第19話 回避不可能なエンカウント

「えっと……これは夢かしら?」


 夢にしては、たちが悪い。夢に属するグループであれば、この悪夢を作成した責任者に今すぐご説明いただきたい。


 冗談だとしても笑えない。モンスター撲滅派カルネージの副代表である私の部屋に、巨大鳥獣モンスターがいるなんて。


「コッ……ココッ!!」


 あのモンスター名は鳥獣コカトリス。比較的温厚ではあるが、中級冒険者が束になっても勝てるか怪しいモンスターであり、交戦しないよう刺激せず、無駄な戦闘を極力回避するべき対象としても有名な個体だ。


 通常であれば全身が白色で鶏冠とさかの部分が赤色なのだが、この個体の身体は何故か全身が白色ではなく黒色だ。


 鳴き声が特徴で「コケコッコー」と鳴く。他のモンスターと違い、頻繁に鳴いている。時折大声で鳴くときに衝撃波を発生する為、近づく際はタンクが最前列をキープしつつ、ダメージディーラーが後列からヒット&アウェーで攻撃をするのが一般的。


 そんなコカトリスが、何故か私のベッドを陣取り、その場から動こうとしない。


 このフロアを仕切るBOSSかのようにご鎮座されているではありませんか。


「やぁ、まさか私の前までやって来る種族がいるだなんて興味深いよ。私はこのフロアBOSSだ。コッコッコ~」みたいに喋り出すのではないかと思うくらいに、私のベッドとマッチしている。


 そんな決め顔でベッドに居座るのであれば、コカトリスがこの部屋の家賃払いなさいよ。


 街付近までシープボルトの群れが押し寄せて来たり、黒猫の存在外が現れたりと、ここ最近はいろいろあったが、私の部屋の中にモンスターが押し寄せて来ているとは『存在外』どころの騒ぎではない。最早これは『想定外』だ。


 上級冒険者の私でさえ、自分の部屋の中でモンスターとエンカウントするとは思っておらず、戦闘用に使用している私の人形達は、コカトリスの真後ろの棚に陳列されているままだ。この状態で私はどう闘ったらいいのよ。むしろ誰か私にご教授しなさいよ。


「あぁ!! ファナちゃんだぁ~」

「ん? どこからかシイナの声が聞こえる」


「ここだよ、よっ!! ほらここだよ」


 シイナは、コカトリスの身体から顔だけをスポンと出してきた。どうやら彼女はモンスターの体毛の中に身体を埋めていたらしく、首だけバサリと出しては満面の笑みで私を出迎えてくれた。


 そして私はひきつった笑みで応える。


「……何で私の部屋に鳥獣コカトリスがいるのよ、しかも色違うからどうみても亜種じゃない! 希少種じゃない!!」

「そうなの?! この子、メスだからただ単に黒いのかなぁって思ってた~」


「……何で亜種のコカトリスがいるか説明してくれるかしら」

「ん~とね、どこから説明すれば……」


「ど……どこからも何も無いでしょ! 最初からよ、最初から!! 突如空からコカトリスが現れて街を襲っていたので、あんたがスライムとか、トレースしたモンスター技を駆使して生け捕りはしたものの、懐かれてしまい仕方なく寝泊りしている宿屋に連れて帰ろうとしたら、骨折したあのオーナーから『いゃあ、大型モンスターの連れ込み禁止だよ~』とか何とか断られ、留守中の私の部屋に勝手に転がりこんだとか、そんな嘘みたいな話が無い限り、モンスターが私の家にいるわけないでしょ!!! はぁはぁ」


 息継ぎ無しで最後まで言いきった為、私の呼吸が非常に荒い。酸素……酸素はどこよ。


「す、すごーい!全部合ってる! ファナちゃんって操り師パペッティアだけじゃなくて、占い師とかも同時に出来るんじゃない?!」


 嬉しそうに驚くシイナを見て、私の活力は更に低下する。お姉ちゃんに『要観察者対象』と報告したが、今すぐ訂正したいわ。


 シイナは『常時・・要観察者対象』よ。目を離した隙に、とんでもない案件を持ち込むトラブルメイカーだわ。


 コカトリスの件でこれ以上関わりたくない私は、無言で予備の布団に潜り込み、床で独りでふて寝することにした。


 あぁ、温かい。布団に入れば何もかも忘れられそうな気がする。お姉ちゃんは私にシイナの監視を命じてくれたけど、その肝心な対象者が「は~い、私の事を視て視て~!!」と言わんばかりに超至近距離で一緒に過ごそうとしてくるから厄介だ。


 シイナは私の命を何回も助けてくれた恩人だ。それに、半獣人の私なんかを1人の人間として接してくれている。毎日感謝しても足りないくらいだ。


 私だってシイナといることは居心地が悪いわけではない。モンスターがいるのは耐えがたいけど……


 ただ、居心地が良いからって、あなたと私の立場は全く違うの。いくら一緒にいても埋まらない距離は……あるのよ。


「あれ? ファナちゃんお布団で寝ちゃうの? 鶏冠とさかさんの身体の中で寝たら気持ちいいのに~」

「モンスターの中に私が?!」


 いやいや冗談じゃない。穢らわしい臭いが付着するだなんて考えただけでも虫酸が走る。これが悪い夢であれば早く覚めてほしい。


 そう思ったとき、1つの疑問が私の頭を過った。


『覚めるのであれば、どの現実に戻りたいのだろうか』と。


 コカトリスだけが夢で、目が覚めればシイナだけがいて、一緒に暮らすだけの世界。


 それとも、ここはカルネージの本拠地でお姉ちゃんとモンスター狩りの計画を遂行する日々の世界。


 それとも、スタンピードで襲われた事自体がそもそも夢で、お父さんお母さんをはじめ、村も被害に遇っておらず、のんびりと畑作業に勤しむ日々が続く世界……


 勿論、両親が生きていれば最高の世界だが、その世界はもう2度と味わうことのできない夢物語であることはもう脳が自覚している。


 カルネージの活動が本命だ。お姉ちゃんと一緒にモンスターを滅ぼすことが私の存在意義だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 それなのに、なんで私……


【シイナとの平穏な生活】が選択肢に入っていたのだろか。


 私は……


 思考が溶けはじめ、夢と現実の境界を行ったり来たりしている。


 何が『本物』で、何が『偽物』なのかが曖昧なまま混ざりあい、徐々に色が変化していくかのようだ。白でもない、黒でもない、灰色に似た中途半端な色が脳内を支配し……


「コココ………コケコッコ"ォォ~~オ"」


 耳の穴というダンジョンの入口をいっきに通り抜け、体内に入ってきた強烈なコカトリスの鳴き声は、私の脳をも揺らした。


『起きろ"~』って。


「もぅ駄目じゃない鶏冠とさかさん。ファナちゃんは眠たいみたいだから起こさないようにし……ん?」

「コココ………コケ」


 そうそう。私を現実と言う悪夢から起こさないようにしてくれるかしら。


「ファナちゃぁああん!! 起きて起きて」

「なっ、何事よ?! あんたが連れ込んだコカトリスが暴れだしてるんじゃないわよね?」


 この部屋はモンスターペット禁止よ。今すぐ元いた場所に連れていきなさい。


「違うの! 違わないんだけど、違うの。ほらぁ」


 シイナに無理矢理叩き起こされた私。目の前に拡がる光景は悪夢の続きそのものだった。


 コカトリスのすぐ横に、出来立てほやほやの巨大な卵が産み落とされているではありませんか。


「産まれるのかな? 雄かな~雌かなぁ~」


 私の袖の裾をひっぱりつつ楽しそうに喋っていたシイナ。


 シイナのペースに完全にハマってしまった結果、私の部屋にモンスターが彷徨うろつくだけでは収まらず、増産まで無許可で実行されていた。


 このまま野放しにすれば、この部屋がモンスターが徘徊するダンジョンと化してしまう。


 私の怒りは全身を通り越し髪へと伝わる。


「どうしたの、ファナちゃん。俯いたまま髪を逆立てて。ほら、魔法陣まで発動しちゃってるし」

「残念ね。『しちゃってる』じゃなくて、『してる』のよ……みんな静かにしなさいいい"い"い"!!!」


 私は体内に残っていたマナの全てをかき集め、時を止める上級範囲魔法【ストップ】を発動し、辺り一帯の時間を止めた。やっと静寂に包まれたので、私はそのまま寝ることにした。

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