したところでヘカティアちゃんのライフが減る事はなかった。全ての攻撃を試してみたが涼しい顔をされながら無効化されてしまう結果となった。


「シイナの攻撃は速くて重い。本当に低ランク帯の冒険者とは思えないくらいのポテンシャルだね」

「あ、ありがとう……現実世界ではゲームやバトル系漫画も見たから知識はあるんだけどな~」


「能力と行動力は僕と同等。でも、実経験の差は埋まらなかったようだね。ゴースト・ルールを回避していれば君に少しは勝ち目が有ったかもしれない」

「同種族の攻撃を全て無効化できちゃうだなんて、チート過ぎるよ……」


「……嘘は良くないな、シイナ」

「……ほ?」


「君の言葉と表情が釣り合っていない。君の瞳から絶望を感じない。むしろ嬉しそうな眼をしている。まだ僕に勝てると思っているのかい?」

「バレた……か。勝てるかはわからないけど、ヘカティアちゃんを嗅ぐ手段はまだ潰えていないからね」


「あはははは。この期に及んで、まだへきに拘るのかい? 良いさ、おいで。君の抱く希望を全て打ち砕きたいと僕の心がそう叫んでいる」


 溢れる興奮に対し、歯を食い縛りながら笑顔を見せている。


 マナを振り絞ってヘトヘトのファナちゃんに下がるよう伝えた後、私は黄色のオーラを纏った。


「じゃあ、行くよヘカティアちゃん」

「君達のタイムリミットはもう近い。絶望の縁にいてもなお、笑い続ける君の舞いを見てみたい。最後の足掻きを僕に見せておくれ」


 宙に浮いたヘカティアちゃんに向かって一心不乱に移動した私。


 迷いもない、おそれもない。これが最後の機会だと感じた今、全力を出して勝ちに拘る以外に希望なんてない。


「あははは、やはりなんて速さだ……僕の視力を凌駕しそうな速さ。君はやはり底無しだな」


 ヘカティアちゃんとだいぶ距離が縮まったその時、私は纏うオーラの色を黄色から灰色へと変え……


 姿を消した。


「なっ……それはゴーストワイバーンの技【渓流けいりゅう】。ははは、こんな短時間で認識阻害率100%の技をマスターしたって言うのかい?! だが、君がどんな姿になろうとも、君がゴーストでいる限り僕にダメージは与えられない」


 そう、ヘカティアちゃんの言った通りだ。私がどんな技を使用して攻撃をしたとしても全て無効化されてしまう。


 そんな事実は知っている。だからこそ利用しないわけにはいかない。


 私はヘカティアちゃんの視界に入るギリギリのところで渓流を解除し、姿を現した。ヘカティアちゃんからみて丁度右側の斜め70度くらいと言ったところ。


「いた。君が真っ正面から来ないだなんて想定外だ。で、そこから君は何をするのかな」

「ほ? 何もしないよ、私は・・ね?」


「いや、何もし……まさか!!」


 慌てて正面を確認するヘカティアちゃん。しかし、ヘカティアの目前にはライムちゃんが彼女を取り込もうとする直前だった。


「スライム?!」


 流石ゴースト界の王女。刹那で対象物を言い当てるのは驚いた。姿を隠せるのはドラちゃんの主となった私だけとは限らない。スライムのライムちゃんは、普段から身を潜める術を持ち合わせている。


 そして、ライムちゃんはモンスター。ヘカティアちゃんが使用した【ゴースト・ルール】は対人間ヒューマン対策の技だと言っていた。だったら、モンスターのライムちゃんに攻撃してもらうまでの事。


「どう、大丈夫?」


 ライムちゃんに取り込まれた段階でヘカティアちゃんは既に白旗を上げていたので直ぐに救出してあげた。


「あぁ、スライムに取り込まれた時は、もっとベトベトするのかなと思っていたんだが、案外サラサラしていて驚いたよ」

「でしょ?! 私も出会った時にそう思ってた。ライムちゃんって本当に不思議な体質なの!!」


「『消える技を使用するのはシイナだけ』『スライムはベトベトしているだろう』無意識のうちに先入観に縛られていた事が僕の敗因のようだ」


「楽しかったね」

「あぁ。目立ちすぎるくらい、シイナが最前線で動いていたのも、僕にスライムの存在を悟られない為なんだろ。そして、渓流で姿を消し注意を引き付け、敢えて再度現れる事で僕の視界を君に釘付けにした。全ては仲間のスライムにラストアタックを成功させる為の布石……だったんだね」


「えへへ~。だって、私が攻撃しても勝てないからね~」


 ヘカティアちゃんは残念がると、私達の種族を元に戻した。


「約束通り、僕はこの廃屋敷から出ることにするよ」

「勿論よ、後、あんたの部下に『ファナ様を驚かせないように』と命じときなさい」


「ははは、善処するよ。さて、シイナの願いは何かな。……僕を殺すかい?」

 

 眼を閉じて全てを受け入れようとしていたヘカティアちゃん。そんな彼女を私は前からギュッと抱きしめた。


 予想外の事だったようでヘカティアちゃんが慌て出す。


「……ぼ、僕を直ぐには殺さないのかい? 身体をもてあそびつつ拷問を与えながら殺されるのは、ちょっと困るのだが」


「あんた、さっきから何言ってるのよ。シイナがターゲットにした対象物を『殺す』ことなんてあり得ないわよ?」

「冗談だろ? 僕は種族の頂点だよ。僕を殺せば君達に多くの経験値や称号だって一度に得れる絶好の機会。種族序列最下位クラスの人間ヒューマンの地位も少しは上げられる事間違いなしさ。なのに何故……」


 この世界には種別を並べた序列があるらしいが私にはくだらない情報だった。ファナちゃんの言うとおり、私がヘカティアちゃんを殺める事も無ければ、拷問する気も更々ない。


 私が彼女を抱きしめている理由は1つ……


「じゃあ約束どおり、ヘカティアちゃんをくんかくんかしていい?」

「僕の首を取らずに、本当にへきを選択するとは。嗅がれる行為には慣れてないが、シイナの為なら喜んでこの身を捧げる事にするよ」

「人類がゴースト族に勝った褒美が、ヘカティアの匂いだけ……とは。人類が皆変態だと思われたら心外だわ」


 こうして、ゴースト王女ヘカティアちゃんとの時間潰しごっこは無事に終了し、彼女の匂いは無事に収穫することに成功した。


 レベルアップを告げる音が鳴り止まなかったが、私にはそんな事はどうでも良かった。サイレントモード、もしくはバイブ機能があれば設定変更したいくらいだ。いつかヘルメス君にあったら設定変更について問い合わせてみよう。


 今は私は忙しいのだ。嗅ぐために無防備に立ってくれているヘカティアちゃんを嗅ぎ散らかすのに夢中なのだ。いくら際どいところを嗅ごうとも、嫌がるが抵抗することなくしたがってくれている。


 クランベリーのような愛らしく、そして仄かに甘い彼女の香りに私はただただ酔いしれた。


 そして、時折ファナちゃんやヘカティアちゃんと目が合うのだが、変態を見ているかのような冷たい視線をこちらに向けていた。


 何故だっ!!

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