第22話 死霊は新境地の匂い?

 私達は索敵を行いつつも、宙に浮いたコーヒーカップを追った。今回の依頼内容と重要な関係がありそうなだけに、私の心も宙に浮いているかのように弾んでいる。


 あの浮遊物はライムちゃんの索敵スキルでは索敵対象外であった。つまりモンスターでも敵意ある物体でもない。まさしく謎の物体。いよいよ追うのが楽しくなってきた。


 だが、ファナちゃんの表情は沈んだまま。


「私の知らない間に重要な案件の裏取りするのやめてくれる? 巻き込まれている私の気持ちを少しは考えなさいよ」

「2人ギルドだから手続きとか面倒な案件は全てシイナに任せるわって、初めに言ってくれてたよ?」


「だ・か・ら!! 手続きに関しての文句じゃなくて、事前に私にも確認しなさいって事。私達、なかm……」


 威勢良く話していたファナちゃんだったが、途中で言葉を詰まらせていた。だが、私にはそれが何を示しているかは解ったので嬉しい気持ちになった。


【仲間だから】


 ファナちゃんから聞けて嬉しい言葉。私が一方的に振り回しているのではなく、こんな私でも『仲間』だと認識してくれている事が何より嬉しかった。


 ファナちゃんが言葉を詰まらせた事に対し、私から無理に問い詰める事もせず、私達は無言のままコーヒーカップの行方を追った。


「ファナちゃん」

「……何よ?」


「どうして、オバケさんが苦手なの?」


 一見無意味な質問のように思われるかもしれない。「は? あんた喧嘩売ってるの?」と罵られてもおかしくない場面だ。


 でも、私は敢えて質問した。

 彼女が苦手な理由を把握もせず、勝手に思い込んではいけないことを私は理解している。


 嗅いでも解らない部分は、直接聞いて確かめるべきだ。お互いの気持ちを確認しあうのは大切だから。


 ファナちゃんも、私の表情をみて悟ってくれたのか教えてくれた。


「……両親が死んだ時に、幽霊姿の両親を連れていったのが死神の格好をしたゴースト系モンスターだったのよ。それ以降、トラウマになっちゃて、笑っちゃうくらい苦手になった……それだけよ」


 私は歩みを止めファナちゃんを抱きしめた。


「ちょ……何よいきなり?! スキンシップが過ぎるわよ、離れなさ……」

「離れないから。私、ファナちゃんとずっと一緒にいたいって思ってるからね」


「……はいはい、嗅ぎ足りないからでしょ? カップが逃げるわよ、離れなさい」


 私はファナちゃんに引き離され、追跡を再開した。


「……ありがとう」


 私の耳に微かだが声が聞こえたように感じた。私は聞き返す事もなく、追跡を続けた。


 暫くしてコーヒーカップは、扉が開いていたとある部屋の中に入った。私とファナちゃんは身体強化のバフを施した後、カップが入った部屋に侵入する。


 カップはとある女性の前にふわふわと浮いており、その人の指にするりと収まった。そして、対となっていたソーサーはテーブルに静かに着地した。


「……おや。僕の屋敷に客人とは珍しいな」


 コーヒーを啜りながら、私達の方を視ている1人の女性。私たちより幼い声が特徴的だ。黒と灰色を基調としたゴスロリ系の服に厚底の靴。どうやら、この娘が今の屋敷の住人らしい。


「貴女の家なんですね、お邪魔してます」

今は・・ね。いい廃墟だったから勝手に住み着いているだけさ」


 彼女が話し終わると同時にコーヒーカップが2セットふわふわと浮きながらやって来ては、私とファナちゃんの前で制止した。



「客人ならもてなそう。大丈夫、毒なんていれてないから安心してくれたまえ。それで、君達は僕に用かい?」


「私はシイナで、こっちはファナちゃんだよ。珈琲ありがとうね」

「この珈琲の味、凄く深みがあるわね……じゃなくて! 用も何も、あんたこの屋敷の住民じゃなければ、勝手に住んだら駄目じゃない! あんたの生活音のせいで依頼クエストが発生して、わざわざ確認する手間が発生しているのよ? それに宙に浮かせて物を操るだなんて趣味悪いじゃない!! オバケかと思ったわよ!」


 ファナちゃんは出された珈琲を堪能しつつもプンスカとご立腹な様子で話しかけていた。


「それは難儀だったね。だが、残念ながら新しい住みかを剥奪されてはかなわない。僕はこの居場所を気に入ってるからね」


「そっかぁ……残念だね」

「なあに、残念がることは無いさ。折角僕の元まで来てくれたんだ。時間が許すまで僕の相手をしてくれないか?」


 にこやかなムードから一転し、灰色のオーラを纏いながら彼女はふわりと宙に浮いた。


 すると部屋の壁からぬるりとゴースト系モンスターが次々に現れだした。


「ちょ、えっ……オバ……くぁwせdrftgyふじこlp」

「シイナ達にはまだ自己紹介の途中だったね。僕の名前はヘカティア、棲みかを飽きては移動している流れのゴーストさ」


「ゴーストのヘカティア?! ヤバイわ、シイナ。今すぐここから逃げるわよ」

「ヘカティアちゃんの事知ってるの?」


「知ってるも何も、この世界のゴースト系モンスターを束ねている族長の名よ……BOSSとかそんな器の比じゃないわ!!」


 確かに言われてみれば、ヘカティアの名はアーリエさんから聞いたことがる。それぞれ種族の頂点がいて、安易に種族のトップと交戦すれば種族間戦争になりかねないから、野良のモンスター以外は無闇に討伐したりしないようにと、冒険者登録をした際に注意されたような記憶がある。


 その中の1人、ゴースト系モンスター種族の頂点の名が『ヘカティア』。人類ごときが交戦していい相手でない。そんな者が私達の目の前にいた。


「ちょちょ、待ちなさいよ! あんたがヘカティアなら無闇に闘ったら種族間の関係とか色々とマズいじゃない! 会話ができる間なんだから、わかるでしょ?」

「種族間の問題は大丈夫だよファナ、安心してくれていい。半獣の君がヒューマンの街にいるのと同じで、紛争さえなければ暮らす分には問題はなかっただろ?」

「それは……そうだけど」


「それにさ、種族間なんて初めから無くしちゃえばいいんだよ、ほら」


 ヘカティアは灰色のオーラを霧状にし、辺り一帯を灰色に染めた。


「ファナちゃん大丈夫?!」

「安心してくれシイナ。君達が受けたそれは変異魔法【ゴースト・ルール】。暫定的に人族や半獣人、つまり人の種族をゴーストに変える魔法さ。君達は今から一時的に私と同種族になってもらうよ」


 霧が晴れた瞬間、自分の体重が無くなったかのように感じた。


 軽い。カルイ。かるい。


 これまで無意識に背負いこんでいた枷全てを外されたかのような解放感が心を支配した。気づけば、足は地面に接地しておらず、呼吸さえしなくても苦しくない身体になっていた。


 これがゴーストの世界なの?


「どうだい【種族:ゴースト】になれた気分は。最初は多少違和感を感じるとは思うが慣れるさ」

「ちょ、ちょっと! 早く元に戻しなさいよ。私、オバケになんてなりたくない……」


「ん~。せっかく同種族になれたからもっとお互いを知ってからかな。そうだな……よし、じゃあこうしよう!」


【僕を倒せたら願いを叶えてあげるよ】


 一方的にルールを決めたゴースト女王ヘカティア。彼女が号令をかけた瞬間、犇めき合っていたゴースト系モンスターが一斉に攻めてきた。


「ファナちゃん、攻撃! ……ファナちゃん?!」

「だめ……こわい……パパとママみたいに私たちも連れ去られる……」


 戦意喪失しているファナちゃんは人形の操作さえも出来ずに震えていた。私はファナちゃんの手をひきながら相手の攻撃をかわした。


「最初から私達を殺す気だったのよ……」

「ファナちゃん、怖いのもわかる。苦手なのも仕方ない。でも闘わないと! ファナちゃんにはお姉ちゃんがいるんでしょ?! しっかりして」


「……そうよ、私にはお姉ちゃんがいる……ありがとうシイナ。わ、私も闘わないと……」


「いやいや、誤解しないでくれるかなファナ。僕は同族の君達を殺したりなんかしないさ。でも早く僕を倒さないとゴースト・ルールの効果のまま一定時間が過ぎると本当にゴーストに種族変更しちゃうからね?」


 ヘカティアは棲みかを。

 私達は各々の種族をかけた命がけの時間潰しが始まった。


「オ、オバケなんかにはなりたくないわ!」


 ファナちゃんは震えながらも部屋の天井近くに大きな魔法陣を出現させた。


「オ、オバケなんか塵になりなさい!アルティメットフレア!!」


 魔法陣から現れた紅い火炎球が収縮活動をした瞬間、鼓膜が破れそうな程の爆発音が広がった。窓ガラスは風圧で割れ、窓枠まで吹き飛んだ。


「へぇ~。凄い魔法だね。半獣人ってパワー系が多いのかなって勝手に思っていたけど、君は魔力マナ操作に極振りで強くなったタイプだね。……残念だけど僕には無意味だ」


 ヘカティアはそう呟き、圧倒的な質量のアルティメットフレアを指先に集約し吸収した。


「うそ……私の最上位魔法なんですけど?」

「あぁ、凄く強そうな魔法だった。君達の種族がゴーストじゃなければ、そのまま倒されていたかもしれないね」


「どうして消えたのよ……」

「僕は一応ゴースト界の頂点。同種族ゴーストの攻撃を無効化する特性を持ち合わせているのさ」


「そ……そんなの、勝てるわけない」

「そう落ち込まないで。僕は君達を殺さない。これから同種族になるのだから。今はその前祝いうか、ただの時間潰しさ」


 時間潰し。簡単に聞こえるが、時間が無くなれば私達の種族はゴーストになってしまう。


「ねぇ、ヘカティアちゃん」

「シイナは僕を女の子扱いしてくれるのかい、なんだか初めての事だから嬉しいなぁ。そして、何かな?」


「ゴーストって人間とだいぶ違ってたりするの?」

「いいや、簡単に言えばNOだ。体質が変わり宙に浮くくらいと、歳を取らないくらいで基本的には生きている種族達と変わらないと思ってくれて構わない」


「良かった。ヘカティアちゃんが言ってた【もっとお互いを知ってから】は私も賛成だよ。じゃあこれから知れるね~」

「シイナはゴーストに転身する事に対して前向きみたいで嬉しいよ」


「うん、本当に良かった。ヘカティアちゃんと私達と大差ないのであれば、あるんだよね……ふふふ」

「ちょっと、どうしたのシイナあんた。こんな状況になって笑えるだなんて、おかしくなっちゃったの?」


「大丈夫だよ、ファナちゃん。私はいつも通り。ねぇ、ヘカティアちゃん。貴女もあるんだよね……匂い」


 私は黄色いオーラを纏った。この部屋にあった机や椅子が風圧で吹き飛んでしまった。後で片付けなくちゃ。


 でも、この欲は抑えられないよ。


「何だい、この禍々しいオーラは。ファナのマナ量が高かったからそちらばかりを警戒してたが、まさかシイナの方が強いとは、僕の誤算のようだね」


 私はヘカティアちゃんの隙をつき、距離を詰めた。慌てた彼女は灰色の煙幕を発生し距離を取っていた。


「どうして逃げちゃうの? それじゃあ匂いを確認できないじゃない」

「おいおい。人間が出せる速度じゃなかったよ? シイナ、君はいったい何者なんだい?」


 呼吸を整えようとしているヘカティアちゃん。汗なんてかいちゃって。


「ほ? 何者って私は今はゴーストだよ?」

「ははは。僕は君が気に入ったよ! 最高の時間潰しになりそうだ」

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